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フィーカスのショートショートストーリー

【勘違い三題噺】夕焼けクローバー

作者: フィーカス

 活動報告にて「だれか三題噺のお題を出してください」と募集を掛けたところ、進藤直道さんからお題をいただきました。キーワードは【日の入り】【春】【クローバー】ということで、なんとなく恋愛系かなぁ、ということで書いてみました。

 ……そして書き終わった後に壮大な勘違いをしていることに気が付く(汁

 もうあれから二年か。早いものだ。

 どこにでもあるような、川沿いの土手。その道路を、瀬戸雪華せとせつかはゆっくりと歩く。

 さらさらと流れる川の音、河川敷で遊ぶ子供達の声。快晴の空の下、照りつける太陽は徐々に力を失い、青い空は徐々に別の色に変わろうとしている。

 三月の日曜日の空は暖かく、けれどそれは時のよって氷のように肌を差す。わずかな風が、この季節にはまだ早い白いワンピースを揺らす。その風の冷たさに身震いを起こすが、直射日光に照らされた肌には、心地よいようにも思えた。

「あー、もう、お父さん!」

「ごめんごめん」

 男の子が、後ろに逃した白いボールを一生懸命追いかけている。そういえば、小さい頃に父親とキャッチボールなんてしたことなかったな。まあ、女の子だから仕方ないか。

 ゆっくりと土手の階段を下り、河川敷に向かう。ところどころ茶色い土が表に顔を出しているが、あたりは一面に敷かれたクローバー畑だ。

 その中を、小さな女の子が探し物をしている。どうやら、四つ葉のクローバーを探しているようだ。

 雪華がふと足元を見ると、偶然四つの葉をつけたクローバーがあった、それを一つ摘み取ると、

「はい」

 その女の子に手渡した。

「わあ、お姉ちゃんすごい! ありがとう!」

 雪華に手渡された四つ葉のクローバーを右手に、女の子は両親の元へと駆け出した。

「もう一つくらい、この辺にあるかな」

 先ほど四つ葉のクローバーを見つけたあたりを、再度探してみる。一つ一つ、葉っぱの枚数を確認しながら丁寧に探すと、もう一つ四つ葉のクローバーを見つけた。

「あ、あった」

 それを摘み取り、その隣にあった普通の三つ葉のクローバーも摘み取ると、階段を上って再び土手の道路に戻る。そして、階段の近くに、摘み取った二つのクローバーを供えた。

 座り込んで両手をあわせ、静かに目を閉じる。そして、二年前のことを思い出す。



「ちょっと待ってよ!」

 早足で前を歩く後川春之うしろかわはるゆきを、雪華は慣れないハイヒールに苦労しながら追いかけた。

「おいおい、走るとこけるぞ」

 三月ももう少しで終わるというのに、まだまだ川沿いの道は肌寒い。雪華は既に春物の白いワンピースを着ているが、春之はいまだに黒いコートにマフラーを巻いている。

 春の太陽は暖かく、道路を歩く二人を照らす。しかし、それに負けじと、冷たい風がそのぬくもりを奪っていく。さながら、"南風と太陽"の見えない対決といったところか。

「それにしても、もう卒業か。三年間は早いもんだな」

「三年って、私たちはもう十年以上の付き合いになるでしょ」

 雪華と春之は小学生からの幼馴染で、中学、高校と同じ学校に通っていた。この川の土手の道路は、二人の家から学校への通学路でもあった。

「そうだな。それにしても、随分とこの道も歩いたものだ。ほとんど毎日歩いていたのに、もうすぐ歩かなくなると思ったら、少し寂しいな」

 高校三年生である二人は、明日卒業式を迎える。春之は卒業式を終えた次の日には、県外の大学へ進学するために引っ越してしまう。

「ここを歩くのも、明日で終わりね」

「もう卒業式か……」

 と、後からチリンと自転車のベルの音がした。春之は「あぶないよ」とばかりに雪華を道路の端に誘導する。

「相変わらず、通学路にしては不便だよな。普通に車も走ってくるし、でかいトラックまで通るんだから」

「でも、事故がないのだから不思議よね」

