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5月■日 4

今回は長めです。

 寮へ戻った瑞希はラウンジで夕食を食べ終えると、大浴場へ来ていた。部屋でシャワーを浴びても良かったが、瑞希は手足がゆったりと伸ばせる大浴場が気に入っていた。廃ビルに行ったせいか全身が埃っぽく、帰って来てすぐにでもシャワーを浴びたかったが、それ以上に空腹が我慢できなかった。他の特待生も同じだったらしく、本日の夕食は制服のままで全員揃ってという珍しい光景になり、入浴時間も普段より少し遅めになった。


 お風呂でマッサージをしないと明日は筋肉痛になるかななどと考えつつ、瑞希が広々とした脱衣所で衣服を脱いでいると、脱衣所の入り口の扉が開いた音がした。その音につられるように顔を上げると、丁度ロッカーの方へ慧子が歩いて来るところだった。


「あら、瑞希ちゃん。奇遇ね」


「そうですね。同じ時間になるのは初めてですね」


 瑞希はそう言うと、はにかんだ笑みを浮かべた。


 瑞希はここの所、毎日のように大浴場を利用していたが、慧子と時間が重なる事は全く無かった。十人位が楽に入れる大浴場を貸切というのも落ち着かないなと思いつつも、慧子を誘うのも気恥ずかしくて出来なかった。


「お先に失礼します」


 服を脱いでいる途中の慧子に声を掛け、瑞希は浴室へと向かった。


 瑞希が体に湯をかけてからボディーソープを泡立てていると、慧子も浴室へ入って来た。眼鏡をかけていない慧子を見るのは新鮮で、瑞希は思わず慧子の顔を凝視した。若干眉間に皺の寄っているがきつそうな印象は無く、少し大人びた印象の綺麗なお姉さんだった。


「やっぱり、そのシャンプーとかって、瑞希ちゃんのだったんだ」


 瑞希の前に置いてあるシャンプーを指さし、慧子は笑いながら言った。瑞希に顔を見られている事はあまり気にしていないようだ。いや、気が付いていないのかもしれない。


「はい。これ、気に入っているんです」


 大浴場には備え付けのシャンプーとコンディショナーが置いてある。テレビCMもしている有名メーカーの物ではあるが、シャンプー、コンディショナー、トリートメントにこだわりがある瑞希は、初めて大浴場を使った時にわざわざ自分の物を持って来て脱衣所に置いておいたのだ。毎回、大浴場を使う時は脱衣所から持って入っている。


「眞鍋先輩は洗顔とボディーソープ持ち込んだんですね」


 慧子の目の前には備え付けとは違うメーカーの洗顔フォームとボディーソープが置いてあった。瑞希の記憶によれば、無添加を売りにしている商品だ。瑞希が初めて大浴場を利用した日にはすでに脱衣所に置いてあったところを見ると、慧子もわざわざ持ち込んで、脱衣所に置いておいたらしい。


