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6月◇日 3

 病院の面会時間が過ぎ、瑞希と蓮は病院を後にした。暗くなり始めた街を、二人並んで歩いて行く。


「遅くなっちゃいましたね」


「うん。そうだね」


 瑞希は蓮に笑い掛けるも、蓮は顔を真っ直ぐに向け、瑞希を見ずにそっけない返事をした。何か話さなければと、瑞希が話題を探していると、突如、瑞希の背筋に悪寒が走った。


「え? 何?」


 瑞希が驚いて辺りを見回すと、建物の隙間や電柱の陰から数匹の【影】が這い出してきていた。驚いて放心する瑞希の腕を蓮が引っ張る。


「やっぱり来たか。瑞希ちゃん、走って!」


――え? やっぱり?


 蓮は戸惑う瑞希の腕を引っ張りながら走り出した。通行人がいては駆除が出来ない為、今の二人には逃げるしか手が無い。蓮に腕を引かれながら瑞希が後ろを振り返ると、【影】はすぐ近くを歩いている通行人には目もくれず、真っ直ぐに瑞希と蓮の後を追って来ているようだった。


――何で? 何で追って来るの? 私、【影】が寄って来ないように霊力押さえているのに。それに、三井先輩だっているのに。


 瑞希が混乱している間に、蓮は瑞希の腕を引いて人気の無い公園へと入った。そして、周囲を確認しつつ、瑞希を離す。


「この辺なら大丈夫か」


 蓮はそう呟きながら鞄から金剛杵を取り出した。瑞希もそれに倣い、鞄から警棒を引っ張り出す。そして、警棒に霊力を込めて構えると【影】を観察した。


 人のような形をした【影】は全部で六匹いた。それらが瑞希と蓮を包囲するように取り囲んでいく。統率が取れたような動きをしている事に瑞希は違和感を覚えた。


「三井先輩、これ……」


「まだいるかもしれないから。油断しないで」


「はい」


 蓮は油断なく辺りを見回しながら瑞希に注意を促した。瑞希も油断なく辺りを見回す。しかし、これ以上の【影】が出現する気配は今のところ感じられなかった。


「ナウマク・サマンダ・バザラダン・カン」


 口火を切ったのは蓮だった。霊力を込めた金剛杵を一閃させると、薄紫色の衝撃波が影を襲う。上下に両断された【影】が一体、一瞬にして塵に帰った。


 瑞希も取り囲んでいる【影】の中の一体と間合いを一気に詰め、手にした警棒でその腹部を薙ぎ払った。蓮のように両断とはいかないものの、【影】の腹部に大きな亀裂が入る。そして、【影】はその部分よりゆっくりと光の粒子となり始めた。それを横目で確認した瑞希は身体を反転させ、もう一体の【影】に向って間合いを詰めようとした。突如、【影】の腕が瑞希に向かって伸びる。


「くっ!」


 瑞希は伸びた【影】の腕を紙一重で躱すとその腕を切り落とし、警棒を構え直した。傍らに落ちた【影】の腕がうねりながら光の粒子になっている。突然の【影】の変形に驚いて乱れた呼吸を整えると、再び【影】との間合いを一気に詰めた。残っている腕が瑞希に伸びる。それを紙一重で躱し、【影】の懐に飛び込むと掬い上げるように警棒を一閃させた。左右に両断された【影】が一瞬で光の粒子へとなり、跡形もなく消えた。


 残りの【影】に向かおうと辺りを見回した瑞希の目に、蓮が最後の【影】に向かって金剛杵を一閃させた姿が映った。


「あ、あれ……?」


――私、二体しか倒してない……。


 瑞希は警棒を手にしたまま呆けていた。瑞希と蓮の能力差なのか、はたまた蓮が場馴れしているのか、蓮は信じられない程の早業で【影】を駆除し終わっていた。


「【影】の気配もないし、全部駆除し終わったみたいだから帰ろっか? あんまり遅くなると皆心配するし」


「あ、はい」


 蓮が鞄に金剛杵を入れているのを見て、瑞希も地面に置いてあった鞄に警棒を仕舞おうとしゃがみ込んだ。そして、鞄を開いたところで手が止まる。


「三井先輩」


 瑞希は蓮に静かに呼び掛けた。瑞希に歩み寄っていた蓮の足が止まる。


「何? 怖い顔してどうしたの?」


 瑞希が顔を上げると、蓮は誤魔化すように笑みを作っていた。その顔を見た瑞希は確信を持った。蓮は何かを知っていると。


「三井先輩、何か隠し事していますよね?」


「はは。何で?」


 蓮は乾いた笑い声をあげた。蓮はあまり隠し事が得意ではないらしく、目が泳いでいる。瑞希は溜め息を吐くと鞄に警棒を入れ、立ち上がった。そして、真っ直ぐ蓮の目を見つめる。


「さっき、【影】が現れた時にやっぱりって言っていました。【影】が追って来るのも分かっていたんじゃないですか?」


「ぅ……」


 蓮は小さな呻き声を上げると、瑞希から目を逸らした。そして、困ったような表情で前髪を弄っている。


「病院でも香織ちゃんに近づかない方が良いって言っていましたし。三井先輩、何か知っているんですよね?」


「…………」


「何か知っているなら教えて下さい! それとも、私じゃ先輩の力になれないんですか?」


 瑞希の目に涙が溢れた。蓮が意地悪で隠し事をしている訳では無く、瑞希の事を考えて隠しているだろう事は分かっている。しかし、そんな蓮の優しさが「役に立たない」と言われているようで辛かった。


「わ、分かった。全部話す。話すから!」


 瑞希の涙を見て、蓮は降参というように両手を上げた。そして、小さく溜め息を吐くと、踵を返した。瑞希も目に溜まった涙を拭うと、慌てて蓮の後を追い掛けた。

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