 川の土手は、一方通行の道路だが、道幅はあまり広くない。大きなトラックが通れば、それだけで人が通るスペースが大幅に制限される。二人並ぶのは至難の業だろう。

 川の反対側は住宅街。しばらくすると、小さなお店が並んでいたりする。一つ橋をはさめば、その先は田んぼだらけ。一瞬殺風景に思えるが、さらに歩くと、桜並木が花びらを散らせている。休日は、ここで家族連れで花見をしている姿も見られるくらいだ。

 三年生も二月、三月に入ると、特に登校する回数も少なくなってくる。毎日登校しているのは、国立大学や上位の私立大学に進学する生徒位か。その生徒たちも、三月になると受験を終えてほとんど登校しなくなる。

 雪華と春之も既に受験を終え、春之のほうは進学が決まっている。

「にしても、結構変わったよな、この辺も。昔は雑草がぼうぼうで、河川敷なんて入れたものじゃなかったのに」

 五年ほど前まで、河川敷はほとんど整備されておらず、雑草だらけだった。徐々に整備が進み、今では子供達の遊び場となっている。小さなグラウンドも設置されており、老人がゲートボールを楽しむ姿も見られた。

「そうね。桜の木も、こんなになかったのにね」

「昔はあまり遊ぶところなかったもんな、昔やってたことと言ったら」

 春之は、河川敷に降りることができる階段を、すたすたと降りていった。

「え、ちょ、ちょっと!」

 あわてて雪華もついていく。途中、草刈り機の音がし、その方向を見ると、伸びた草を近所のおじさんが刈っている姿が見られた。

 雪華がようやく河川敷に立つと、春之はなにやらきょろきょろと探している。

「……どうしたの?」

「なかなか無いものだな」

 見渡す限りのたくさんの雑草。タンポポやアザミといったメジャーな植物から、よく名前の知らない植物までさまざまな草が生えている。その中でも、春之はクローバーの群生をじっと見つめていた。

「あ、あった」

 その中から1つを摘み取る。

「あぁ、四つ葉のクローバー探しね。よくやったわね」

「そうそう、探して摘んだはいいけど、そのままポケットにいれてぐちゃぐちゃにしてたよね」

 小学校低学年のころは、土手に生えていたクローバーの中から、よく四つ葉のクローバー探しをしていたものだ、他にも、田んぼのレンゲを摘んで王冠を作ったり。ただ、高学年になると他の友達と遊ぶようになり、ゲームを始めたりして、そのような遊びはしなくなっていった。

「まだ花は咲いていないみたいだな。まあ、もう少し暖かくなってからか」

「花? ああ、そういえばクローバーって……」

 クローバー、日本ではシロツメクサという。クローバーの葉から茎が伸びて、白い花が咲いている姿がよく見られる。

「良く知ってたな。じゃあ、何でシロツメクサって言うか知ってる?」

 手に持った四つ葉のクローバーをくるくると回しながら、春之は雪華に問いかけた。

「うーん、そうね、花が白くて、爪みたいな形をしているからじゃない?」

「ああ、なるほど、確かにそうだね」

 シロツメクサの花は、たしかに細い爪のような花びらが、何枚も重なった形をしている。

「でも残念、漢字では『白詰草』と書くらしいよ。で、外国からガラスの食器が送られたときに、これが敷き詰められていたから、そういう名前になったそうだよ」

「ふうん、相変わらず物知りね」

 春之は昔からいろんな雑学を知っており、ことあるごとに雪華にその雑学を披露していた。

「でも、あんまりそんな雑学ばっかりしゃべってたら、女の子にもてないんじゃない?」

「そうか? 一応、三人くらいに告白されたんだがな」

「え、そうなの?」

 新たな事実に驚く雪華。確かに春之はすらりとして背が高く、顔立ちも、どちらかといえばイケメンに分類されるだろう。

「まあ、全員断ったけどね」

「何で?」

「うーん、付き合うのが面倒だったからかな。全然知らない子だったし」

「ちょっとは恋愛に興味持ったらいいのに」

 長い髪をなびかせて後ろを向き、雪華は階段にゆっくり向かう。

「ははは、まあ、そのうちに、ね」

 あまり興味がなさそうな声で言うと、春之は雪華についていった。

 

