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5月■日 3

 市田から指定された場所は、晴嵐学園の最寄り駅近くの繁華街から少し奥まった場所にあった。ビルとビルの谷間にひっそりと佇む廃ビルは、夜中に来れば肝試しにぴったりだろうという、何とも不気味な雰囲気を醸し出している。


 殆どの窓ガラスが悪戯で割られたのか無くなっており、壁にはスプレーでの落書きがされていた。絵に描いたようなお化けビルだ。こんな状態のビルを、持ち主が売却したり取り壊したりしないのは、きっと瑞希には想像出来ない大人の理由があるのだろう。初めて【影】の駆除をする緊張の為か、瑞希の手には汗が滲んでいた。


「今日は蓮さんと真一さんの補助ですから。緊張しなくて大丈夫ですよ?」


 瑞希の表情にも緊張が滲み出ていたのだろう。玲が瑞希の顔を覗き込み、優しく微笑みながら声を掛けた。


「何かあったら、僕が守ってあげるからね~!」


「瑞希さんを守るのはパートナーである私の役目ですから。変態さんはお呼びではありませんよ」


 明るく瑞希に声を掛けた蓮を、玲は冷ややかな眼差しで見つめる。蓮は道路の隅にしゃがみ込み、口を尖らせ「の」の字を書き始めた。


「あ……あの……」


「あいつの事は気にすんな。ただ構って欲しいだけだから。構うと余計面倒臭い事になるぞ」


 拗ねている蓮の様子を見てオロオロし始めた瑞希を見かね、真一が溜め息交じりに言った。


「んじゃ、コントもそろそろ終わりにして、気を引き締めて行きますか!」


 裕太が元気良く皆に声を掛けると皆が表情を引き締め、扉の無くなっているエントランスへと歩き出した。その様子を見て瑞希も人知れず唾を飲み込み、皆の後に続きエントランスへと向かった。




 瑞希が廃ビルの中に入ると異様な雰囲気だった。空気が重いとしか言いようが無い、そんな感じだ。ゆっくりと周囲を見回すと、窓から差し込む光が届かない所を中心に数十匹の【影】がいた。瑞希が初めて見た【影】はどこと無く人のような形をしている、文字通り影のような存在だった。


「真ちゃん、どう?」


 蓮が真剣な表情で真一に話し掛けた。普段はおちゃらけている蓮だったが、流石に【影】の駆除となると表情が一変する。元々整っている顔をしているのだから普段からそれに見合った行動をすれば良いのにと、瑞希は常々残念に思っていた。そして、【影】の駆除の時までおちゃらけていたらどうしようと心配していた瑞希だったが、その心配は杞憂に終わったようだった。


「何かさ、ここ、【影】の満員電車みたいになってんだけど……。俺、吐きそう……」


 蓮の問いに答えた真一の顔は真っ青になっていた。


「人型すら取れない弱いのまで入れたら凄い数ですよ。何で、今までこんな所が放置されていたの?」


 そう言った慧子の表情も、真一同様真っ青になっていた。真一も慧子も元々【影】が見える人間だ。目が良い分、こういった所だと必要以上に【影】が見えてしまって辛いのだろう。二人の顔色を見た瑞希は空気が重苦しく感じる理由を理解し、二人に同情した。


「弱いものは放置しても害はあまり無さそうですし、手分けして人間に害を与えそうな【影】を駆除しましょうか? もし、核の【影】を見つけたら迷わず撃破の方向で。こんな所、何度も来たくありませんからね」


