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プロローグ1

 最寄りの駅が見えてくると、蘓芳瑞希は深い溜め息を吐いた。朝のラッシュの時間帯で駅が混んでいるのは分かる。仕方がない事だ。皆、同じような時間帯に、通学や出勤の為に電車を使うのだから。しかし、駅の外にまで人が溢れ返っているのは尋常ではない。


 木枯らしが吹き始める頃に訪れる、年に一度の創立記念日に、まさか駅がこんな事になるとは予想だにしていなかった。こんな事なら新作の映画は諦めて大人しく家に帰ろうかと、瑞希は足を止め、ごった返す駅を遠目で見ながら逡巡した。しかし、多くの客で賑わう日曜日の映画館が苦手な瑞希は、意を決して駅へと向かって再び歩き始めた。


 駅に入ると、瑞希は溢れ返る人を掻き分けながら進んでいった。瑞希が目をやった電光掲示板には『人身事故の為、電車が遅れています』と表示されている。


 元々、自分が住んでいる地域を走るこの路線が、人身事故が多くて有名な事は瑞希も承知していた。しかし、せっかく出掛けようと思ったその日にも人身事故が起こるとは、流石に想像していなかった。


 瑞希は人を掻き分け、やっとの思いでホームまでたどり着いた。ホームにも沢山の人がいる。皆、一様に時間を気にし、腕時計やスマートフォン等を確認していた。


「はぁ。早く電車来ないかな……」


 瑞希はポツリと呟くと、叔母である橘早苗に中学の入学祝として買ってもらった腕時計を見た。決して高いものではなかったが、洒落た文字盤のデザインが気に入り、休日は必ず身に付けている。


 瑞希はふと電光掲示板に目を遣った。普段は電車の到着時刻を告げている文字は消え、飽きもせず『人身事故の為、電車が遅れています』というロールが繰り返し流れている。瑞希はそのロールを意味もなくただボーっと眺めていた。


 すると突然、何者かが瑞希の腕を掴んだ。瑞希がハッとして振り替えると、少し長めの金髪で耳にピアスを沢山付けた、一見不良にしか見えない男子高校生と、黒髪のボブカットで眼鏡をかけた優等生風の女子高校生がすぐ後ろに立っていた。そして、男子高校生の方が瑞希の腕をガッチリと掴んでいたのだった。


「自殺でもするつもり? 正直、これ以上電車が遅れると迷惑なんだけど」


「え……?」


 男子高校生に言われ、瑞希は自分の状況を確認して愕然とした。いつの間にかホームの淵、しかもギリギリの所に立っていたのだ。


 少し離れた所から電車の警笛が聞こえ、瑞希は男子高校生に腕を引っ張られるまま、黄色い線の内側に戻った。直後、電車がホームに停車し、静かに扉が開いた。途端、多くの乗客がドッと電車から降りてくる。人波に流されないよう、瑞希は扉の横に避けるも、先程まで瑞希の腕を掴んでいた男子高校生は人波に流された様子で姿が見えなくなっていた。


「はぁ……」


 この大混雑する電車に乗るのかと、瑞希の口からは自然と溜め息が漏れた。


 下車する客が一段落し、瑞希は一生懸命電車の中に入ろうとした。しかし、乗車率が跳ね上がっている電車になかなか乗ることが出来ない。電車が発車する直前、瑞希は何とか自分の身体を混雑する電車にねじ込ませることに成功し、ギリギリ映画の開演時間に間に合いそうだと安堵した。


 電車の中は想像を絶する状態となっていた。電車が揺れる度に身体が押し潰されそうになり、足は宙に浮く一歩手前を爪先立ちで何とか回避している。女性にしては比較的背の高い部類に入る瑞希ですらこうなのだから、他の女性はさぞ大変な思いをしているのだろうと、瑞希は隣にいるOL風の女性や斜め前で押し潰されそうになっている小柄な女子高校生に同情した。


 目的地まであと四駅。出来ることなら次の駅で降りてしまいたかったが、途中でギブアップする訳にはいかない。ギブアップしてしまえば、映画の開演時間に間に合わなくなってしまうからだ。


「あ、お礼……」


 瑞希は先程自分がホームの淵に立っていた事をふと思い出した。電車の扉が開いた直後、人波に流されてしまった男子高校生にお礼を言えていない。しかも、電車に乗る事に必死すぎて、今の今までお礼を言っていない事を失念していたのだった。


 瑞希は男子高校生と、その連れらしい女子高校生の着ていた制服を思い出した。紺のブレザーに独特のブルーグレーのチェックのズボンとスカート。男女共通の鮮やかなブルーのタイ。この辺りでは有名な、良家の子息子女が通う私立高校であり、瑞希の両親の出身校でもある青嵐学園高等学校の制服だった。


 青嵐学園は学力レベルが高く、部活動も盛んで、いくつかの部活が全国大会に出場している--いわば文武両道の学校だった。しかも、系列の大学にはエスカレーター式で進学が出来るときている。瑞希が以前見た洒落たデザインのホームページには、公立高校と比べ物にならないほど豪華な設備の写真がいくつも載っていた。プロのカメラマンが写真を撮っている事を考慮しても、瑞希が願書を提出している公立高校より数倍豪華な設備だ。


「はぁ……」


 また溜め息が出てしまう。本来なら高校受験を控え、創立記念日でも目の色を変えて受験勉強をしなければならない時期だ。しかし、瑞希はこのところ気分が優れず、気が滅入る事が多かった。その為、創立記念日の今日は気分転換を兼ねて新作の映画を観ようと出掛けたのだった。そうすれば明日からまた頑張れそうな気がしたから。これが受験ノイローゼというものだろうかと、瑞希はまた溜め息を吐いた。





 ホームには未だ電車を待つ客が多くいるが、電車が動き始めた事により混雑は幾分緩和し始めている。そのホームに男女二人組の高校生が佇んでいた。


「さっきの子、だいぶ影響されてた。多分、裕太が腕掴まなかったら……」


 優等生風の女子高校生--眞鍋慧子は、隣にいる不良風の男子高校生--伊勢裕太に話し掛けた。


「ああ、そうだな。やっぱ俺達は関係ありませんって訳には……」


「いかないでしょうね」


「だよなぁ。しゃあない。連絡だけしとくか……」


 裕太はスマートフォンを取り出しながら後ろ頭をポリポリと掻いた。


「にしても、お前の勘? 予知? ホントよく当たるなぁ」


「そう。ありがとう」


 スマートフォンを操作しながら呆れたように言った裕太に、慧子はニコリともせず、棒読みで礼を言った。そして心配そうな表情で電車が去った方向を見つめた。

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