 大型のトラックが通り過ぎたタイミングを見計らい、春之と雪華は家に向かって歩き出した。気が付くと、青空だった空は徐々に赤く染まってきていた。

「あら、もうこんな時間ね。もしシロツメクサの花が咲いていたら、アカツメクサになっちゃうのかしらね?」

 先ほどのクローバー畑を見ながら、雪華は冗談っぽく呟く。

「ん、アカツメクサっていうのもあるよ。クローバーっていうのは両方合わせた総称みたいなものだから」

「え、そうなの?」

 冗談で言ったつもりの雪華は、驚いた顔で春之の顔を見上げた。

「まあ、あんまりこの辺じゃ見ないのかな。花が咲くのも少し遅いしね」

 遠くの空で、太陽が沈んでいく。日の入りの時間もだんだんと遅くなっていく季節だが、それでも時間というものはどんどん過ぎていくものだ。

「さて、明日は卒業式だな。ハンカチ、忘れるなよ」

「な、何でよ!」

「だって、お前泣き虫じゃないか。中学の卒業式だって……」

「な、泣かないよ! 高校の卒業式なんて」

「そうか? じゃあ、これ」

 春之はポケットから何かを取り出すと、雪華に手渡した。それは先ほど摘んだ四つ葉のクローバー、ではなく、良く見ると三つ葉のクローバーだった。

「え、何よこれ。ここは四つ葉のクローバーでしょ? 普通」

 貰ったクローバーを、春之につき返そうとする雪華。

「おいおい、花を渡すってことは、言葉の変わりに花で気持ちを伝えるってことだろ?」

「はぁ……」

 女子がすべての花言葉を知っていると思うなよ、というような顔で、雪華は春之を見つめた。

「シロツメクサの花言葉は『約束』。だから、卒業式で泣かないって、約束な」

「ああ、なるほど、そういうことね」

 意味を聞いて、やっと納得した雪華は、クローバーを、そっとポケットにしまった。

「まあ、クローバー自体には『復讐』って意味もあるけどな」

 そういうと、春之は突然走り出した。

「ちょ、それ、一体どういうことよ!」

 あわてて春之を追いかける雪華。二人に吹きかける風が、夕焼け色に染まるクローバーの葉っぱをそっと揺らした。



 翌日、卒業式も無事終わり、春之と雪華はお互い両親と共に、学校の近くにあるレストランにお祝いの食事に行った。卒業生の中には、友達同士で食事に行ったり、カラオケに行ったりとそれぞれの卒業祝いを楽しんでいる人もいるようだ。

 両親との食事が終わると、「ちょっと用があるから」と、雪華は両親を残していつもの通学路に戻る。両親が乗ってきた車で帰ればよいのだが、今日はそういうわけには行かない。

