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前編 〜曇天の挨拶〜

 初めまして、皆さん。今回が私の初投稿作品となります。

 まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします。

 また、描写に過激なものがあるため、気分が悪くなりましたら申し訳ないです。

 それでは、皆さんが楽しんでいただけることを願いつつ……よろしくお願いします!

 〜プロローグ〜


 自分で言うのもなんだけど、私は世界で一番の盗賊だ。

 どんなものでも華麗に大胆に、そして完璧に盗んであげる。

 繊細に試行錯誤する計画を立てて、世界が驚くミステリアスな演出を欠かさない。

 私は計画を練るたびに、まだ見ぬ宝物に恋をする。

 そのワクワクドキドキと言ったら、もう寝ても立ってもいられない。

 だから、今日も鮮やかに盗んであげる。


 ーーはずだったのに。


 事前に築き上げた計画は見事に木っ端微塵。

 ぐうの音も出ないほど、私はあっさりと敗北した。

 完膚なきまでに叩きのめされて。

 立ち上がることもできない四面楚歌。

 間違いなく絶体絶命。

 なのに、私は逃げることも忘れて、ソレを見上げている。


 ――それは、星降る夜の静かな運命。

 赤い瞳をした、孤高の魔人との、初めての出逢いだった。


 〜プロローグ 終〜

クリスティーヌ・ルパン。


 それが、全世界に国際指名手配されている私の名前。

 これでも一応、か弱い女の子。

 職業は盗賊。

 もちろん逃げも隠れもするけど、人殺しは滅多にしない。だから安心してね。どこかで会っても記憶と心だけ盗んであげるから。


「――って言う割には、ロクな男に会わないんだけどね〜」


 狭い路地の中、前後を取り囲む男たちを前に、私は小さく溜め息をつく。

みんなが力自慢なのか、服の下からでも鍛えられた筋肉が見て取れた。


「ねぇ、お嬢さん。俺たちと一緒にデートしない?」

「こんなにも美しい女性を一人きりにさせたら、英国紳士として恥ずかしいからね」

「そうそう、君の魅力は太陽にも勝るほどだよ」

「曇り空には、部屋でハイティーとしようじゃないか」


 体格の良い、黙っていればそれなりにイイ男たちなのに、女の口説き方というものがまるでわかってない。

 ーーそう。黙っていれば、それなりにカッコイイのに。


「うん? こんなイイ男に囲まれて緊張してるのかい?」


 背後にいた男が、逃げられないように私の肩を抱く。

 ーー黙っていれば……。


「レディは緊張しているみたいだ。なら、私がエスコートしますよ」


 身体を舐め回すような視線を隠すことなく、もう一人の男が近付いてくる。

 ーー黙って……。


「ああ、もう! おとなしくこっちに来い!」

 しびれを切らした前方の男が、強引に腕を掴む。

 ーー黙……。


「どうせお前は逃げられないんだ。ただ黙っておとなしく俺たちに付いてくればいいんだよ!」


 もう待ち切れないのか、前方にいるもう一人の男はいやらしい笑みを浮かべている。

 ーーそこまで言うなら、黙らせてあげようじゃないの。


「いいわ、あなたたちに付き合ってあげる」


 私が観念したと勘違いしたバカたちは、一斉に喜びの声を上げた。

 けど残念。


「さあ、それじゃあ一緒に楽しみましょう――」


 まあ、私の男運のなさは今に始まったことじゃない。面倒だけど、身の程というものを教えてあげないとね。

 過去にこいつらに泣かされた、名前も知らない女の子たちのためにも。


 クスリ、と小さな微笑みを最後に。


「ーー狂おしい死の遊戯デス・ゲームを」


 薔薇の如き真紅を身に纏う、破滅の嵐が現れた。 それは、破壊だけを撒き散らす暴力の化身。

 狭い路地の壁を乱反射するように縦横無尽に飛び回る、美しい神速の悪魔。

 哀れにも犠牲となった男たちは悲鳴を上げる暇さえ与えられず。

 およそ人が死を免れるギリギリの人体破壊を無抵抗に味わうしかなかった。

 その宴はわずかに数秒。

 しかし、蠢く重傷の男たちにとっては、薔薇のように美しい女性が再び現れるまでの長い悪夢であった。

 目にも写らぬ攻撃になす術もなく、女性を食い物にした彼らの所業は予定外の悪魔の前に沈黙したのである。


「ふぅ、スッキリした」


 いや〜、やっぱり身体を動かすのって気持ちイイよね。うん。

 改めて見ると、男たちの傷は深刻だった。きっと、初日の出は病院で見るね。少しばかりヤりすぎたかな、こりゃ?

