ゼロの光
校庭の地面が、重い足音で揺れる。
怪物はゆっくりと歩いていた。
黒い体からは煙のような闇がにじみ出ている。
鋭い爪が地面を引き裂くたび、石が砕けて飛び散った。
その前に、小さな生徒が倒れている。
逃げようとしているのに、足が動かない。
怪物の影が、ゆっくりと覆いかぶさった。
「やば……!」
ハイジが舌打ちする。
「間に合うか?」
ノエリアの心臓が大きく鳴った。
ドクン。
ドクン。
怖い。
本当に怖い。
足が震える。
(私なんかが……)
その瞬間。
胸の奥で、あの声がした。
『ノエリア』
やさしい声。
ずっと昔に聞いた声。
ノエリアの視界の奥で、小さな光が揺れる。
(……ベル?)
名前を思い出した瞬間、胸の奥が熱くなった。
手の中の剣が、微かに光る。
ハイジが言った。
「ノエリア!」
その声に、ノエリアは顔を上げた。
「やるんだろ?」
迷いのない声。
フィアも隣でうなずく。
「大丈夫だよ」
水色の光がゆっくり広がっている。
「私たちもいる」
ノエリアは剣を強く握った。
(怖い)
でも――
逃げたくない。
怪物の影が、倒れている生徒に落ちる。
その瞬間。
ノエリアの足が、自然に動いた。
「――待って!」
叫んでいた。
自分でも驚くくらい大きな声だった。
怪物がゆっくり振り向く。
赤い目が、ノエリアを捉える。
重い空気が押し寄せた。
怖い。
でも、ノエリアは剣を握りしめる。
「……私」
声が震える。
それでも、言葉を続けた。
「まだ、何もできないかもしれないけど」
胸の奥の光が、静かに広がる。
「それでも――」
剣が、ふっと光った。
淡いピンクの光。
綿菓子みたいにやわらかい粒子が、空気に溶けていく。
ノエリアの体を包み込む。
制服の形が変わり、光のリボンがふわりと広がった。
髪が風に揺れる。
手の中の剣も、優しい光を帯びていた。
ハイジが小さく笑う。
「……おお」
フィアが目を輝かせる。
「綺麗」
ノエリアは深く息を吸った。
胸の奥が、少しだけ軽い。
まるで誰かが、背中を押してくれているみたいだった。
怪物が吠える。
地面を蹴り、一直線に突っ込んできた。
ノエリアの体が反応する。
剣を構える。
(重い……)
でも、振れる。
思いきり、前へ。
「――っ!」
剣を振った。
大きな軌道。
空気を切る音。
ピンクの光が弧を描く。
ドォン!!
怪物の体が大きく吹き飛んだ。
地面を転がり、壁にぶつかる。
校庭が静まり返った。
ノエリア自身が、一番驚いていた。
「え……?」
自分の手を見る。
ハイジが笑う。
「今の、やばいな」
フィアがふわっと言う。
「ノエリアちゃん、すごい」
怪物はまだ動いている。
ゆっくりと起き上がる。
でも――
さっきより弱っていた。
ノエリアは剣を握り直す。
さっきより、怖くない。
胸の奥が温かい。
そのとき。
本当に小さな声が聞こえた気がした。
『……やっと』
ノエリアの耳元で。
『ノエリア』
懐かしい声。
涙が出そうになる。
でも、今は――
ノエリアは怪物を見据える。
「行くよ」
その声は、少しだけ強くなっていた。
ゼロの少女の戦いが、今始まった。