 セーラー服姿のまま、雪華は川の土手の道路に座り込んだ。卒業を祝うかのような桜吹雪が雪華に降り注ぎ、その花びらが頭に載る。

「よう、待たせたな」

 頭に載った花びらを手に取り眺めようとすると、遠くから春之の声がした。

「ううん、今来たばかりだから」

 雪華はゆっくりと立ち上がり、春之のほうを向いて手を振る。

 さらさらと流れる川の音だけが、時の流れを伝える。昨日に引き続き三月の太陽は、ゆっくりと、二人を暖かく照らす。

 卒業式が終わり、最後の下校、最後の通学路。春之と雪華は、それを感じながらゆっくりと家路へ向かう。

「とうとう終わったな、卒業式。お前、泣かなかったか?」

「ふん、泣いてなんかありませんよーだ」

 と、雪華は胸ポケットから、昨日春之に渡された三つ葉のクローバーを取り出し、春之に見せ付けた。

「ああ、ちゃんと『約束』、守ったんだな」

 よしよし、と右手で雪華の頭をなでる春之。雪華は「もう」と、少し怒りっぽく呟くが、特に拒絶する様子は無い。

 道の先では、近所の人だろうか、五十代ほどの女性が空き缶やペットボトルといったゴミを拾っていた。せっかく整備された河川敷なのに、ゴミを捨てる人もいるんだな、と少し残念な気持ちになる。

 ゆっくりと歩く道の時間は、まるで永遠のような、だけれどもいつ終わるかわからない一瞬のような感覚。長い沈黙が、その感覚を一層引き立てる。気が付けば橋を一つ超え、住宅街が見えてきた。

「ちょっと、座って話そうか」

 春之が立ち止まると、道路の端に座り込んだ。ついで、雪華も隣に座る。

 平日の河川敷は、相変わらず寂しい。後ではチリンと自転車のベルが音がし、何台か通り過ぎていく。自転車通学の生徒も、この通学路を通ることが少なくない。

「春はこれ過ぎてゆき、咲き乱れる雪の華」

 突然、春之が川のほうを向いてしゃべりだした。

「え、何?」

 雪華はおどろいて春之のほうを向く。

「いや、なんとなく思いついた文章さ。ほら、昨日シロツメクサの話をしたじゃない。それを思い出してね。春は少しずつ過ぎていって、徐々にシロツメクサの花が、まるで雪の花のように咲いていくっていう感じでね」

「ふうん、あ、でもこれって私たちのこと?」

 どうやら「春は之」で春之、「雪の華」で雪華ということを掛けているのだろう。

「まあ、そうだね。でも、もう一緒に見られることはないかな」

 そういいながら空を見上げる春之。

「いいじゃん、休みに戻ってくれば。そしたら、きっと一緒に見られるよ」

「そうだな。もう二度と会えないってわけじゃないし」

 春之は、雪華の方を笑顔で見つめた。が、どことなく寂しそうな顔にも見える。

 いつまでも変わらない空。ゆっくりと流れていく雲。時々、車が通り過ぎる音がするが、二人ともそれを気にする様子は無い。

「そうだ、雪華に渡したいものがあるんだ」

 そういうと、春之はかばんから何かを取り出し、雪華に渡した。

「これは?」

 手渡されたのは、押し花にしてしおりになった、四つ葉のクローバーだった。

「昨日摘んだやつだよ。欲しがってたじゃないか」

「え、まあ、そうだけどさ」

 きれいに葉っぱの一枚一枚が整えられ、ラミネート加工までしてある。

「ちょっと凝りすぎじゃない?」

「まあ、気にするな。そういうのは好きなんだから」

 さすがに裏面は何もなかったが、それにしても丁寧に作られているな、と雪華はしばらく見とれていた。

「四つ葉のクローバーってさ、実は三つ葉のクローバーのうち、十万個に一つしかならないんだって」

「へえ、すごい確率ね」

「まあ、四つ葉のクローバー自体が、外部の刺激で傷つけられて出来た変異種らしいからね。ここら辺の人がよく通るところはその機会が多いから、結構見つけやすいんだって」

「さすが、昨日ネットで調べただけあるわね」

「そうそう、昨日必死になって……って、何でネット情報だってわかるんだよ」

 むきになる春之。が、その顔を見て、雪華はフフッと笑い出す。春之もその姿を見て、むきになった自分に対して笑い出した。

 ふと、雪華は昨日の三つ葉のクローバーの話を思い出した。

「あ、そうか。また花で言葉を伝えようとしてたのね?」

 雪華は先ほどの四つ葉のクローバーのしおりを取り出す。

「えっと、四つ葉のクローバーって、それぞれの葉に意味があるのよね。で、もともと三つ葉のクローバーにあった意味に、もう一枚の葉っぱに意味を加えた……んだっけ。その意味は……」

