5月▲日 4
夕食を食べ終わると、当然の流れのように全員で食後のコーヒーを飲む事となった。こんな時でも真一だけは牛乳を飲んでいる。余程牛乳が好きなんだろうなと、瑞希が牛乳を飲む真一を見ていると、裕太が瑞希に問い掛けた。
「因みに、修了試験ってどれ位掛かった?」
「えっと……三十分位です」
「ありえない……」
「ふふふ。裕太の最長記録はなかなか破られないわね」
ショックを受けて項垂れている裕太を見て慧子が笑う。
「俺は射撃専門なの! 武術の方が良いって市田さんは言うけど、やっぱ銃の方がカッコいいからな! てか、お前は修了試験すら受けてないじゃないか!」
「私には必要無かったから」
慧子はシレッとした顔で言うと、コーヒーを一口啜った。そんな慧子に、瑞希はおずおずと問いかけた。
「あの、必要無かったって?」
「ん? ああ、瑞希ちゃんは知らないわよね。私はね、【影】を使役する事が出来るから、市田さんとの訓練ってしていないの。まあ、入学前に【影】で戦う事を祖母に叩き込まれたけどね」
「【影】を使役するって、そんな事が出来るんですか?」
「ん~……式神って聞いた事無いかな? 簡単に言うと、うちの神社のお札に霊力を込めて【影】を封印するのね。で、その札にもう一回霊力を込めて【影】を召喚すると、あら不思議。私の思った通りに動く【影】の出来上がり。大昔からある方法なんだけど」
「へぇ~」
瑞希は感心して慧子を見た。市田が霊力は使い方次第で色々な事が出来ると言っていたが、物理攻撃特化の訓練を受けた瑞希はこんな事が出来るとは全く想像していなかった。
「僕が思うにね~、慧子ちゃんはお札と霊力を利用して【影】と慧子ちゃん自信にラインを繋いでるんだよね~。まあ、僕はやった事無いからコツとかは全く分からないけど~」
蓮はそう言うとコーヒーを一口飲んだ。そして、顔をしかめるとシュガーポットを手前に引き寄せて砂糖を追加した。瑞希が記憶している限り、既にシュガースプーン三杯の砂糖を入れていた。
――四杯目、五杯目。あ、飲んだ。え? 六杯目……。
やっと納得出来る甘さになったのか、蓮は満足そうにコーヒーを飲んでいる。
「お待たせぇ!」
突然マロンの声が聞こえ、瑞希は驚いて振り向いた。満面の笑みで瑞希の後ろに立つマロンが手にしているトレーの上には、金魚鉢に盛り付けされたパフェが乗っていた。
「表のカフェで一番の人気メニューなのよぉ! はい、どうぞ」
マロンはニコニコしながら瑞希の前に金魚鉢パフェを置いた。
「え?」
瑞希はキョトンとして目の前の金魚鉢パフェを見つめた。甘いものは好きだが頼んだ覚えは全く無い。
「お祝いよ。玲ちゃんと蓮ちゃんからの。愛されてるわねぇ」
マロンはそう言い残し、厨房へ戻って行った。
「甘いもの嫌い? 嫌いなら僕が食べるけど~?」
「いえ! 大好きです!」
頬杖をついてニコニコしている蓮に、瑞希は慌てて首を横に振った。
「食べきれます? 残してもかまいませんから、無理はしないで下さいね」
「甘いものは別腹です!」
スプーンを持った瑞希は優しく微笑む玲に元気良く答えた。瑞希の答えに玲の笑みが苦笑に変わる。
「では、頂きます!」
『はい、どうぞ』
そう言った玲と蓮の声が見事にハモっていた。
黙々と金魚鉢パフェを頬張る瑞希を、全員が苦笑しながら眺めていた。既に、上に乗っていたフルーツ類は瑞希の胃の中に納まっている。驚異的なスピードでパフェを食べている瑞希を、誰もが夕食をまともに食べていなかったのではないかと疑う。それ程の勢いでパフェが無くなっていた。
「お前、よく食うな……」
