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4月■日 3

 瑞希は理事長室の扉をノックし、「どうぞ」という声が聞こえた事を確認して扉を開いた。そこには市田、裕太、慧子、真一、そして担任の上月が待っていた。三年生の二人が来ていないからビリではないが、真一が到着してから大分時間が経っているだろう。


「あの、遅くなってすみません!」


 瑞希は深々と頭を下げて謝罪した。


「気にする必要は無い」


「あ……」


 市田は優しい声で言うが、顔が何時に無く険しい。そんな市田の様子に怒っているのではないかと瑞希がオロオロとしていると、上月が口を開いた。


「理事長、三年生の学年集会が伸びているようですわね。話は三年生の二人が到着してからで?」


「ああ。時間はまだある。全員揃ってからだ」


 市田は上月に短く返事をした。瑞希がチラッと上月を見ると、上月が瑞希にウインクをした。どうやら、瑞希が遅くなった事に対して険しい表情をしているのでは無い事を暗に教えてくれたようだった。瑞希がホッと胸を撫で下ろすと、理事長室の扉がノックされた。


「どうぞ」


 市田は険しい顔を崩さず、入室を促した。


「失礼します」


 玲が一礼をして理事長室に入室した。礼をする姿も様になっており、瑞希はついつい見とれていた。


「しっつれ~しま~す!」


 玲に続いて蓮も無駄に元気良く入室した。その姿に流石の市田も苦笑するかと思った瑞希だったが、当の市田は全く表情を変えなかった。いつもの市田とはやはり少し違うようだ。


「全員揃ったわね」


 上月が口を開いた。こちらも表情が硬い。市田と上月、二人の真剣そのものという姿に、瑞希は緊張し、人知れず唾を飲み込んだ。


「では始めましょうか。特待生に集まってもらったのは言うまでもないと思いますが、昨夜、電車事故で亡くなった三年の生徒の事です。特定現象調査室の職員が警察と共に現場検証に行ったところ、僅かではありますが【影】の気配が残っていたとの事です。我が校の生徒という事もあり、どこで【影】に憑かれたのかという調査を協力して欲しいと、特定現象調査室より要請を受けました」


 上月はここまで言うと、市田の方をチラッと見た。市田は目を瞑り、疲れたように息を吐き出した。そして、ゆっくりと目を開けた。


「我が校の生徒が【影】に憑かれて命を落とした事は大変遺憾な事だ。皆、十分注意しつつ、どこで【影】に憑かれたのか調査して欲しい。宜しく頼む」


 市田は深々と頭を下げた。


「尚、瑞希君は訓練中の身だ。玲、瑞希君を頼む」


「勿論です」


 玲はにっこりと笑って市田の言葉に頷いた。


「蓮、真一ペアも極力、瑞希君を助けてあげてくれ」


「は~い!」


 市田の言葉に蓮は嬉しそうに返事をした。その隣で、真一は不貞腐れた顔をしている。


「真一、分かったかな? 返事は?」


 市田は口元を笑みの形にして真一に問いかけた。よく見ると、その目は笑っていない。


「う……。はい……」


 市田の迫力に押され、真一も渋々といった様子で返事をした。


「瑞希君は今日もこの後寮の道場で訓練だが、私は会議で少し遅れると思う。準備をして待っていてくれ」


「はい」


「では、今日はこれで解散」


 市田に言われ、特待生全員は理事長室を後にした。




 放課後の校舎は昼間のような活気は無いが、それでもジャージ姿の生徒が数人談笑している。その姿を横目に見ながら、瑞希は声を潜め、隣を歩く玲に話しかけた。


「あの、白糸先輩。調査っていったいどんな事をすれば良いのでしょうか?」


「噂話を集める事ですかね。今回の件は、生徒間の噂話の収集、ですね。まあ、心霊スポットの情報を手に入れられれば大成果でしょう」


「心霊スポット、ですか?」


 【影】と心霊スポットの関係がよく分からない瑞希は眉を顰めた。


「心霊スポットはな、大抵はガセなんだけど、中には【影】の発生場所になってるって事があんだよ」


 前を歩いていた裕太が振り返って瑞希に教えてくれた。


「へぇ……」


「瑞希ちゃん、今の何へぇ?」


「え?」


 玲とは反対側の隣を歩いている蓮に突然問われ、瑞希は驚いて蓮の顔を見上げた。


「ほら、ず~と前にテレビ番組であったじゃん。豆知識の投稿にゲストが驚いた分だけボタンを押すやつ。瑞希ちゃん、見た事な~い?」


 蓮の問いかけに、瑞希は首を傾げた。小さい頃にそんな特番を見た事があるような気がするが、詳しくは分からない。源三の影響で、バラエティ番組はあまり好んで見ていなかった。