 えーっとたしか、と雪華はあごに手をやる。そして、それを思い出したのか、左手の掌に右手をぽん、と乗せた。

「幸福、幸せ。そうか、春之は、私の幸せを願っているのね」

 えっへん、と雪華はしたり顔になる。

「まあまあ、私はこの先春之がいなくても幸せになってあげるから、心配しなくてもいいよ」

 雪華はそういうと、春之の肩をぽんぽん、とたたいた。

「え、あ、ああ、そうだな。うん、そういうことだ」

 正解でしょ、と得意げな顔を崩さない雪華を見て、春之は苦笑いをする。そして、

「本当はもう一つ意味があるんだけどな……」

 と小さく呟いた。

「さて、引越しの準備もしないといけないし、そろそろ帰ろうか」

 いつまでもこうして過ごしたいという思いはあったが、現実はそうはいかない。春之はかばんを持ってすっと立つと、雪華に右手を差し出す。その手に捕まり、雪華もよいしょ、と立ち上がった。

 お互いの家まではあまり距離は無い。その短い距離を、時間を惜しむようにまたゆっくりと歩き始める。空を見上げると、先ほどの青色とは少し違う色を示しているような気がした。


 川沿いに走っていた道路は徐々に川から離れ、広い道となる。そこから数メートル歩くと、春之の家に向かう道と、雪華の家に向かう道が分かれた交差点になる。

「じゃあ、ここでお別れだな」

「そうね。大学でも、頑張ってね」

「お前もな。まあ、まずは受験に合格してからだけどな」

「ふん、自信あるもんね。地元の私立だし、まあ落ちないわよ」

「そうか、じゃあ、元気でな」

 そういうと、春之はゆっくりと自分の家のほうへ向かっていった。が、

「春之!」

 少し歩いた後、雪華が春之を呼び止める。

「向こうについたら、ちゃんとメールしてね」

「ああ、分かったよ」

 お互い右手を振りながら、ゆっくりと家路に着く。

 その帰り道、雪華はもらったクローバーのしおりを見つめながら、思わず顔がにやけていた。

「幸せに……か。そうね、幸せにならないとね。春之、あなたも」

 小さな呟きは、ゆっくりと吹き抜ける風に消えていった。雪華の思いをかき消すように。



 雪華が春之と別れて二日後、引越し先に向かう途中、春之が乗っていた車が追突される事故が起こった。助手席に暴走したトラックがつっこむという悲惨な事故。そんな状態で助手席に乗っていた春之が助かるわけがなかった。

 それを聞いた雪華は、春之の葬式にも出ずにずっと泣き崩れた。どうして春之が……。

 落ち込んだ状態がしばらく続き、落ち着いたのは事故から四日後のことだった。両親からも「いつまでも泣いてたら、春之君が成仏できないでしょ」と説得され、ちょうど大学合格の通知がきたことがきっかけだった。

 大学入学の準備を進め、大学入学までの数日間は、友達と約束していた卒業旅行などに充てた。気持ちを切り替え、新たな生活を送るために。

 そんなある日、ふと春之から貰ったしおりをみて思った。そういえば、春之はこれを手渡したとき、何か呟いたような気がした。それが気になって、ネットで四つ葉のクローバーについて調べた。

「え、これって……」

 そこには、恐らく春之が伝えたかった言葉が記されていた。それを見て涙ぐむ雪華。

「どうして……どうして気が付かなかったんだろ……。ずっと一緒だったのに……」

 春之が亡くなった日と同じように、あるいはそれ以上に、その日はずっと机の上で泣きじゃくっていた。



 あれから二年。あの日と同じ三月の空の下、雪華は通学路の土手の道路に立っていた。あの時と同じ、白いワンピースとハイヒール。一つ違うのは、隣に春之がいないことだった。

