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4月×日

 市田による訓練が始まってから二週間が経とうとしていた。瑞希の服装はジャージではなく、源三との稽古で使用していた胴着に変わっている。使わないだろうと思って源三の家に置いてきてしまっていたが、武道場にジャージも似つかわしくなく、市田も胴着を着ていた為、初訓練の次の日に早苗に頼んで送ってもらったのだった。


 訓練は順調に進み、瑞希は手や木刀に霊力を込めるだけなら問題なく出来るようになっていた。この日も瑞希は市田が来る前に道場へ行き、木刀に霊力を込めていた。初めて出来た日には手を叩いて喜んだが、今となっては何故そこまで喜んだのかと不思議に思うほど簡単に出来てしまう。今は強弱の練習中だ。強めに霊力を込めると光が強くなり、弱めにすると光が弱くなる。


「やあ、今日も絶好調だね」


 瑞希が道場の入り口に目を向けると、市田が微笑んでいた。今日はいつもは持っていない紙袋を携えている。


「今日も宜しくお願いします」


 瑞希は手に持っていた木刀を床に置くと、市田に深々と頭を下げた。


「今日も待たせてしまったかな?」


 市田はそう言うと決まり悪そうに笑った。初日こそ市田を待たせてしまった瑞希だったが、出来る限り早めに道場へ行き、逆に市田を待つようになっていた。


「いえ。さっき来たところなので。ところで市田さん」


「ん? どうした?」


「あの……霊力の色って、やっぱり変える事は出来ないのでしょうか……?」


 瑞希は霊力を扱えるようになってから常々疑問に思っていた事を聞いてみた。


「ふむ……。今まで私が訓練した特待生で色が変わった者はいないな。能力者仲間でも霊力の色が変わったという話も聞いた事はないな。それがどうしたんだい?」


「いえ、何でもないです……」


 瑞希は市田の答えにがっくりと肩を落とした。そんな瑞希を市田は不思議そうな目で見たが、気を取り直したかのように表情を引き締めた。


「じゃあ、今日も訓練を始めようか。いつも通り、木刀に霊力を込めてみて」


 瑞希は市田に言われた通り、床に置いた木刀を拾って中段に構え、霊力を込めた。すると瞬く間に木刀は薄らと光り始めた。そう、ピンク色に。正確には紅色なのかもしれない。しかし、薄らと光っている木刀は濃いピンク色の光を発しているようにしか見えない。真紅という程、色が濃くないのも原因だろう。玲や慧子はこの色を見ても特に何も言わないだろうが、蓮や裕太、真一にからかわれる事は目に見えていた。あまり強そうな色にも見えない事も瑞希は気にしていた。


 市田の答えを聞いてから心なしか元気の無い瑞希の様子を見守っていた市田は、ややあってぽんと手を叩いた。


「ああ! 霊力の色がピンクに見える事を気にしていたのか! あまり強そうに見えないから!」


「はい…………」


 瑞希は消え入りそうな声で返事をした。目尻に薄ら光るものが溜まっている。


 瑞希は訓練で毎日のように市田と顔を合わせ、市田の事が少し分かってきていた。一つ目に分かった事は、物腰穏やかで優しい。これは第一印象通りだ。そして二つ目が、人の気にしている事でもズバッと言ってしまう、いわゆる直球な性格。市田には全く悪気は無いのだが、これには時々瑞希も傷つく事があった。


「気にする必要は無い。前にも言ったが霊力は人それぞれ違うんだ。個性だよ。七色に光っていたら流石の私も派手で驚いただろうが、何とも可愛らしい色じゃないか」


 市田はひとり満足そうに頷いている。


 瑞希が分かった市田の性格の三つ目が、少し天然というか、人とずれている事だった。ピンク色の霊力光を見て、本心から可愛らしいと言える男性は、瑞希の知っている中では市田くらいだろう。この色を纏った木刀で戦っている場面を想像すると滑稽というか、何とも締まらない。


「うむ。だいぶ意識しないで霊力を込められるようになったかな。持続時間も強弱調整も問題無いし、明日から第二段階に入ろうか?」


「第二段階、ですか?」


「ああ。剣術稽古だ。君の得意な、ね。明日から実戦的な戦い方を教える。それが第二段階」


「あの、やっぱり木刀で【影】を駆除するのでしょうか?」


 瑞希は手にしている木刀を見つめた。これを持ち歩いたら、流石に目立つのではないかと心配になる。


「木刀は流石に目立つからね。【影】の駆除にはこれを使っている者が多い」


 市田は紙袋から黒い棒を取り出すと瑞希に差し出した。瑞希は木刀を床に置くとそれを受け取り、まじまじと観察した。黒い金属製の棒で、グリップの太さは木刀と同じくらいなのだろう、とても握りやすかった。グリップ部分にボタンらしきもがある。