「私、肌弱くてね。合わない物使うと大変な事になるの。ここのボディーソープは合わないから。わざわざ変えてくれって言うのもあれだしね……」


「ああ。確かに眞鍋先輩、肌弱そうですよね。色、白いですもんね。スタイル良いし、羨ましいです」


「スタイル良いだなんて、そんな事無いわよ。瑞希ちゃんの方が背が高くて細いし。羨ましいわ」


 瑞希は身体を洗う手を止め、微笑んでいる慧子の胸と自分の胸をこっそりと見比べた。慧子とは年齢が一つしか違わないのに、そこには大きな差がある。


――う~ん……。眞鍋先輩くらいは無理にしても、やっぱりもう少し欲しいな。背はもっと低くて、その分の栄養が胸にいってたらもう少し大きく――。


「瑞希ちゃん?」


「は、はい!」


 急に慧子に名前を呼ばれ、瑞希はあたふたとしながら身体を洗う手を再び動かした。そして、シャワーで身体についた泡を流す。


「今日行った廃ビルなんだけどね」


 既に髪の毛まで洗い終わった慧子はゆっくりと湯船に入っていった。瑞希も髪の毛に取り掛かる。


「え? 廃ビル、ですか?」


「ええ、そう。あそこ、ちょっとおかしいのよ」


「えっと、どういう事でしょう?」


「いくら心霊スポットでも、あそこまで【影】がいるのは異常よ」


「そういうものなんですか?」


 瑞希は問いかけながらシャンプーの泡をシャワーで落とした。そしてコンディショナーを手に取る。


「そうよ。それに普通なら核になる【影】がいるはずなのに、それもいなかった」


「核、ですか?」


 コンディショナー流し、髪の水気を軽く切りながら瑞希は廃ビルで交わした会話を思い出した。「核がいたら撃破で」と確か玲が言っていたなと、記憶の引き出しを引っ張り出す。


「確か、白糸先輩も核がいたらみたいなこと言っていたような……?」


「そう。大抵の心霊スポットには、核になる【影】がいるはずなの。腕が沢山あったり、動物みたいな形だったりいろいろなんだけど、変な形をした強い【影】だと思って良いわ。それが他の【影】を集めて心霊スポットの規模がどんどん大きくなるの。霊場みたいな例外はあるけど、今日のビルは霊場って感じじゃないし……」


「霊場……?」


「霊場っていうのはね、【影】が特別よく集まる場所ね。自然の霊力による浄化能力があるから【影】が集まってきやすいの」


「へえ……」


 トリートメントも終わり、瑞希も湯船につかった。疲れた身体にお湯の温かさが染み渡る。


「何か、今回の廃ビルってすごく嫌な感じがした……」


 慧子は目を閉じ、深い溜め息を吐いた。慧子の表情を見ていた瑞希の胸に不安がよぎる。


「あ、あの……」


「ごめん、ごめん。瑞希ちゃんまで不安になっちゃうわね。あんまり気にしないで。見つけにくい核だってあるわよね。ちょっとネガティブになってるみたいだから、今日はもう寝るわね」


 慧子はそう一方的に宣言すると湯船から上がった。


「あ、お休みなさい」


 そう言った瑞希を振り向くと、慧子は小さく笑って手を振った。




 慧子が浴室を後にしてから暫くして、風呂を上がった瑞希は、長い髪をドライヤーで入念に乾かすと大浴場を後にした。長風呂をしたせいか喉が渇き、ラウンジへと降りようとエレベーターへ向う。


「瑞希さん?」


 瑞希が数歩歩いたところで、瑞希を呼ぶ玲の声がした。足を止めて振り向くと、男性用大浴場から玲、蓮、真一の三人が出てきたところだった。


「瑞希さんもお風呂入っていらしたのですか」


「あ、はい……」


 玲に微笑みかけられ、瑞希は頬を赤く染めながらはにかんだ。入浴直後は何とも言えな気恥ずかしさがある。


「あ~! 湯上り瑞希ちゃんだ~!」


 玲の後ろにいる蓮が、瑞希の姿を見て叫んだかと思うと両手を広げた。


「瑞希ちゃ~ん!」


 満面の笑みで駆け寄って来る蓮が次に取るだろう行動を察した瑞希の表情が凍り付く。


「あ! 蓮さん!」


「蓮! 待て!」


 瑞希と同じように蓮の行動を察した玲と真一が慌てて叫び、蓮を捕まえようと手を伸ばしたが、全力で走り出した蓮にあと少しのところで手が届かなかった。瑞希の眼前に蓮が迫る。


 しかし、蓮の手が瑞希に届く寸前、瑞希は反射的に廊下の端に寄った。蓮の手が空を切る。正面からであれば、突っ込んで来る相手をかわす事など瑞希にとっては造作も無い。


「あれ?」


「お前はぁぁぁぁ!」


 想定外の瑞希の行動に、蓮は間抜けた声を上げて大きくよろけた。その背中に、後を追ってきていた真一の怒りの跳び蹴りが見事に炸裂する。頭から壁に激突して目を回している蓮を、瑞希は憐みの目で見つめていた。