「蓮さん。それ、古くないっすか?」


 瑞希の反応を見て、裕太が苦笑しながら蓮に言った。


「え~、そうなの? 僕、あの番組好きだったのに……。もしかしてジェネレーションギャップってやつ?」


 蓮は泣きそうな顔をしている。余程その番組が好きだったのだろう。


「ふ、古くないです! 古くないです! 知ってます! 見てました! ……たぶん」


 蓮の悲しそうな表情を見た瑞希は慌てて叫んだ。


「よかった~! やっぱり瑞希ちゃんは良い子だ~!」


 蓮は瑞希の手をガシッと握ると、上下に振りながらだんだん近付いて来た。じりじりと近付いて来る蓮から逃げる為、瑞希もじりじりと後ろに下がる。


「蓮さん、瑞希さんが困ってますよ?」


 玲が蓮の腕を掴んだ。玲の口元は笑っていたが、目が全く笑っていない。そして、玲は蓮の手を力ずくで引き剥がした。玲が握る蓮の手首から変な音がしているのは、勿論、瑞希の気のせい――では無いだろう。


「お前はいつもいつも!」


 蓮が瑞希から離れた事を確認した真一が、蓮の背中に容赦なく跳び蹴りを放った。真一の蹴りが入る直前で玲が蓮から離れた為、蓮ひとりがたたらを踏む。その背中には見事に真一の上履きの跡がついていた。


「や~ん! 二人とも怖~い! 瑞希ちゃん助けて~」


 蓮はそう言ったかと思うと、瑞希の後ろに回り、両肩を掴んで盾にした。


「蓮さん、瑞希さんを盾にするのは卑怯ですよ? もう怒りませんから出てきなさい?」


 玲の笑顔がさらに迫力を増す。玲の顔を見た瑞希は心の中で「私を巻き込まないで!」と力いっぱい叫んでいた。


「お前! 何、女盾にしてんだ! 出てこい!」


 真一が一際大きな声で怒鳴った。その怒声に驚いたように、廊下で談笑していた数人の生徒が振り返っていた。


「やだよ~! 二人とも怒るんだもん! べ~だ!」


 蓮は瑞希の後ろで玲と真一に向かって舌を出した。


「おまっ……!」


 真一の額に青筋が浮かぶ。


「ほう……。蓮さん、良い度胸してますね……」


「ひぃ……」


 指を鳴らしている玲の周りだけ、気温が二、三度下がった気がし、瑞希は思わず情けない声を上げて身震いした。


「ま、まあまあ……。二人とも落ち着いて……?」


 自分の身も危うくなっている事に気が付いた瑞希は、何とか二人を落ち着かせようと、顔を引きつらせながら遠慮がちに声をかけた。


「お前はとっととそこを退けっ!」


 真一が瑞希に怒鳴る。瑞希も自分の身の安全を考え、すぐにでも退きたかった。しかし、蓮に両肩を掴まれている為、それもままならない。


「ふふふふふ……」


 不意に、玲が不気味な笑い声を上げ始めた。このままでは確実に巻き込まれると、瑞希の顔からサァッと血の気が引いていく。


「仲良いな」


「そうね」


 瑞希が声のした方を見ると、ニヤニヤしながら四人を見ている裕太、慧子と目が合った。


「お二人とも、そんなところで見ていないで助けて下さい!」


 瑞希は藁にもすがる思いで、裕太と慧子に助けを求めた。その目には涙が浮かんでいる。


『怖いから絶対やだ』


「そ、そんなぁぁぁぁぁ!」


 見事にハモった裕太と慧子の答えに、瑞希は悲痛な叫びを上げ、目から滝のように涙を流した。それを見た全員が慌て、瑞希を泣かした罪を擦り付け合ったのは言うまでも無い。

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