 まあ、でも――。


「女の子を食い物にした罰だっつーの。ちゃんと反省しなさいよ」


 たぶん聞こえちゃいないだろーけど。こういう奴等はキチンと言っておかないと、つけあがるものだし。


「――ったく。こいつらのせいで無駄な時間を過ごしたわ」


 テンションは一気にブルー。こういう時は、やっぱり今が旬の“彼”に会いに行くのが一番。今の私は、もう“彼”に釘付けなのだ。


「う〜……すっごくドキドキする〜」


 心臓が今にも胸から突き出そうなくらいに高鳴る鼓動。

 ただ“彼”のことを想うだけでソワソワしてくる。

 もう完全に一目惚れ。恋する乙女は“彼”に会うだけでも一苦労なのです。


「ちゃんとオシャレなドレスも用意したし。門限までに早く行かないと、会えなくなっちゃう」


 はやる気持ちを抑えながらも、足取りは自然と早くなる。

 門限の厳しい“彼”に遅れないように、私は待ち合わせ場所へと向かったのだった。「――もう、完っ璧」


 待ち焦がれた恋人との初対面。私は“彼”が放つその魅力に、うっとりと見惚れていた。


 情熱的とも神秘的とも言える鮮やかな輝きは紅。その体は白銀のダイヤモンドに次ぐ硬度を持ち、その美しさに世界中の歴史の中でロマンスを呼び覚ましている。


「今、私もロマンスを体験してるのね……」


 だけど何よりも目を引くのは、絹糸状の結晶構造だろう。カボッション・カット(上半分をドーム状にカットする技法)により、六条の光線が中央で交差して、見る者を惹きつける星を形成する。


ゆえにその名を“プリンセス・ルビー・オブ・ザ・スター”


 英国王室全面協力によって展示された、一日一時間限定の大イベント。

 500カラットを超える大きさに値段などつけようもないが、噂を聞きつけた貴族たちだけの祝福された三日間である。


「いや〜。これはもう私のモノとなるべくして生まれたのよ!」


 ――そう。このルビーが、今回の私の恋人ターゲット。赤を好む私にとっては絶対に手放せない、至高の誕生石なのだ。

 だけど、こんなにも魅力な“彼”なので、恋敵はやっぱり多かったりする。だったら、盗られる前に盗ってやれ、ってなわけですぜ旦那。


「しっかし、これはまた厳重に警戒したもんねぇ……女王の護衛と同レベルじゃない」


 18世紀初頭の初代グレートブリテン女王“アン”――彼女は子宝に恵まれず、それゆえに宝石の持つ魔力に神秘を願うようになる。このルビーもまた彼女の子宝を願う形で捧げられ、人々の幸せを祝う意味を込めて今回の展示に踏み切ったという。

 でもまあ、ぶっちゃけそんなこと知ったこっちゃないけどね。


「女王には悪いけど、この宝石は――」

「――この宝石がいかがなされましたか、お美しいお嬢さま」


 滑らかに耳に響く若い男性の声。悟られることなく近付いた謎の気配に、私は素早く振り向いた。


「ああ、これは申し訳ありません。驚かせるつもりはなかったのですが、あなたがそちらの宝石を熱心にご覧になっておりましたので、その横顔に声をかけずにはいられませんでした」

「あ、いえ……こちらこそ、すみません」


 背後にいたのは、淡い金の髪が印象的な青年だった。

 まさしく貴族的と呼ぶに相応しい、端正な顔立ちである。切れ長の目も、高く細い鼻筋も、余分な肉がほとんど付いていない。けれど、引き締まった肉体は鍛え抜かれた熟練の兵士を思わせた。

 ひとたび微笑んで見せたなら、女性の誰もがその記憶に永遠に刻み込むだろう。あるいは、その魅力の虜となって仕事が手につかぬこともありうるのではないか。それほどまでに、目の前に現れた青年の容貌は美しかった。「――ヴィルヘルム・エーゼルヴァイン……」


