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5月▲日 2

 香織に足止めを食って帰りが遅くなった瑞希は、寮に戻るとすぐに着替えをして道場に行ったが、そこにはすでに市田が待っていた。


「遅くなって申し訳ありません!」


「いや。今来たところだから気にしなくて良いよ」


 市田に力一杯謝罪をした瑞希だったが、市田はさして気にしていないようだった。遅くなった事を市田が気にしていない事にホッとしながら、瑞希が市田の前に正座すると、市田が口を開いた。


「今日は訓練の修了試験を行う」


「修了試験ですか?」


「そうだ。三十分の間に私から一本取れれば合格だ」


「……本気ですか?」


「むろん、本気だ」


 市田の言葉に瑞希は戸惑っていた。今日まで何度も竹刀を合わせたが、瑞希は市田の身体に殆ど竹刀を当てる事が出来なかった。踏み込みが浅ければ避けられた後にカウンターが、踏み込みを深くすると竹刀で受けられた後にカウンターが待っている。市田のカウンター攻撃も様々で、一度は腕を掴まれて片手で投げられた事もあった。実戦的と言えば聞こえが良いが、ルールなど無しのガチンコ勝負と言った方が正しい訓練だった。真っ向から向かっていっても、色々な武術を体得している市田から一本取れるはずが無い。


 戸惑う瑞希を他所に、市田は黙々と防具をつけていた。市田を待たせるわけにもいかず、瑞希も渋々防具を手に取った。


 いつも通り防具を付け終わり、瑞希は竹刀を手にした。互いに礼をし、修了試験という名のガチンコ勝負が始まった。




 初めこそ積極的に攻撃をしていた瑞希だったが、市田の容赦ない打ち込みに、すぐに防戦一方になってしまった。


「そんなんじゃ、いつまで経っても一本は取れないぞ!」


 市田はそう言うと、大きく踏み込んで間合いを詰めた。瑞希の籠手に竹刀が当たる。


「どうした? 普通に手合せしただけでは勝てないと思うが?」


 市田は中段に竹刀を構えつつ、嘲るように言った。市田は勝負事になると性格が変わるらしく、普段の優しい物腰からは想像もつかない程容赦無い攻撃をしてくる。市田はじりじりと間合いを詰め始めた。


「来ないのなら私からいくぞ!」


 市田はそう叫ぶと、一気に間合いを詰めた。瑞希は咄嗟に身体を横に捻って面狙いの竹刀をかわした。しかし、直後市田に足払いをされ大きくよろめいた。


 瑞希は急いで体制を立て直した。市田はその様子を悠々と眺めている。きっと防具の下では余裕の笑みを浮かべているのだろう。そう思うと瑞希はだんだん腹が立ってきた。


「いきます」


 瑞希は静かにそう言うと、市田との間合いを一気に詰めた。いつもより大きく踏み込むと、胴を凪ぐように竹刀を振るう。かわされてしまっては意味がないと、瑞希は敢えて市田が竹刀で受ける確率が一番高い攻撃を選んでいた。


 市田は瑞希の竹刀を見て目を見開いた。瑞希の竹刀はピンク色に輝いている。霊力を込めてある証だ。霊力を込めてあれば普通の竹刀を折る事など容易いだろうと、瑞希は一か八か市田の武器破壊を狙っていた。


「おっと!」


 市田は慌てて竹刀に霊力を込めると、瑞希の竹刀を受けた。バチッという音と共に二人の竹刀の間に火花が散った。それと同時に瑞希の手に痛みが走る。例えるなら冬場に起こる静電気の放電現象のような痛みだった。


「っ……!」


「ぐぅ……!」


 瑞希が驚いたように息を飲むのと同時に、面の下から市田くぐもったうめき声が聞こえた。市田の竹刀にも霊力が込められており、瑞希の竹刀を辛うじて受け止めていた。お互いの竹刀に力が篭る。二人の霊力の光は不安定に揺らめいていた。


 瑞希は市田の竹刀をいなすと、負けてなるものかと更に霊力を込めて市田の面に向かって一撃を打ち込んだ。しかし、あえなく市田の竹刀に阻まれた。と思った次の瞬間、市田の霊力が揺らめきとともに消え、市田の手にしていた竹刀が半ばから折れた。呆然としたように動かない市田に、瑞希は堪らず声を掛けた。


「あの、市田さん? 大丈夫ですか?」


「君は?」


 市田は折れた竹刀を呆然と見つめながら瑞希に問い返した。


「あ、私は少し手が痛かったですけど、今はもう大丈夫です」


「少し、ね……」


 防具の下の市田の顔は苦笑しているようだった。


「君とは霊力の相性がすこぶる悪かったみたいだね」


「相性ですか?」


「ああ。稀に起こる現象だが、お互いの霊力が干渉して放電のような現象が起こるんだ。お互いの霊力が打ち消し合う事が多いんだが、今回は君の霊力が私を大きく上回っていたせいで私の霊力だけが消されたみたいだね」


 市田はゆっくりと籠手を外し、続いて面を外した。


「私では君が本気で霊力を込めた竹刀は防げないな。それに、実のところ手が痺れて暫くは竹刀がちゃんと持てそうもない」


 面を外した市田の顔は満足そうに笑っていた。


「発想は悪くなかった」


「じゃ、じゃあ……!」


「ああ。ぎりぎりだが合格としようか。しかし、いくら相性が悪いといっても、三十分経たずに勝負がつくとは……。私も少々老いたかな」


「そ、そんな事無いですよ!」


 瑞希は慌てて市田の言葉を否定した。相性が悪くなければ、瑞希はきっと返り討ちにあっていた。


「冗談だよ。しかし、受けずに避ければ良かったな。悪い癖が出たしっぺ返しがこれとは……」


 市田は手を開いたり閉じたりした。


「一瞬の判断で明暗が分かれる、か……。勝負事ではよくある事だな」


 市田は苦笑しながらポツリと呟くと、瑞希に向き直った。


「明日から特別訓練は無くなるが、自主練習はしておくように」


「はい! ありがとうございました!」


 瑞希は元気よく礼を言うと、道場を後にする市田に頭を下げた。

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