「今更なんですが……。蓮さんを先程、浴槽に沈めておかなかった事を、私は激しく後悔しています」


「俺も。まさかここまでとは……。今からでも沈める?」


「あ、良いですね。では、私が上体を引き受けますので、真一さんは足をお願いします」


「あいよ」


「ああ、あの……!」


 蓮の身体に手を掛けた玲と真一に、瑞希は慌てて声を掛けた。


「何でしょう……?」


「ひぃ……」


 顔を上げた玲の表情を見た瑞希は情けない声を上げた。玲は幽鬼の如き表情をしている。今にも呪い殺されそうだ。


「あ、えっと……」


 瑞希は思わず玲から視線を逸らし、助けを求めるように真一を見た。真一の眉間には皺が寄り、邪魔をするなと目が力一杯主張している。下手に手を出したら噛みつく野犬のような雰囲気だった。


「あ――」


 何でもないですと反射的に言いそうになった瑞希だったが、ぐっとその言葉を飲み込んだ。二人の視線が瑞希に突き刺さる。


「その、えっと……あの……。喉、渇きませんか? ラウンジに行こうと思っていたんですけど、良かったら一緒にどうかなって……。あは、あはは」


『…………』


 玲と真一は無言で顔を見合わせ、間違い無く人生最大のピンチを迎えている蓮と、引きつった笑みを浮かべている瑞希を見比べた。


「…………分かりました」


 ややあって、玲は溜め息交じりに返事をし、ゆっくりと立ち上がった。その表情からは、千載一遇のチャンスを逃した無念さが窺い知れる。


「チッ! しゃーねーな!」


 不機嫌そうに舌打ちをした真一も立ち上がった。未だにその眉間には皺が寄ったままだが、噛み付いてきそうな雰囲気は無くなっていた。瑞希は二人に気が付かれないよう、そっと安堵の溜め息を吐いた。




 マロンが帰ったラウンジは電気が消え、ひっそりとしていた。瑞希は手探りで電気をつけると後ろを振り返った。


「私、飲み物持って来ますね。何がいいですか?」


「僕はね――」


「瑞希さんは変態さんの飲み物は持って来たくないそうです」


「しくしくしくしく……」


 いつの間にか追いついていた蓮が声を上げると、玲が冷たく言い放った。泣き崩れた蓮の隣では、不機嫌そうな顔の真一が玲の発言に同意するように無言でこくこくと頷いている。


「い~もん! い~もん! 瑞希ちゃんと二人で取って来るもん! どうせ、玲ちゃんはアイスティーで真ちゃんは牛乳なんでしょ~! 僕、知ってるんだから! 瑞希ちゃん、行こ!」


 立ち上がった蓮が拗ねたように口を尖らせると、瑞希の手を引いて歩き出した。大人しく蓮について行く瑞希の後ろに玲が、その後ろを真一が付いて来る。蓮は、二人の飲み物も持って来るつもりなのだから、二人は座って待っているのが普通だろう。しかし、玲にも真一にもそのつもりは全く無いらしい。


「あの――」


「あ、瑞希さん。気にしないで下さい」


 口を開きかけた瑞希に、玲は優しく微笑んだ。


「ちょっと! 何で二人とも付いて来ているのさ~!」


 玲と真一が付いて来ている事にやっと気が付いた蓮は、ぎょっとしたように声を上げた。


「蓮が変な事しないようにだろ」


「変態さんは信用出来ませんからね」


「しくしくしく……」


 玲と真一の発言に泣き崩れた蓮を見て、瑞希は苦笑を漏らした。


「あの、私が飲み物持って行きますから、皆さんは座って待っていて下さい」


「や~だ~! 僕も手伝う~!」


「蓮さん、うるさい」


 玲は文句を言う蓮を真顔で殴り、崩れ落ちた蓮を一瞥すると、瑞希に微笑みかけた。


「瑞希さん。では、申し訳無いですがお願いできますか?」


「はい。えっと、白糸先輩はアイスティーで、真田君が牛乳?」


 瑞希が真一を見ると、真一は小さく頷いた。


「牛乳、好きだね」


「うっさい!」


 何か悪い事を言ってしまったのだろうかと、瑞希がしゅんとすると、蓮が顔だけ上げて瑞希に笑いかけた。


「真ちゃんはね~、背が高くなりたいから一生懸命牛乳飲んでるんだよ~!」


「余計な事言うな!」


「ぐぇ……!」


 真一が叫んで蓮の背中を踏みつけると、蓮は呻き声を上げて沈黙した。


――でも、真田君って気にする程小さくないよね。私より少し背が高いから、一七〇センチはあるのかな?


