4月△日 2
寮の自室に戻った瑞希は鞄を置き、早速訓練に向かう為の準備を始めた。市田に動きやすい格好をと言われていた事を思い出した瑞希は、ウォークインクローゼットの棚に置いてある衣装ケースを漁り、お目当てのTシャツを取り出した。下はジャージで良いのかなと考えながらさらに衣装ケースを漁る。
ウォーキングやランニングなどの体を動かすことが好きな瑞希は、誕生日の度に早苗にジャージを買ってもらっていた。そんな瑞希に対し、従弟の誠が「女らしさが足りない」と指摘したのも良い思い出だ。そんなジャージの中から、黒地に白ラインが入ったジャージとピンク地に白ラインが入ったジャージを取り出した。二枚のジャージを見比べ、黒いジャージを衣装ケースに戻すと、Tシャツとピンクのジャージを手に、瑞希はウォークインクローゼットを出た。そして、制服からジャージへ着替えると、長い髪の毛をゴムでまとめ、慌てて自室を出た。
瑞希が地下道場の扉を開くと、市田が目を瞑り、正座をして待っていた。剣道などで使うような胴着を着ている市田の脇には木刀が置いてある。
「あの、お待たせしてしまって申し訳ありません」
瑞希が深々と頭を下げると、市田はゆっくりと目を開いて瑞希に顔を向けた。
「ついさっき来たところだから、気にする必要は無いよ。さ、訓練を始めるから、ここへ座りなさい」
市田は微笑みながら瑞希に指示した。瑞希は再度ぺこりと頭を下げ、指示された通り市田の正面に正座した。
「まずは能力を使う訓練からだ」
「能力……ですか?」
「そうだ」
市田は当然とばかりに頷いた。
「【影】を魑魅魍魎や幽霊みたいなものだと説明したね?」
市田の問いに瑞希は小さく頷いた。
「それを狩る力だから、霊力と呼ぶ事が多いんだが……。例えばこの木刀に霊力を込めると――」
市田が脇に置いてあった木刀を手に取ると、木刀が青白く光った。瑞希が見間違いかと目を擦ると、それを見ていた市田が苦笑した。
「ふふ。木刀が青白く光っているように見えるだろう?」
瑞希が赤くなりながら小さく頷くと、市田は言葉を続けた。
「人は誰でもこういった力を持っているという。しかし、能力者と非能力者ではその強さに大きな差がある。能力者によっても差が出るし、生まれ持った資質に大きく左右されるんだろう。使い方次第で色々な事が出来るが、私が教える使い方はあくまで基本だ。【影】に対して大きなダメージを与える事が出来、霊力を込めた物の耐久力が上がる。霊力の強さに左右され、君の母の夕実君が全力を出せばコンクリート製の壁を軽々壊すとか出来たね。私では到底真似出来ない芸当だよ」
瑞希が呆気にとられていると、市田は瑞希に木刀を差し出した。
「霊力がコントロール出来るようになると感覚が鋭くなる。【影】が見えるようになったり、【影】の声や気配が分かったり――。まずはコントロールの仕方から練習だ」
瑞希が木刀を受け取ると、市田はにっこりと笑った。
「そうそう。人によって霊力を込めた時に見える色は違うんだ。君は何色かな?」
瑞希には、自分にそんな力があるという事が未だに信じられなかったが、市田に倣い木刀を握った。
「精神統一はした事はあるよね?」
市田に問われ、瑞希は小さく頷いた。源三との稽古の前には必ず精神統一をしていた。
「初めてではなかなか難しいだろうが、外に出ている力を木刀に集中させるイメージをつくるんだ」
瑞希は言われた通り、外に出ている力とそれを木刀に集中させるイメージをつくった。しかし、どうやっても市田のように木刀が光る事は無かった。
暫く意識を集中していると、瑞希の身体に疲れが溜まり始め、全身にじんわりと汗が滲んできた。
「……今日はここまでにしようか」
市田が瑞希に声を掛けた。瑞希の意識が全く木刀に集中出来なくなった事が、瑞希の様子を見ていて分かったようだった。瑞希が何の気なしに時計を見ると、訓練を始めてから二時間程経過していた。
「……っ!」
「どうした?」
瑞希の体感時間では三十分程しか経っていない。瑞希の驚く顔を見て、市田が訝しげに瑞希の顔を覗き込んだ。
「あ、いえ。もう、二時間も経っていたんだなって……。それなのに……」
瑞希がしゅんとして下を向くと、市田の笑い声が聞こえた。
「ははは。初日から出来るようになるとは思っていないよ。訓練をしていない能力者は霊力がダダ漏れの状態だ。それをコントロールして一箇所に集中させる事はそんなに簡単じゃないからね」
市田は瑞希の頭を軽くポンポンと叩くと微笑み、道場を後にした。
「あ、ありがとうございました!」
瑞希は慌てて市田に礼をし、その背中を見送った。そして、木刀を握り直すと、素振り練習を開始した。