 今日は春之の命日だ。事故がどこで起こったか知らなかったので、あの日一緒に過ごした河川敷の階段の近くに、三つ葉と四つ葉のクローバーを供えることにした。

 雪華は大学に通う中、その通学路とは違うこの道を、時々ゆっくりと散歩した。日曜日は子供達が両親と一緒に遊ぶ姿が見える。中には、先ほどの女の子と同じように、四つ葉のクローバーを探す子供もいる。

 空の青は徐々に薄く、そして暗くなる。太陽は徐々に傾き、時の経過を告げていく。

「春之、元気にしてるかな」

 階段に供えられたクローバーに向かい、小さく呟く。そうしてその階段の近くに腰をおろし、河川敷で遊ぶ子供達の姿を眺めていた。

 私にも子供ができたら、ああやって四つ葉のクローバーを探したいな。そんなことを思いながら、雪華は変わり行く空、流れていく川、そしてとおり行く人を眺めていた。時折、遠くから電車が通過する音が聞こえる。

 やさしく照らす太陽は徐々に力を失い、冷たい風がほおをなでる。

 しばらくすると、遊び声が賑やかだった河川敷も、だんだんと声が聞こえなくなってくる。遊んでいた子供達も親につれられて少しずつ減っていく。残されたのは、寂しげに生えている雑草たち。空の色も、日の入りが近づき、だんだんと赤くなっていった。

 そんな河川敷にもういちど目をやると、白い花が咲いていることに気が付いた。雪華は階段を降りると、その白い花のそばに駆け寄った。

 敷き詰められたクローバーのじゅうたんに咲いた白い花。シロツメクサの花だ。

「春は之過ぎてゆき、咲き乱れる雪の華……まだ咲き乱れてはいないけどね」

 春之が呟いた言葉を思い出す。白い花といっても、夕焼け色に染まった花は、なんとなく赤くも見える。

「アカツメクサ……ね。本当にあるのかしら?」

 その花を眺め、フフッと、小さく笑う。冷たい風がロングヘアの髪を揺らし、肌を刺激する。

 そろそろ帰ろうか。そう思い、雪華は階段を上る。

 土手まで来ると、備え付けている二つのクローバーに向かってまたね、と呟いた。

 そのとき、先ほどよりも強い風が急に吹いた。雪華はワンピースを手で押さえ、思わず一瞬目をつぶる。目を開けると、その風に供えてあったクローバーの一つ……四つ葉のクローバーが、風に飛ばされてどこかに飛んでいくところが見えた。

 残ったのは、三つ葉のクローバー。その花言葉を、雪華は思い出す。

「約束、か。そうね。私は幸せになるよ、約束ね」

 バイバイ、と残された三つ葉のクローバーに手を振り、雪華は家路に着いた。途中、四つ葉のクローバーのしおりを取り出し、歩きながら見つめる。

 このしおりを渡した、春之が伝えたかったこと。四つ葉のクローバーの花言葉は「幸福」、そして……



「Be mine(私のものになって)」

 ……書いた後に壮大な勘違いをしていたことに気が付きました。ということで、いただいたキーワードのお題は、また別の作品にしたいと思います(汁

 まあ、これはこれとして、また、同じような企画をしてみたいですね。もし「お題を出したい!」という人がいましたら、ここのコメントか活動報告に書いていただければチャレンジしてみたいと思います。

 ……あ、今回字数制限とかジャンルとかなかったので、そういうのも指定があればしてもらってもかまいません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まずこの文章量! 読み応えがありました。 時折見られる風景描写が素晴らしく、情景をイメージしやすかったです。 クローバーというアイテムの使い方が絶妙ですね。もの自体の他に、キーワードに関連…
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