「何?」


 真一は瑞希の視線に気が付くと眉を顰めた。こっそりと身長を比べていた事を真一に悟られてはまずいと思った瑞希は、慌てて首を横に振った。


「えっと、三井先輩のはどうしようかと……」


「スポーツドリンクで大丈夫ですよ。蓮さん責任を持って私が回収していきます。申し訳ありませんが、飲み物よろしくお願いしますね」


 玲はそう言い、蓮の首根っこを掴むと、蓮を引きずりながら真一と共にソファの方へ歩いて行った。ある意味、凄い人達だなと、瑞希は冷蔵庫の中を覗き込みながらクスッと笑った。あそこまで出来るのはきっと仲の良い証拠なのだと、瑞希には羨ましくもあった。


 瑞希が飲み物を乗せたトレイを手にソファへ行くと、蓮が満面の笑みで迎えてくれた。人懐こい大型犬のような雰囲気に、瑞希は思わず笑みを漏らす。蓮の横で玲も微笑んでいた。蓮の正面では表情に乏しい真一だけが笑っておらず、チラッと瑞希を見るとすぐに視線を逸らした。


――よかった。真田君も機嫌直った。


 真一は機嫌が良いと相手の顔を一瞬見る。不機嫌だと眉間に皺が寄る。瑞希が最近になって気が付いた些細な事だったが、それに気が付いた時、瑞希は真一の事を少し理解出来たような気がして嬉しかった。


「何、にやけてんの? 気持ち悪い……」


 瑞希が真一の顔を見て微笑んだ事に気が付いた真一は、溜め息交じりに言った。


「真ちゃん、女の子には――」


「優しくしなさいだろ? 分かってるよ」


「分かってるんなら、ちゃんとやりなよ~」


「うっせーよ」


「うるさくないでしょ~? 真ちゃんにしっかりして欲しいから口煩く言うんでしょ~?」


「お前は俺のお袋か!」


「も~! すぐそういう言い方して~! 昔から全然変わってないんだから~」


 口喧嘩という名のコントを始めた蓮と真一を見た瑞希は、玲と顔を見合わせて笑った。


「――そういえば」


 連と真一の口喧嘩が一区切りついたタイミングで、瑞希は気になっていた事を思い出した。


「真田君も【影】に好かれるって伊勢先輩が言ってたけど、真田君も【影】浄化出来るの?」


「あはは~。真ちゃんはそんな事、出来ないよ~。真ちゃんはね、訓練しなくても見える人だから、【影】から逃げ回っていたクチだよ。能力者なんていない、普通のお家の生まれだしね~」