 スペイン継承戦争の際、女王アンの勅命により、イングランド軍総司令官マールバラ伯爵の配下として参戦。ネーデルランド戦線やブレンハイムの戦いでの大戦果、そしてジブラルタルの陥落など、多大な功績を英国にもたらした大英雄。

 もはやその名は知らぬ者がいないほどで、老若男女を問わず多くの国民が彼を信奉し、エーゼルヴァイン家の地位を確固たるものにした人物である。

 ヴィルヘルムは微笑みを讃えたまま、丁寧に略礼した。


「これはこれは……私ごとき者の名をご存じでいらっしゃられたとは、大変光栄に存じます」

「あら、今の英国にあなたの名前を知らない人なんているのかしら? 英雄さん」

「これはまた手厳しい。名が売れるというのも、恥ずかしいものですね」


 人懐っこい照れ隠し。だけど、私はこれっぽっちも彼を信用していない。

 英雄ヴィルヘルムがいるということは、この博物館の警備責任者は当然、彼だろう。

 英雄が相手なら、私もテンションがハイになるというもの。だけど、今しばらくは彼を観察しなくちゃ。


「私のことはヴィルとお呼びください」

「あら、ごめんなさい。私はまだ名乗ってなかったわね。私は――」

「――いえ、お名前をいただくのはこれ以上ない贅沢というものでしょう」

「それはまた、どうしてかしら?」

「ここで会えたのも奇跡なのです。これ以上お引き止めしては、あなたのファンに恨まれるでしょうから」


 この言葉をぜひとも、あのバカ男たちに聞かせてやりたい。


「もしよろしければ、御迎えの車を御用意いたしますが――」

「せっかくの申し出は嬉しいのですけど、私は忙しい身でして……」

「そうですか。ぜひ、お話をお伺いしたいと思っていたのですが……」

「ヴィルさんこそ、警備でお忙しいのではありませんか?」「盗賊は深夜が多いものです。昨夜も、闇に紛れて侵入した賊を三名ほど」

「まあ、それは恐ろしい」

「ご安心ください。私がいる限り、皆さんの安全は保証いたします。ですが――」


 真摯に、強い意志の光を瞳にたたえて、ヴィルヘルムは告げる。


「――女王陛下を悩ませる賊は、その限りではありませんが、ね」


 私たちの瞳が交わされる。言葉以上に明確な意志を相手に伝えたそれはまさしく、プロがプロに対する名乗り合いだった。

 挨拶をしても握手はしない。利き腕を相手に預けないプロ同士だからこその宣戦布告。


 程よい緊張感が全身を駆け巡る。相手にとって不足はない、と私の本能が告げていた。

 ――のだが、沈黙の冷戦は意外な珍入者の登場によって幕を下ろす。


「ヴィルヘルムどのーー!!」

「――げっ!?」


 私は思わず下品な声を上げる。ヴィルヘルムと同時に振り返ると、そこにはやっぱりあのストーカー野郎が手を振りながら走ってきていた。


「探しましたぞ、ヴィルヘルムどの。早く警備に戻っていただかなくては、あの“トリックスター”めが何時に現れるかわかりませんぞ!」


 ちなみに“トリックスター”とは、私が予告状に記す、もう一つの名前である。


「ああ、それはすみません。名残惜しいですが、私はここで失礼致します」「いえ、お気になさらずに。また会える時を楽しみにしてますわ」


 ヴィルヘルムはわずかに口許に笑みを浮かべ、織田と一緒に立ち去っていった。


「――っていうか、なぁんでアイツまでいるわけ!?」


 織田忠勝おだただかつ――東洋の異国、日本で彼が担当していた国宝を私が盗んで以来、ず〜〜っと追いかけて来る変人。

 その名前の通り、私に勝つまで追いかけるつもりなのかあの男は。


「――でも、面白い」


 一週間前に出した予告状通り、今夜こそがパーティーの本番。

 計画はすでに万全。

 ここからが華麗に恋人を盗み抜く大胆なプロの真骨頂。

 腕がなる大舞台に文句なんてありえない。栄えある共演者に不満なんてありえない。


 ――宴の時は近い。

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