プロローグ3
黄昏時を少し過ぎた町を、瑞希はとぼとぼと歩いていた。どうしても気分が優れない。幼い頃に事故で亡くなった両親の事、青嵐学園の事――。もう諦めた筈の事だったが、瑞希の頭の中をそれらがグルグルと廻る。家に帰りたくないと思いつつも、源三や早苗にあまり心配をかける訳にもいかず、瑞希は仕方無く帰路についていた。
瑞希が家の前までたどり着くと、そこには見知らぬ黒塗りの高級外車が停めてあった。鏡の様に磨き上げられた車のすぐ横を通り過ぎた瑞希は、チラッと運転席を見た。一瞬見えただけだったが、運転席には運転手が待機している様だった。この車の持ち主は運転手を雇える程のお金持ちなのだと、瑞希は妙に羨ましくなった。
「はぁ……」
瑞希は溜め息を吐きながら、小さな木戸を開いて中に入った。小さな木戸の横には橘流剣道場と書かれた、大きく年季の籠った木製の看板がかかる、今の暮らしとは部不相応の荘厳なつくりの門があった。
道場がある広い庭を抜け、母屋の前に立った瑞希は小さく溜め息を吐いた。出迎えてくれるであろう早苗に余計な心配はかけたく無いなと思いつつも、自分は笑顔でいられるのだろうかと不安になる。必要以上に会話はせず、すぐに自室に行こうと心に決め、瑞希は玄関の引き戸に手を掛けた。
「ただいま戻りました」
広すぎる玄関へ入り、いつも通り声をかけるが返事が無い。いつもなら瑞希が帰ってくると、早苗が出てきて笑顔で出迎えてくれる。瑞希は早苗の出迎えが好きだった。瑞希の母親も、瑞希が外から帰ってくると、必ず早苗とよく似た笑顔で出迎えてくれていたから――。
早苗の出迎えが無いというだけで、瑞希は独りぼっちになってしまった様な孤独感に苛まれ、涙が溢れてきた。両親が亡くなった時の記憶が鮮明に蘇ってくる。
その日、瑞希は源三の家で誠と遊んでいた。よくよく考えると両親の結婚記念日か何かだったのかもしれない。二人で出掛ける両親に元気良く手を振って見送った事、誠と遊べる事に心ときめかせていた事、お姉さんぶりを発揮しようと頑張った事、遊び疲れて誠と一緒にお昼寝をした事はよく覚えている。そして、お昼寝から覚め、再び誠と遊びだした瑞希に、源三が、両親が亡くなった事を伝えた事も――。
「瑞希ちゃん? 気が付かなくてごめんね。映画どうだった?」
瑞希が涙を拭いながら靴を脱いでいると、早苗が居間から顔を出した。
「瑞希ちゃん! どうしたの!」
瑞希が泣いている事に気が付いた早苗はギョッとした表情になり、慌てて瑞希に駆け寄った。早苗が真っ先に心配したのは可愛い姪が不埒な輩に襲われた事だ。しかし、小さい頃――源三に引き取られてから源三の道場で剣術を学んでいる瑞希なら、そんな輩は返り討ちにしている筈と一人で納得する。では、どこか怪我をしているのかと、瑞希の頭から爪先までを凝視した。しかし、瑞希の身体のどこにも傷や汚れは無く、早苗はホッと小さく安堵の溜め息を吐いた。
早苗も瑞希が最近塞ぎ込んでいる事は知っている。塞ぎ込んでいる理由も大体は分かっていた。これ以上泣いていた原因を問い詰めても、瑞希を追い詰めるだけだろうと判断し、心配そうな眼差しを瑞希に向けた。
「何でも無いです。すみません。」
瑞希はそう手短に返すと早苗に頭を下げ、自室のある二階へ行こうとした。
「あ、待って!」
足早に階段へ向かおうとした瑞希を早苗が呼び止めた。
「瑞希ちゃんにお客様がいらしているの。荷物置いたら客間に行ってくれるかしら?」
「お客様……?」
そう言われてみれば、門の前に停めてあった車、目を遣った先――玄関には、先程は気が付かなかったが、端の方に見たことの無いピカピカの靴が揃えて置いてある。
「あの、お客様ってどちら様ですか?」
階段へ向かう途中で足を止め、瑞希は早苗にそう問いかけた。しかし、早苗は誰が来たかは言うつもりは無いらしく、意味深な笑みを浮かべた。
「会えば元気が出るわよ。きっと。さ、荷物を置いてきて。ね?」
「……はい。分かりました」
瑞希は訝しく思いつつも、言われるままに荷物を自室に置きに行く事にした。




