6月×日 1
――何であそこの核ってなかなか見つからないんだろう……。
次の日の放課後、瑞希はそんな事を考えながら鞄に荷物を詰め込んでいた。
「はぁ……」
「どうしたの? 瑞希ちゃん、元気無いね。三井先輩と何かあったの?」
「へ?」
瑞希の溜め息を聞いた香織が、瑞希の全く予想をしていなかった事を言った為、瑞希は間抜けた声を上げて香織の顔を見た。
「この前、瑞希ちゃん、三井先輩に抱き付かれてたじゃん! 三井先輩と付き合ってるとかじゃないの?」
そう言った香織の目は、期待と好奇心でキラキラと輝いていた。
「三井先輩とは……その、そういう関係じゃないよ」
「えぇ~!」
苦笑して言った瑞希に、香織は不満の声をあげた。
「じゃあ、白糸先輩? 白糸先輩ともよく一緒にいるよね? 迎えに来る事も多いし。白糸先輩なら私、ショック!」
玲とはパートナーであり、今は定期的に廃ビルの【影】を駆除している。玲が独りで迎えに来るのも玲と共に廃ビルに行く日と蓮が廃ビルへ行く日だけだった。それ以外の日は、蓮を連れてやってくるのだからあまり変わりはないが。しかし、【影】の事や特待生の役割などを全く知らない香織には詳しくは説明出来ない。
「えっと、白糸先輩ともそんな関係じゃないんだけどな……」
「よかった~!」
瑞希の答えに、香織は心底ホッとしたようだった。
「あ! じゃあ、ここは大穴で真田とか! どう?」
「え……? 真田君とも違うよ……」
「えぇ~! つまんな~い!」
このままでは、香織に誰かと脳内カップリングされてしまう。そんな不安を覚えた瑞希は慌てて話題を探した。
「えっと、あ! 香織ちゃんは白糸先輩のどこが好きなの?」
「あの顔! あの雰囲気! 背の高さに頭の良さ! 白糸先輩こそ、非の打ち所が無い、完璧な人なの!」
香織はキラキラとした目で、赤く染まった頬を両手で押さえる謎のポーズをしている。香織の幸せそうな雰囲気に、瑞希からは自然と笑みがこぼれた。
「そっか。香織ちゃん、本当に白糸先輩の事、好きなんだね」
「うん! そういえば、今日は白糸先輩も三井先輩も来ないね。いつもはもう来てるよね?」
そう言うと、香織は廊下の方へ目を向けた。
「あ、今日は白糸先輩、図書館に寄るから先帰ってて欲しいって。三井先輩と真田君は用事あるから帰る方向違うし」
「そっか。だから真田は瑞希ちゃん放って帰ったんだ。あれ? じゃあ、瑞希ちゃんって今日フリーだったの? そんな事なら予定入れるんじゃなかった!」
「香織ちゃん、もう帰っちゃうの?」
「うん。そろそろ出ないとかな……」
香織は肩を竦めながら、チラッと壁にかかっている時計を確認した。
「そっか。残念だな。もう少しお話ししたかったのに……」
「じゃあさ、途中まで一緒に帰る? 瑞希ちゃんさえ良ければだけど」
「うん!」
香織の願ってもない申し出に、瑞希は元気良く頷いた。
こうやって友達と二人きりで帰るのは初めてかもと、瑞希は香織の隣を歩きながらウキウキしていた。小学校でも中学校でも特別仲の良い友達が出来なかった瑞希は、いつも独りで帰っていた。偶に声を掛けてくれるクラスメイトもいたが、グループ内の会話に入れず、黙って後ろをついて行くだけだった。
「瑞希ちゃん、ボーっとしてどうしたの?」
急に言葉を発しなくなった瑞希の顔を、香織が心配そうに覗き込んだ。
「あ、ごめん。何かね、こういうのも良いなって思って。友達と二人で帰るの、初めてだなって」
「確かに、瑞希ちゃん、いつも白糸先輩と三井先輩と真田と帰ってるしね」
「うん。皆、良い人だし、それはそれで面白いんだけど。女の子同士っていうのも新鮮だなって」
