5月▲日 3
自室へ戻り軽くシャワーを浴びた瑞希は、いつもより早く夕食が取れる事にウキウキしながらラウンジへ行った。
「お前、今日随分早いな。サボりか?」
ラウンジへ入ると、夕食を食べていた真一に声を掛けられ、瑞希は足を止めた。
「え? 違うよ。今日は訓練の修了試験だったの」
「……ぶっっっ!」
味噌汁を啜っていた真一は盛大に味噌汁を噴出した。
「うわっ! 真ちゃん、汚い~!」
瑞希が振り向くと、眉を顰めた蓮が立っていた。その後ろには玲もいる。
「だって! こいつ、今、さらっと驚く事言ったから! 一瞬聞き流しそうになった!」
真一は慌ててテーブルの上に置いてある紙ナプキンで口元を拭った。
「で? お味噌汁を吹き出す程、驚く事とは?」
玲が真一に問いかける。心なしか、真一を見るその目には軽蔑の色が浮かんでいた。
「こいつ、市田さんとの修了試験が今日だったって言ったんだよ! 普通、こんな時間に戻って来れないでしょ! しかも、ちゃっかり風呂まで入ってやがる! それをさらっと言われたんだ! 驚いて味噌汁吹くって!」
――あ。今日はちゃんと髪の毛乾かしてないや。ま、いっか。
興奮して叫ぶ真一を他所に、瑞希はそんなどうでも良い事を考えていた。
「確かに、少々早いですね」
玲は時計をチラッと見た。現在の時間から逆算して、大体の試験時間を計算したのだろう。
「でも、三十分位やっていたんですよ?」
「今まで一時間以内に戻って来られた人は数人しかいないんですよ。真一さんは二時間ちょっと、裕太さんは確か五時間の最長記録を打ち立てました。真一さんくらいが普通なんですけどねぇ……。よっぽど剣術が強いのか、市田さんの隙をつくのが上手だったのか……」
玲は顎に手を当て、考え込むような素振りをした。
「あ。それは相性が悪かったって言っていました」
「相性、ですか?」
「はい。私も市田さんも竹刀に霊力を込めていたんですけど、竹刀がぶつかった瞬間にバチッて電気が走ったみたいになって……。市田さんは相当痛かったみたいです。その後、私が打ち込んだら市田さんの竹刀が折れて、私の霊力を防げないし、手が痺れてもう竹刀が握れないって……」
「ああ。相互干渉ね~! 不思議とお互いに激痛が走る事は少ないんだって。でも、確かお互いの霊力が打ち消し合うんじゃなかったかな? 竹刀が折れたって……どゆこと?」
蓮は首を傾げて瑞希を見た。
「私の霊力が予想より強かったから、市田さんの霊力だけが消えたって言っていました」
「つまり、力のゴリ押しで瑞希ちゃんが勝ったのね~。まあ、あの人の性格考えると、避けられるのに余裕見せて竹刀で受けたんだろうし~。一瞬の判断が明暗分けたんだね~」
「あ! 一瞬の判断が――って、それも市田さんが言ってました」
「市田さんの昔っからの口癖だよ~」
「あれ? そういえば……」
「ん? どしたの?」
「あの、修了試験って三十分で一本取るように言われていたんですけど、二時間とか五時間とか、おかしくないですか?」
「ああ、それはね~、三十分で一本取れなかったら休憩してまた続けるんだよ。それこそエンドレスにね。市田さんももう若くないから、休憩してもあんまり体力戻らないじゃん? だから、長くなればなる程、若くて体力のある特待生に有利になってくるの~。最終的には体力勝負」
そういう仕組みになっていたのかと、蓮の説明を聞いた瑞希は妙に納得していた。
「何しろ、合格おめでとうございます。宜しければ夕食一緒に食べませんか? すぐに取って来ますから、瑞希さんはそこに座って待っていて下さい」
玲は瑞希に微笑みかけると、蓮と共にカウンターへ歩いて行った。
手持無沙汰の瑞希は斜め前に座っている真一の夕食をチラッと見た。今日のメインはドーナツ型のフライ――たぶんイカリングと、エビフライの盛り合わせだった。付け合わせのポテトサラダは瑞希の好物の一つだ。ホカホカと湯気をたてるご飯も瑞希の食欲をそそる。
「お前、んな物欲しそうな顔したって、分けてやんないからな」
呆れた表情の真一にそう言われ、瑞希は頬を染めて俯いた。
「どうしたんですか?」
瑞希の分の食事も持って戻ってきた玲に問われ、瑞希は無言で首を振った。「お腹が空いて人のご飯を物欲しそうに見ていたら呆れられました」とは口が裂けても言えない。
「それでは、頂きましょうか」
「はい! 頂きます!」
元気よく返事をすると、瑞希は手を合わせた。
「食い意地の張った女……」
真一の呟きが瑞希の耳にも届いたが、敢えて聞こえない振りをする事にした。またじゃれ合いが始まってしまっては、せっかくありつけた食事が冷めてしまうからだ。
瑞希が夕食に舌鼓を打っていると、裕太がラウンジにやって来た。その後ろには慧子もいる。
「お! 今日は全員集合か!」
「はい! 今日は修了試験で、訓練早く終わったんです!」
瑞希は口に入っていた食べ物を飲み込み、裕太に元気良く答えた。
「へ~……。って、えぇぇぇ?」
一瞬聞き流しそうになった裕太が驚いて聞き返す。後ろの慧子も目を丸くしていた。
「今日は市田さんと修了試験、していたんです!」
「マジで?」
「はい!」
「ありえない……」
裕太はショックを受けたのか項垂れている。瑞希が修了試験の最長記録を更新してくれることを密かに期待していたのだろう。
「瑞希ちゃん、すごいじゃない!」
慧子に満面の笑みで褒められ、瑞希は照れたような笑みを浮かべた。