 玲が【影】の駆除の方針を提案すると、全員が無言で頷いた。


「んじゃ、俺達は上の階から駆除していきますんで。下の階はお願いします」


 裕太はそう言うと、正面にある階段に向かって歩き出した。慧子もそれに無言で続く。


「んじゃ、僕たちも始めよっか~?」


 蓮はそう言うと、鞄の中から仏具――金剛杵を取り出した。先端が三つ又に分かれた三鈷杵と言われるものだった。


「ん? 瑞希ちゃん、どうしたの?」


「三井先輩のそれ……」


「ああ、これ?」


 蓮は瑞希の視線の先、金剛杵を掲げて見せた。


「瑞希ちゃんや真ちゃんみたいに警棒でもいいんだけどね~。こっちの方が使いやすいからさ~」


「実家が寺だからな。蓮は将来、坊さんだもんな」


 真一が鞄から警棒を取り出しながらからかうと、蓮は拗ねたように口を尖らせた。


「将来はきっと住職に頭も剃られますしね。大変ですね」


 笑いを堪えながら言う玲の手には何も握られていない。


「あれ? 白糸先輩、武器は?」


 瑞希が不思議そうに問い掛けると、玲は瑞希に無言で微笑んだ。玲の反応に瑞希は小首を傾げる。


「玲ちゃんはね、素手で【影】をど突くんだよ。顔に似合わずワイルドだよね~」


 茶化す蓮を、玲は絶対零度の眼差しで睨み付けた。睨まれた蓮は意に介さないように笑っている。


「おい。あんまふざけてる場合じゃないぞ」


 何かに気が付いたように、真一が辺りを見渡した。瑞希もそれに倣って周囲を見回すと、【影】がゆっくりとだが瑞希たちの方へ寄って来ていた。先程以上に空気も重苦しい。


「【影】に好かれちゃう人が二人もいたら仕方ないか~」


――二人?


 蓮の言った人数を疑問に思う瑞希だったが、そんな事を悠長に聞いている余裕は無い。調査が始まってから入れっぱなしにしておいた警棒を、慌てて鞄から取り出した。


「しゃーない、行くか!」


 真一が【影】に向かって走り出す。手にした警棒がいつの間にか深緑の光を発していた。真一はあっという間に【影】との間合いを詰めると、上段から斬りかかるように警棒を振るった。霊力が込められた警棒の直撃を受け、【影】が一匹塵となって消える。


「ナウマク・サマンダ・バザラダン・カン」


 蓮がそう唱えると、手にしていた金剛杵が薄紫の光を放つ。蓮は、そのまま手近にいた【影】に向かって金剛杵を振りぬいた。薄紫色の衝撃波が【影】に向かい、直撃を受けた【影】が塵になる。そして、間髪入れずに体を捻ると、真横の【影】に向かって金剛杵を振りぬいた。


「瑞希さんは私の取りこぼしをお願いしますね」


 玲は瑞希にそう言うと、手近な【影】に向かって行く。その手は黄色い光を放っていた。


――白糸先輩、本当に【影】を素手でど突いた……。


 瑞希も手にした警棒に霊力を込めて構え、玲の戦いぶりを見守っていた。ほれぼれとするような体裁きで、玲は次々と【影】を駆除していく。すると、一匹の【影】が玲の横をすり抜けるようにして瑞希に向かって来た。


「瑞希さん。それ、お願いしますね」


 玲にそう言われ、瑞希は【影】に向かって霊力を込めた警棒を構えた。【影】が間合いに入った瞬間、瑞希は警棒を横に凪ぐ。巨大な豆腐を棒で殴ったような、べちゃっとした感触を瑞希の手に残し、【影】は光の粒子となって霧散した。予想外の感触に瑞希の全身に鳥肌が立つ。しかし、そんな事は気にしていられない。新たな【影】が玲の横をすり抜けて瑞希の元へ寄って来ていた。


 玲に守られ、指示をされる形となりつつも、瑞希は一匹、また一匹と【影】を駆除していった。しかし、どこからこんなに沸いてくるのかと思う程、【影】の減る気配は無かった。


「こいつら、上からも来てる……」


 真一の声に反応した瑞希が天井を見上げると、【影】が天井をすり抜けていた。瑞希たち四人からある一定の距離を保って落ちてくる。その様は瑞希の生理的嫌悪を刺激するものだった。出来る事なら今すぐこの場を離れてしまいたいと思う瑞希だったが、感覚的に玲と蓮の傍を離れる事が危険だと悟る。