「伸縮式警棒だ。扱いやすさと持ち運びやすさを考えて、昔から特待生には支給している。人に向けての使用は基本的に禁じている。グリップのボタンを押すと伸びる。下に向けてボタンを押しながら軽く振ってみなさい」


「はい」


 瑞希は市田に指示された通り、警棒を下に向けてボタンを押しながら振ってみた。すると、掌より少し長いくらいしかなかった警棒が三倍程に伸びた。


「特注品で銀が少し入っている。木刀に比べて霊力が込めやすくなっている筈だ。まあ、木刀や他の道具が使いやすいという場合にはこれを無理に使う必要は無いが」


「あ、いえ! ありがとうございます」


 瑞希が慌てて市田に頭を下げると、市田は優しく微笑んだ。


「どういたしまして。あと、これも支給する事になっているんだが――」


 市田は紙袋を漁り、銃と小さな箱を取り出した。


「いわゆる銀玉鉄砲を少し改造したものだ。弾と撃鉄――ここだね。この二つに霊力を同時に込めて引き金を引くと、霊力の反発する作用――磁力みたいなものだね、それで弾が発射される。取り扱いには注意するんだよ」


 瑞希が銃を手に取ると、ずしりと重かった。


「射撃の訓練も一応するが、あまり大っぴらに持ち歩ける物では無いし、これを使っているのは、現在の特待生では裕太だけだ。裕太は慧子君の分も譲り受けて二丁使っているんだったかな……? 蓮、玲、真一なんかは部屋に置きっぱなしで持ち歩いてもいないらしい。まあ、裕太は戦うという事に関しては全くセンスが無かったからな。優しすぎるのかもしれない。蓮や玲、真一はその逆だし。不思議なものだ」


「あれ? そういえば、真田君って同じ一年生なのにもう訓練終わっているんですね」


「ん? ああ、真一とは知人の紹介で、彼が小学校高学年だったかの頃に初めて会ったんだ。その頃には霊力は私の知人が教えていて、ある程度コントロール出来ていた。去年の初めに我が校の特待生になるようにと私が誘って、皆が受験勉勉強をしている頃に武術と射撃の訓練をしていたんだ。二人同時に訓練をした方が、時間効率が良いという事は分かっているんだが、デメリットもあるからね」


 市田は色々思い出す事があったのか苦笑している。


「まあ、そんなことはいい。銃の弾丸はこの箱の中に入っている。足りなくなったらマロンに言いなさい」


 市田はそう言うと、銃と一緒に紙袋から取り出した箱を開けた。瑞希が箱の中を覗くと、そこには銀色の玉がぎっしりと詰まっていた。


「特注で作った玉で、銀が入っている。何度も言うようだが、銃の取り扱いにだけは注意してくれ」


 市田に再度念押しで注意され、瑞希は慌てて手に持ったままだった銃を床に置いた。


「射撃訓練は私がしても良いのだが、今回は裕太に頼む事にした。あいつの修練も兼ねてね。明日から朝六時にこの銃を持って射撃場に行きなさい。訓練用のペイント弾は射撃場にある」


「分かりました」


 瑞希が頷きながら返事をすると、市田は満足そうに笑った。


「では、今日の訓練はここまでにしようか」


「はい。ありがとうございました」


 瑞希はいつも通り深々と市田に頭を下げると、道場を出て行く市田を見送った。




瑞希日記


4月×日


 お父さん、お母さん、今日は市田さんに警棒と銃をもらいました。訓練の合格証みたいなものでしょうか。明日から第二段階に入るそうです。実戦的な戦い方を教えると言っていましたので、きっとおじいちゃんとの稽古のような訓練になるのだと思います。また、射撃に関しては伊勢先輩が教えてくれるとの事でした。六時に射撃場という事は、一時間くらい射撃訓練をするのでしょうね。上手く出来るかドキドキします。お父さんとお母さんは射撃は得意だったのでしょうか? 部屋に戻ってきてから、市田さんに聞いてみればよかったと少し後悔しました。だって、得意にしろ不得意にしろ、お父さんとお母さんの新たな面を知ることが出来たのですから。慣れない物を持っていると、全神経がそちらに向いてしまうのかもしれませんね。また折を見て聞いてみようと思います。


 霊力の色に関しては、色が変わった人はいないそうです。とても残念です。市田さんは個性と言っていましたが、なぜピンク色なんて弱そうな色なんでしょう……。私の内面の弱さの表れなのでしょうか……? 市田さんは可愛らしいと言っていましたが、そんな女の子っぽい色より、市田さんのような青っぽい色の方が強そうに見えますので、私は青っぽい色の方が良かったです。そういえば、お父さんとお母さんの霊力の色も聞き忘れてしまいました。今日はいろいろ忘れてばかりですね……。

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