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4月〇日 1

「えっと、これは……?」


 入学式が無事終わり、市田に寮へと連れて来られた瑞希は驚いていた。寮と聞いていた為、瑞希は鉄筋コンクリートの極々一般的な学生寮を想像していたのだが、連れて来られたのは一階にお洒落なカフェの入ったマンションにしか見えない。瑞希はもしかしたらこのマンションの裏側に寮があるのかもと一瞬思ったが、隣に立つ市田は真っ直ぐに目の前のマンションを見ている。


「ああ、これは私が所有するマンションでね。ここを寮として提供しているんだよ。周りと比べるとかなり小ぶりだがね。寮としては丁度良い」


 市田はそう言い、マンションのエントランスに向かった。オートロックの扉は、市田が横の機械に小さなカードを通すとゆっくりと開いた。


「これが部屋のキーだ」


 市田はつい今しがた機械に通した、ライター程の大きさしかない、小さなカードを瑞希に手渡した。


「このカードが?」


 瑞希がカードを裏返してみると、回路のような模様がついた小さな金属片らしきものが埋め込まれている。オートロックなどほとんど見たことが無い瑞希だったが、こんな小さなカードが鍵というのが普通で無いことくらい分かる。


「そう。これがICチップ。機械がこれを読み取って解錠する仕組みだよ。以前、これを紛失した者がいてね。簡単に複製が出来る物では無いから大変だった」


 そう言うと、市田はフッと笑った。


「な、無くさないように気をつけます」


 市田は笑っているが、紛失すれば笑い事では済まされない。それくらい高額な物だろうことは瑞希でも理解することが出来、顔を引きつらせた。


「そうそう。部屋もオートロックだからね。部屋に置き忘れないようにね。ほとんどの特待生が一度はやっているから」


「あ、はい」


「ここの金具に紐を通せば首からもかけられるし、携帯のストラップにもなるだろう。さあ、部屋に行こうか」


 先に歩き出した市田に遅れないよう、瑞希は小走りで後を追った。


 エレベーターに乗り、市田が十階まであるボタンのうち五階のボタンを押すと、ゆっくりとエレベーターの扉が閉まった。


――この寮って、何人くらいの人がいるのかな……?


「この寮にいるのは君を入れて六人だ。つい最近提供しだした寮だから、殆どの部屋が空いている。我が校の教職員となったり私の手伝いをしてくれていたり――。殆どの特待生は半永久的に寮に住めるから、前の寮は満室になってしまったよ」


 瑞希が驚いて市田の顔を見上げると、市田は優しい瞳で瑞希を見つめ返した。何故思っていることが分かったのだろうと瑞希が不思議に思っていると、ポーンという電子音が鳴った後、停止したエレベーターの扉がゆっくり開いた。


「さあ、行こうか」


 市田はスタスタと、ホテルのような廊下を歩いていく。瑞希はハッと我に返り、慌てて市田の後を追った。


「さ、ここだ」


 市田はそう言うと、廊下の一番奥にある扉の前に止まった。そして、瑞希に渡した物とは別のカードキーをポケットから取り出すと、慣れた様子で扉を開けた。


「安全管理上、二本あるマスターキーの内、一本は私が持っている。残りの一本は下のラウンジの店主に預けてあるから、もしキーを部屋に置き忘れたら彼に声をかけなさい」


 市田は開けた扉を押さえ、瑞希に先に入るようにというジェスチャーをした。


「ありがとうございます」


 瑞希は市田に礼を言うと、恐る恐る部屋の中に入った。すると、そこにはやはり瑞希の考えていたものとは程遠い部屋が広がっていた。


 足を踏み入れた玄関は、LDKに直結しており、広々とした印象を与える。玄関扉の脇には小ぶりな扉があり、瑞希が気になって開くと、自転車も収納出来そうな広さのシューズクローゼットになっていた。


 市田に促され、LDKに上がるとカウンター式キッチンがあった。カウンターには、ダイニングテーブルの代わりになるよう、ご丁寧に二脚の椅子まで置いてある。キッチンの背面には冷蔵庫やオーブンレンジまで置いてあり、食器棚には必要最低限の食器や鍋が納まっていた。


「やはり、女の子はキッチンが気になるかな? 飲食に関しては、殆どの者がラウンジを使用しているから、あまり必要無いとも思うんだが。簡単な食事くらいは作れた方が便利な時もあるのかな?」


 瑞希がキッチンや食器棚の扉を開け閉めしている様子を、市田は優しく見守っていた。


「そこの扉がトイレであそこが洗面所だ。洗面所の奥には浴室もあるけど、広い方が良ければ上に大浴場もある」


 市田は玄関横の扉を指差した。瑞希が確認しに行くと、トイレも洗面所も浴室も十分過ぎる程の広さがあり、洗面所には最新型の洗濯機まで置いてあった。


「こっちが寝室だ」


 瑞希が洗面所から出てLDKに戻ると、市田はテレビの正面に置いてあるソファの後ろを通り、残り一枚の扉を開けた。瑞希が中を覗き込むと、正面に勉強机と本棚、窓際にはベッドが置いてあった。


「あの扉は?」


 寝室の中にはもう一枚扉があり、瑞希は気になって市田に問いかけた。


「ああ、あれはクローゼットだよ。ウォーク・イン・タイプの。長く暮らすと荷物が増えるから、クローゼットは広い方が良いだろう?」


 瑞希がクローゼットの中を確認すると、広いクローゼットの中には備え付けの収納棚やハンガーパイプの他に、大きな姿見と折り畳みの椅子まで置いてあった。


「あの、市田さん」


「何だい?」


 瑞希に名を呼ばれ、市田は優しく瑞希に笑いかけた。


「私は何故、特待生になれたのでしょうか? 特待生になる為の条件って一体何なんですか?」


 今日から暮らす部屋の中を一通り見て回った瑞希は、ずっと疑問に思っていたことを市田に尋ねた。ずっと特待生になれた理由は気になっていた。その為、今日に至るまで、事情を知っていそうな源三に何度も理由を聞いたのだが、のらりくらりとかわされてしまっていたのだった。

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