「流石に、真上から来られるのはな~。仕方ない! ちょっと疲れるけど結界張るか~。僕、動けなくなるから、真ちゃん、結界の外よろしくね~」


 蓮はそう言うと、制服のズボンのポケットから、手に持っていた金剛杵と比べるとかなり小さい金剛杵を四つ取り出した。手にもっている金剛杵とは形も若干違う。先端が枝分かれしていない――独鈷杵だった。


「オン・ソンバ・ニソンバ・ウン・バザラ・ウン・バッタ」


 蓮の手にしている四つの小さい金剛杵のうち一つが薄紫色に輝く。それを確認すると、蓮は床に向かって輝く金剛杵を放った。床に小さい金剛杵が突き刺さっている事を確認すると二つ目に取り掛かる。


「オン・アミリテイ・ウン・ハッタ」


 一つ目と同様に、蓮が床めがけて金剛杵を放つ。


「オン・シュチリ・キャラロハ・ウン・ケン・ソワカ」


 三つ目。


「オン・バザラ・ヤキシャ・ウン」


 四つ目の金剛杵が床に突き刺さると、薄紫色のドーム状の光が瑞希達四人を守るように現れた。【影】がその光に触れると、あるものは体の一部を霧散させ、またあるものは一瞬にして消滅する。


「蓮、ナイス!」


 真一は蓮に向かって親指を立てると、光のドームのすぐ近くまで来ていた【影】に向かって行き、容赦無く薙ぎ払った。




「何とか一階は片付きましたね」


 玲が息切れ一つせずに言った。【影】の駆除で一番動いていたはずだが、驚異的な体力だった。


「はぁ、裕太さん達が、はぁ、四階を片づけててもまだ、はぁ、二階と三階が、はぁはぁ、残ってんのかよぉ」


 真一は息も切れ切れに文句を言っていた。膝に手をつき、肩で息をしている。


「まあ、文句言ってても仕方ないし、二階に上がろうか~。はぁ、今日は疲れるな~」


 蓮は伸びをすると、多少嫌そうな顔をしつつも階段に向かった。真一もその後を付いて行った。


「私達も行きましょうか」


 玲は瑞希にそう言うと、蓮と真一の後を追った。


「瑞希さん、大丈夫ですか?」


「はい。あの、ありがとうございます」


「いえいえ」


 瑞希の訓練になるようにと、玲は瑞希へ向かう【影】の数を上手く調整していた。それが原因で玲が一番動かざるを得なかった。その事は瑞希も途中から気が付き、それからは出来る限り積極的に動いていた。瑞希は心底、玲がパートナーで良かったと思っていた。


 瑞希達四人が二階に到着すると、丁度裕太が最後の【影】を銃で打ち抜いたところだった。見渡す限り人のような形をした【影】は見当たらない。


「え? 伊勢先輩? 何で?」


 瑞希は訳が分からず声を上げた。四階から降りながら【影】を駆除しているはずの裕太と慧子が、二階を駆除し終わるにはあまりにも早すぎる。玲や蓮、真一も、一様に驚きの表情をしていた。


「階段を上がって四階に行く時には、二階と三階にもかなりの【影】がいたんですけど、四階を駆除している間に下に行ったみたいで……。ここと三階は【影】が殆どいませんでしたよ」


 慧子は苦笑して状況を説明した。


「旨そうなのが一階に二人もいたんだ。当たり前だよな」


 裕太が八重歯を覗かせて笑う。


――まただ。また二人って……。


「あの、二人って?」


 二人のうち一人が自分だという事は分かっているが、もう一人が一体誰なのか気になった瑞希は意を決して裕太に問い掛けた。


「ん? 何、お前知らなかったの? 真一もお前と同じ体質。【影】に好かれる人間だよ」


「そうなの?」


「ああ……」


 瑞希が真一に問い掛けると、真一は不機嫌そうに短く返事をした。

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