「でも、ホント羨ましいな。私も白糸先輩と……ふふ……ふふふふ……」
瑞希が香織の顔を見ると、目がうっとりとし、頬が紅潮していた。口元に締りが無い。今にも涎が垂れそうな、何ともみっともない表情をしていた。
「か、香織、ちゃん……?」
瑞希が控えめに香織を呼ぶと、香織はハッと我に返り、口元を拭った。
「ごめん、ごめん! つい、色々妄想……じゃなかった、想像しちゃって! もうこんな所まで来ちゃったか。瑞希ちゃん、駅方向だよね! 私、こっちだから」
香織は慌てたように、瑞希の帰り道とは別方向を指差した。
「うん。じゃあ、香織ちゃん、また明日ね」
「瑞希ちゃん、また明日!」
駆け出した香織を見つめて、瑞希は笑みをこぼした。
「瑞希ちゃ~ん! バイバ~イ!」
少し行った所で香織が振り返ったかと思うと、大きく叫んで手を振った。瑞希も香織に大きく手を振り返し、駅にまでの道を歩き出した。瑞希は歩きながら、妄想中の香織の顔を思い浮かべた。締りは無かったが、幸せそうな顔をしている香織を見る事が出来た。そう思うと、瑞希は心が温かくなり、自然と顔が綻んだ。
その後、瑞希は駅前の本屋や雑貨屋といった、普段は玲や蓮、真一に遠慮して寄れない店を見て回った。特に雑貨屋は若い女性向けの店の為、一緒に入るのは気が引け、外で待っていてもらうのも落ち着かない為、こんな日で無いと寄る事が出来なかった。その為、特に買いたい物があるわけではなかったが、店内の端から端までゆっくりと見て回った。
――そうだ! 叔母さんに友達が出来たって、報告の電話入れようかな。
スマートフォンケースを眺めながら、瑞希は友達が出来たと報告すれば早苗はきっと安心するはずだと思い立った。そして、店内を出ると、いそいそとスマートフォンを取り出した。このスマートフォンは、晴嵐学園の寮に入った数日後に、早苗から宅配便で届いた物だった。「連絡が取れないのも不安なので使って下さい」という早苗からの手紙が添えられており、瑞希は涙が出るほど早苗の気遣いが嬉しかった。
瑞希は立ち止まり、スマートフォンを見つめながら話す内容を考えた。早苗に電話すると、決まって「友達は出来たか」「学校生活は楽しいか」「寮で困った事は無いか」と聞かれる。その都度、瑞希は学校生活や寮生活の事を一生懸命伝えようとするのだが、口下手な分、早苗に上手く説明出来ないままだった。
――担任の先生は優しくて綺麗な女の先生だよって言って……。あ! マロンさんの事はなんて言おう? 綺麗なオカマさんって言ったら、叔母さん何て思うかな? ここは綺麗な女の人て言うべきなのかな……。
瑞希がそんな事を考えていると、突然、手の中でスマートフォンが振動した。驚いた瑞希はスマートフォンを落としそうになったが、何とか持ち直した。そして、液晶ディスプレーを見ると、そこには玲の名前が表示されていた。番号交換はしたが、無料メールアプリ以外では一度もやり取りをした事が無い玲からの電話に、瑞希は首を傾げながらも通話をタップした。
「はい。蘇芳です」
「あ。もしもし、瑞希さん? 今、どちらにいらっしゃいます?」
「え? あ、今帰る途中で……駅前ですけど」
「じゃあ、すぐに学校に戻って、理事長室まで来て下さい」
「え? あの――」
「詳しい事は市田さんから説明があります。大至急戻って下さい。では、宜しくお願いします」
「あ、あの!」
瑞希の返答を待たず、玲からの電話は一方的に切れた。普段と違う玲の態度に瑞希は言い知れぬ不安を覚え、もう一度スマートフォンを見つめたが、すぐにスマートフォンをポケットへ入れると香織と共に歩いて来た道を全力で引き返した。