 真一の代わりに蓮が答えた為、瑞希はそっと真一の顔色を窺った。眉間の皺は無い。


「何?」


 瑞希の視線に気が付いた真一が怪訝そうに瑞希を見た。


「あ、ごめん。あんまり聞かれたくなかったのかなって……」


「別に」


 明後日の方向を向いた真一を見て、蓮がクスクスと笑いながら口を開く。


「瑞希ちゃん、気にしなくて大丈夫だよ。ほら、真ちゃんてば、口下手だからさ。自分の事でも説明するのとか苦手なんだよ~。今は……ちょっと照れてるのかな~?」


「余計な事言うな!」


「あ、やっぱり照れてた~」


「三井先輩は、真田君の事よく分かってますね」


「ま、何だかんだでかなり長い付き合いだからね~」


「幼馴染でしたっけ?」


「そ」


 蓮は満足そうに笑うと、スポーツドリンクを一口飲んだ。


「【影】に憑かれた人は神社とかお寺に助けを求めるものですからね。真一さんが蓮さんの家にお祓いをして貰いに来たのは、確か小学校低学年の頃でしたっけ」


 そう言った玲は懐かしそうに目を細めた。


「うん。逃げるにしても限度があるからね~。あの頃の真ちゃんは可愛かったな~。こ~んなにちっちゃくて!」


 蓮は右手の親指と人差し指の間を五㎝程広げてみせた。


「いくら何でも、そんなに小さくねーだろ!」


 真一はそう叫ぶと、容赦なく蓮の頭を叩いた。鈍い音が瑞希の耳にもしっかりと届く。


「んで、定期的に通って来るうちに、よく遊ぶようになってね。今では腐れ縁って感じかな~」


「定期的にって事は、影響される前に落としてもらえたんですよね? 私みたいに影響されても気が付かないっていうよりは良いですね」


 瑞希は思った事を素直に口にした。


「ま、うちに来てからはね~。うちに来る前は凄かったんじゃない? なんたって、うちの親父が引くくらい【影】を背負ってたらしいから~」


「お寺に行っても【影】を落とせる能力者なんてなかなかいませんから。瑞希さんは訓練をしないと【影】は見えませんでしたが、無意識に自分を守る術は持っていた訳ですし。どちらが恵まれているかは、実際は分かりませんよ?」


 蓮と玲は苦笑していた。


「お前も、眞鍋先輩が引くくらい【影】に憑かれてたしな」


 真一は不機嫌そうに言うとそっぽを向いた。


「……あれ?」


「何? 瑞希ちゃん、どしたの~?」


「あ、大した事じゃないんですけど……。私も真田君も、見える人が見たら引くくらい【影】に憑かれていたんですよね? 何で、そこにいくまで平気だったのかなって……」


 蓮に問い掛けられ、瑞希は控えめに疑問を口にした。


「ああ、それはね~、人によって【影】の許容量が違うからなんじゃないかな~って思うよ」


「許容量……」


「そ。【影】を水、許容量を入れ物で表すと分かり易いよ。入れ物から水が溢れたら、うちの学年の人みたいになっちゃう状態。入れ物が大きければなかなか溢れないでしょ~? 一般の人とか訓練を受けていない能力者をコップくらいで考えると、訓練を受けた能力者がバケツくらい。で、瑞希ちゃんや真ちゃんは、元々お風呂とかプールみたいな大きさなの~」


「それで、瑞希さんの場合は常に排水されている感じですね」


 蓮の説明に玲が補足する。


「うん、そだね。二人ともなかなか満杯にならないけいど、見える人からすると驚くくらいになってるってね~」


 そこまで説明すると、蓮は可笑しそうに笑った。


「でも、何で……?」


「たぶん、自己防衛本能ですよ。普通の能力者は【影】に嫌われこそすれ、好かれるなんて事はまず無いですから。訓練無しに【影】が見える能力者より、ずっと稀有な存在なんですよ。まあ、元々許容量が多いのか【影】に憑かれる度にだんだん多くなるのかは分かりませんが、生きていく為に必要なのではないですか?」


 そう言うと、玲は表情を緩めてアイスティーを一口飲んだ。


「じゃあ、真田君は元々【影】が見えて【影】に好かれる珍しい能力者なんだね」


「いや、お前の方が珍しいから……」


 瑞希が真一に笑い掛けると、真一はチラッと瑞希を見て視線を逸らした。


「え? 何で?」


「【影】を駆除じゃなく浄化出来る奴なんて、俺は聞いた事が無い」


「そうなの?」


「ああ。【影】の浄化が出来るのは霊場だけだって聞いてた。それに、【影】を駆除する時に俺らと違って【影】が光の粒になってたし」


 真一は再び瑞希をチラッと見た。瑞希は真一の発言に対し首を捻る。【影】が光の粒になっていたと言われればそんな気もするが、そうじゃないと言われればそうじゃない気もする。


「あぁ~。僕も親父から【影】が浄化出来るのは霊場だけだって聞いてたな~。市田さんに瑞希ちゃんの事聞くまで、そんな事が出来る人がいるって思ってもみなかったし~。瑞希ちゃんはさ、さながらポータブル霊場ってとこだね~!」


