4月■日 2
初めての射撃訓練は成功とは程遠かった。壁に穴を開けてしまった事と的を数個ボロボロにした事、壁をインクだらけにしてしまった事をマロンに報告し、それを聞いてマロンが引きつった表情をしているのを見て、瑞希は大変申し訳なことをしたと丁寧に謝罪した。その後、特にお咎め無く朝食にありつけたものの、実は霊力の調整が苦手だったという新事実に瑞希は項垂れていた。しかし、瑞希の様子を見ていた裕太に「初めてにしては射撃の腕は上出来だった」と褒められ、怒られこそすれ褒められるとは思っていなかった瑞希は、登校中も上機嫌にニコニコし、現在も頬が緩んだままだった。
「お前、何にやけてんの? 気持ち悪りいな……」
隣の席の真一が溜息交じりに瑞希に言った。顔に出ていたんだと、瑞希は赤くなりながら自分の頬を両手で押さえた。
「ちょっと、女の子に気持ち悪いってひどいんじゃない?」
瑞希の前の席の香織が後ろを向いて真一を睨み付けた。席が近いこともあり、最近は授業前などはこの三人でしゃべっている事が多かった。いや、瑞希がどちらかと話をしていると、絶妙なタイミングでもう片方がツッコミを入れてくるといった方が正しいのかもしれない。
「女の子にはもっと優しくしないとダメでしょ?」
「あ? うっせーよ!」
「ちょっと、そういう言い方って無いんじゃない?」
「ぷっ!」
何処かで聞いた事があるようなやり取りに、瑞希は思わず噴出してしまった。
「何? 瑞希ちゃん、急にどうしたの?」
「いや、二人とも仲良いなって思って。……くくく」
『仲良くないから!』
「あははははは!」
何処かで聞いたような香織と真一のハモリに、瑞希の笑いの堤防は決壊した。お腹を抱えて笑っている瑞希を驚いたようにクラスメイトが見ているが、当の瑞希は全く気にしていない。
「変な瑞希ちゃん……」
「やっぱこいつ気持ち悪りいな……」
理由がよく分からない香織と真一はポツリと呟くと、怪訝そうに瑞希を見つめていた。
瑞希がひとしきり笑い終わると、朝のショートホームルームを告げるチャイムが鳴った。すると、チャイムが鳴り終わらないうちに担任の上月が教室に入ってきた。上月は元特待生との事らしく、二年生、三年生の特待生の担任も元特待生との事だった。もしかしたら、瑞希が知らないだけで、この学校の教員の中には元特待生が多くいるのかもしれない。
「朝のホームルームを始めます――」
上月は淡々と連絡事項を伝えていく。いつもと同じ日常風景だ。この後、授業の準備をするよういと言い残し、教室を後にするはずだ。しかし、今日は連絡事項が一通り終わると、上月はいつものセリフの代わりに溜息を吐いた。
「皆さんに悲しいお知らせがあります。昨日の夜、三年生の生徒が電車の事故で亡くなりました。今朝の新聞にも小さくですが載っていましたので、知っている生徒もいると思いますが――」
上月は淡々と詳細を伝え、この後全校集会があるので体育館に移動する事と指示を出し、教室を後にした。
瑞希が横目で隣の真一を見ると、真一は机の下でスマートフォンを弄っていた。そして、瑞希の視線に気が付くと、さりげない仕草で小さく折り畳まれたメモを投げ渡した。そのメモを誰にも見られないように膝のところでそっと開くと「今日の放課後、理事長室に集合」と書かれていた。瑞希は再度真一に視線を移すが、真一はすでに廊下に出た後だった。
「瑞希ちゃん、どうしたの? 怒られちゃうから早く体育館に移動しよ?」
「あ、ごめん、ごめん」
瑞希は香織に謝ると、体育館に移動する為に慌てて廊下に出た。
放課後、瑞希が帰る準備をしていると、香織が瑞希の方へ上体を向けた。
「瑞希ちゃん、この沿線で死んだ人って、一体何人になったんだろうね? 呪われてるのかな? 怖いよね」