初めに口を開いたのは真一だった。瑞希を見て、呆れ果てたような表情をしている。
「こんな時間にこれだけ食って太らないもんかね?」
「幸せそうに食べているんだから良いじゃない。それに、瑞希ちゃんなら多少太っても大丈夫なんじゃない?」
「まあ、確かに」
裕太と慧子は、黙々とパフェを頬張る瑞希を苦笑しながら見つめていた。
「ねえねえ、瑞希ちゃん。僕も一口食べたいな~」
「で、瑞希さんに食べさせてもらう魂胆なんですね? 下心見え見えですよ?」
「だってさ、はいあ~んってしてもらうの、夢じゃない~?」
「いいえ、全く」
「え~? 僕、結構憧れるけどな~。じゃあ、玲ちゃんは食べさせてあげたい派?」
「黙秘します」
「へ~、意外。否定はしないんだ~。瑞希ちゃんはどっち派?」
蓮と玲のこんなやり取りも、夢中でパフェを食べている瑞希の耳には届いていない。瑞希は黙々とパフェを口に運んでいた。
「あれ? 聞いてない、かな……?」
「そのよう、ですね」
連と玲は顔を見合わせて苦笑した。
「ご馳走様でした!」
最後の一口を飲み込んだ瑞希は元気良く言い、パフェが入っていた金魚鉢から顔を上げた。
「本当に甘いものは別腹でしたね」
そう言った玲は苦笑していた。瑞希が全て食べきるとは、全く想像していなかったのだろう。裕太と慧子も同様だったらしく、目を丸くして瑞希を見つめていた。
「普通、ひとりであの量のパフェ食べきるか……?」
「僕は食べちゃうな~。真ちゃんは甘いもの苦手だから無理~?」
呆れたような口調の真一に、蓮がニコニコしながら答えた。
「いや、甘いもの苦手とかそういう次元の話じゃないだろ……。そもそも、夕飯食ったよな?」
「うん。食べたよ。エビフライ美味しかったね」
真一の問い掛けに、さも同然とばかりに瑞希は頷いた。
「……こいつの腹、ブラックホールか何かだ」
「ちょっと、真ちゃん! 女の子には優しくしなさいっていつも言ってるでしょ~! そんな事言ってるから背が伸びないんだよ~!」
「いや、身長は関係ねーだろ」
「関係あるよ。僕も玲ちゃんも女の子には優しいもん!」
「ちょっと待て。だったら、世の中の長身の男は全員、女に優しいのか!」
「優しいよ!」
「んなわけねーだろ! あんま訳分かんない事言ってると本気で殴るぞ!」
「ふんっ! 出来るものならやってみな~!」
「え……、ちょっと、二人とも」
突如始まった蓮と真一の口喧嘩に、瑞希はオロオロとしていた。そんな瑞希を他所に、二人の口喧嘩は激しさを増し、ヒートアップした二人は椅子を蹴り倒して立ち上がった。
「望み通りやってやるよ!」
「良いよ! その代り、僕も本気で相手するからね!」
「上等だ! 今日こそ泣かす!」
「何言ってんの? 泣かすのは僕の方だから!」
「んだと!」
「何さ~!」
本気で殴り合いに発展しそうな雰囲気になり、瑞希は隣に座って優雅にコーヒーを飲んでいる玲におずおずと問い掛けた。
「あの、止めなくて良いんでしょうか……?」
「まあ、いつもの事ですからね」
音も無くコーヒーカップをテーブルへ置くと、玲は瑞希に優しく微笑んだ。そして、すっと目を細めると、口喧嘩を続ける二人を見つめた。獲物を見つけた肉食獣のような表情に、瑞希の背筋に冷汗が流れる。
「ただ……」
再び瑞希へ振り向いた玲は口元を笑みの形にした。絶対零度の微笑みに、瑞希の背筋の冷汗が倍増する。
「瑞希さんがうるさいとおっしゃるなら、二人とも黙らせますよ?」
「あ、いいです」
瑞希は玲の問いかけに即答すると、首をブンブンと激しく横に振った。そして、二人の口喧嘩を今暫く見学する事にした。このまま殴り合いにまで発展しないことを祈って――。