 蓮の発言の最後の部分を聞いた瑞希を、凄まじい脱力感が襲った。あまりにもネーミングセンスが無い。


「なるほど。言えてますね」


 そう言ってポンとと手を打った玲の姿を見て、瑞希の脱力感が増す。


「確かにそうだな」


 真一が腕を組んでうんうんと頷いた事により、瑞希の脱力感が限界まで達した。堪らずソファから滑り落ちる。


「ただ――」


 瑞希がソファに座り直していると、蓮が急に真面目な顔になって口を開いた。深刻な話なのかと、瑞希は無意識にごくりと唾を飲み込んだ。


「瑞希ちゃんの霊力ってさ、霊場って言うには程遠い色してたよね~!」


――んな!


 予想外の蓮の発言に、瑞希は口をパクパクさせた。


「確かにな。ピンクは無いわぁ……」


 呆れたように真一が言う。


「ええ。確かにそうですねぇ」


――白糸先輩までっ!


 唯一庇ってくれそうな玲にまで、溜め息交じりで同意され、瑞希は愕然とした。玲、蓮、真一は一様に残念そうな顔をしている。その顔を見た瑞希の胸に、小さな違和感が芽生えた。


「まさかピンクだったなんてね~」


「予想外でしたね」


「予想で一番近い色言ってたの、誰だっけ~?」


「裕太さんですよ」


「確か、赤っつってた」


「じゃあ、ニアピンだ~!」


「そうですね」


「賭けは裕太さんの勝ちか……」


『はぁ……』


 三人が同時に溜め息を吐いた。残念そうな顔をしていた理由を理解した瑞希の額に青筋が走る。


「真ちゃんの予想はレインボーだったし、流石にそれは無いでしょ~」


「いや、こいつならあり得るかなって。絶対に派手な色だと思ってさ」


 好きでこんな色になったんじゃないと反論したかった瑞希だったが、ぐっと堪えて深呼吸をした。「怒ってはダメだ、怒ってはダメだ」と頭の中で念仏のように繰り返し唱える。


「玲ちゃんは黄緑にしたんだっけ~?」


「ええ。真一さんと似た体質なら同系色かと思ったんですけど、見事に外れましたね」


「蓮は何色にしたっけ?」


「僕は紫~! だって、可愛い女の子と同系色ってやっぱり嬉しいじゃん!」


 蓮はそう言うと、やけにキラキラした笑顔をつくった。


「うわ! キモッ!」


「ですね」


 そう言った真一と玲は、蓮を白い目で見つめる。


「え~! ヒドイ! 玲ちゃんだって、黄緑って、何気に黄色入れてるじゃん! 僕とあんま変わんないでしょ~!」


 蓮の反論に、玲はつっと目を逸らした。玲の反応に蓮は勝ち誇ったように笑っている。


「まあ、どっちもキモイな。あ~あ。五百円損した。よりにもよってピンクとはな」


 真一はそう言って頭の後ろで手を組むとソファに身体を預けた。真一の発言に瑞希は俯き、両手を握り締める。その手は怒りの為か、プルプルと小さく震えていた。俯いた瑞希の表情は怒りで般若のようになっているが、長い髪が肩口から落ち、三人にはその表情を窺い知る事は出来ない。


「文庫本一冊買えましたね……」


「あ~あ。ケーキセット一回分は痛いな~」


「俺、欲しいマンガあったのにさ」


「裕ちゃんは千五百円勝ちか~。金魚鉢パフェ一個分、いいな~」


「千五百円……。参考書買えましたね……」


「俺、欲しい参考書あったんだよな」


 口々に好き勝手な事を言う三人に、とうとう瑞希の堪忍袋の尾が切れた。俯いたままゆらりと立ち上がると、息を大きく吸い込んだ。


「あなた達って人はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 三人に向かって絶叫した瑞希の声は、寮内のみならず、ご近所のマンジョン住民の安眠を見事に妨害したのだった。その後、何事かとラウンジに降りてきた慧子に見守られながら、正座の玲、蓮、裕太、真一を説教したのは言うまでもない。

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