香織は話題が話題だけに、内緒話のように小声で言った。
「うん。怖いよね」
瑞希も小声でそれに同意する。先月は合計で七件の人身事故があり、今月は昨日の事故で五件目だった。しかも、例外が数件あったが、事故が起こるのがこの晴嵐学園の最寄り駅を中心とした五駅程の区間に集中していた。
「おい。俺先行ってるぞ」
さっさと荷物をまとめ終えた真一が瑞希に声をかけ、瑞希が小さく頷いた事を確認すると教室を出て行った。
「ホント、あいつは愛想無いね。まあ、初めて会った時よりは大分マシになってるけど」
「真田君、人見知りなんだって。三井先輩が言ってた」
瑞希はクスクスと笑った。
「へ~、そうなんだ。そういえばさ、あいつって授業いつも寝てるくせに、指名された問題はすらすら解くよね?」
「うーん……。そういえば、そうだね」
瑞希が知る限り、授業中の真一はいつも寝ていた。休み時間すら寝ている事も多々ある。きちんと覚醒しているのは体育の授業だけだろう。それなのに、香織が言うように指名された問題はすらすら解いていくのだから、瑞希には羨ましい限りだった。
「寝てても分かるって事は勉強得意なんだろうな~。体育も活躍してるみたいだし、嫌味な奴だよね~」
香織は溜息を吐いた。あまり勉強が得意では無い事に余程コンプレックスを持っているのだろう。そのことを察した瑞希は曖昧に笑うしかなかった。
「そういえば、瑞希ちゃんも指名された問題ちゃんと解いてるよね。特に英語と国語」
「そうかな……?」
「そうだよ! 体育も出来るし羨ましい~」
香織は恨めしそうな目で瑞希を見ていた。
「うちの学校の特待生は、勉強も運動も出来ないとなれないのかな~?」
はあ、と香織は盛大な溜息を吐いてみせた。
「あれ? でも伊勢先輩は勉強全く出来ないって委員会の先輩に聞いた事あるな……。それに眞鍋先輩は極度の運動音痴って……。う~ん……」
香織は首を捻った。
「でも、白糸先輩は勉強も運動も出来るし……。三井先輩は――」
「三井先輩は?」
「その……不思議ちゃんだって……」
「あはははははは!」
思わぬ答えに瑞希は大笑いした。驚いたように数名のクラスメイトが瑞希を振り返っている。
「掴み所が無いって意味だと思うんだけどね」
「でも、不思議ちゃんって! 確かに不思議な先輩だけど。ぷくくく……!」
「なんか、勉強も運動も飄々と人並み以上にやってのけるタイプらしいよ。普段はおちゃらけてるけど、本気を出したら凄い的な……?」
「でも不思議ちゃん……!」
「ま、まあ、あの雰囲気には合ってるんじゃない……? ねえ、特待生って何か基準みたいなのがあるの? ほら、勉強が出来るとか、一芸に秀でるとか! でも、部活は入って無いから一芸は無いか……。やっぱり勉強?」
「え……? えっと……ね、その……。そ、そんな感じかな。あはははは」
「ふ~ん……。あれ? そういえば、今日は白糸先輩と三井先輩のお迎えは無いの?」
今日は理事長室に行くから教室には来ないだろうなと、瑞希は無言で頷いた。
「白糸先輩ってカッコいいよね。影のある感じがたまらない! 瑞希ちゃんのお蔭で目の保養が出来て嬉しいんだ。他の女子も白糸先輩とか三井先輩で目の保養してるんだって! 瑞希ちゃんは学校終わってからも一緒でしょ? なんか、特待生って他の生徒とは違う絆みたいなのがあるっていうし、羨ましいな」
「特待生は全員同じ寮だし! あ! ごめん、香織ちゃん。今日急いでて……。また明日!」
瑞希はそう言うと、荷物を抱えて慌てて教室の出口へ向かった。途中、他の生徒の椅子にぶつかって転びそうになる。そんな瑞希を見て、香織は呆れたように笑っていた。




