はじめての戦場
警報の音は、まだ校内に響いていた。
赤い光が廊下をぐるぐると回り、普段は静かな学園の空気を一瞬で変えてしまっている。
「闇反応確認! C地区!」
放送が繰り返される。
教室の外では、すでに生徒たちが慌ただしく動き始めていた。
椅子を引く音。
走る足音。
武器を手に取る金属音。
ノエリアは席に立ったまま、少し戸惑っていた。
(Dクラスは待機……だよね)
教師の指示を思い出す。
でも――
胸の奥が、妙に落ち着かなかった。
まるで何かに引っ張られているみたいに、ざわざわする。
「ねぇ」
突然、隣の席から声がした。
振り向くと、クリーム色の髪を片側三つ編みにした少女がこちらを見ていた。
柔らかい雰囲気の子だ。
「ノエリアちゃん、だよね?」
「え、あ……うん」
少女はにこっと笑う。
「私、フィア」
そう言って軽く手を振った。
「同じクラスみたいだから、よろしくね」
ノエリアは少し驚いた。
さっきのざわめきのあとだったからだ。
(普通に話しかけてくれるんだ……)
「よ、よろしく」
フィアは窓の外をちらっと見る。
遠くに黒い煙が立っているのが見えた。
「結構近いねぇ」
のんびりした声だった。
「怖くないの?」
ノエリアが聞くと、フィアは少し首をかしげる。
「うーん……」
「怖いけど、なんとかなるかなって」
そう言って笑う。
そのとき――
バン!!
教室の扉が勢いよく開いた。
「おい!!」
大きな声が響く。
短い赤髪の少女が立っていた。
制服の上に羽織ったジャケットが風で揺れている。
「こんなとこでのんびりしてんなよ!」
ノエリアとフィアはびくっとした。
少女はずかずか教室に入ってくる。
「闇反応、すぐそこまで来てる!」
「えっ?」
ノエリアは窓の外を見た。
さっきより煙が大きくなっている。
少女は腕を組んで言った。
「教師どこ行った?」
「えっと……さっき出て行って……」
フィアが答える。
少女は舌打ちした。
「ちっ、タイミング悪いな」
それからノエリアを見た。
じっとバッジを見る。
ゼロ。
少しだけ眉をひそめた。
でも、すぐに言った。
「……あんた、ノエリア?」
「う、うん」
「私はハイジ」
そう言うと、親指で廊下を指す。
「来い」
「え?」
ノエリアは戸惑う。
「でも、Dクラスは待機って――」
「そんなの言ってる場合か!」
ハイジは窓の外を指した。
その瞬間だった。
ズドン!!
地面が揺れた。
窓の外で黒い煙が弾け、巨大な影が現れる。
怪物だ。
闇のエネルギーから生まれる存在。
鋭い爪と歪んだ体を持つ異形の怪物が、校庭に降り立っていた。
生徒たちの悲鳴が遠くで聞こえる。
ハイジの表情が変わった。
「……Cクラスレベルか」
低く呟く。
それからノエリアを見る。
「待機してたら、あれ誰が止めるんだよ」
ノエリアは言葉を失った。
怖い。
すごく怖い。
でも――
怪物のすぐ近くに、逃げ遅れた生徒が見えた。
小さな一年生。
足を怪我しているのか、立てないでいる。
怪物がゆっくり近づいていく。
(危ない……)
胸が締め付けられる。
(誰か……)
そのとき。
胸の奥で、あの声がまた聞こえた気がした。
『ノエリア』
懐かしい声。
温かい声。
ノエリアの手が自然に動いた。
制服の内側から、剣の柄を握る。
重たいはずなのに、なぜか手に馴染む。
ハイジが気づいた。
「……それ」
ノエリアはゆっくり言った。
「私……」
声が震える。
それでも、はっきり言う。
「助けたい」
ハイジは一瞬黙った。
それから、ふっと笑う。
「いいじゃん」
拳を軽く鳴らす。
その足元から、赤い炎がふっと灯った。
「それでこそリミィジュだ」
フィアも静かに立ち上がった。
「じゃあ、行こっか」
その手の周りに、水色の光がゆっくり集まり始める。
三人は顔を見合わせた。
初めての戦場。
でも――
なぜか、ノエリアの胸の奥は少しだけ温かかった。
まるで誰かが、ずっとそばで見守っているみたいに。




