第9話 「真夜中のアクシデント」
夕食後、
「おしっこ……」
部屋に戻って休んでいたオレは夜中に尿意を催して目が覚める。
部屋を見回してもトイレらしき個室は無い。
しまったな……、ガーレットにトイレ事情も聞いておけば良かった。部屋に無いのだから城の何処かにトイレが設置されているはず。
そう考えたオレは外に出てトイレを探す事にした。
「真っ暗だな……、幽霊でも出てきそうな雰囲気だ」
部屋の外の廊下は明かりもなく真っ暗で何も見えない。壁に手を付けながら暗闇の中を進んで行く。
一度、自覚してしまうとどんどんと尿意が強くなって、膀胱を圧迫してしまう。
「うぅ〜〜、早く探さないと漏れちゃう。この身体に慣れてないからどんだけ我慢出来るのか分からないし……」
ちょっとした刺激でも出てしまいそうな感覚で、恐る恐る歩くオレは急ぐ事も出来ないで辿々しく廊下を進む。
「誰だ!!」
「わ、わぁぁあっ!?」
突然、暗闇から声が聞こえて思わず悲鳴を上げた。
「姫……様?」
「どうされたのです? こんな夜中に」
小さな蝋燭台を持った男の人達が二人、オレの姿を見て、不思議そうに立っている。あっぶねぇ、少し漏らす所だった……!
「あ、あの……あの、お手洗いを探していて…」
「お手洗い……? 手が汚れてしまったのですか?」
「いや、違う……、あ、そう……! トイレ! トイレに行きたいの!」
「トイレ……? それなら部屋にありませんでしたか?」
「へ? そう……なの?」
「はい、部屋に備えてありますが」
男二人は言う。
「でも、でも……見当たらなかったし……」
「なんと、それは失礼致しました。部屋の世話をしている者に厳しく言い聞かせておきます」
「待って、私が見落としてただけかもしれないし、部屋にあるのね? ……ありがとう」
オレは戻ろうとして立ち止まる。今のでオレの膀胱は限界を迎えたらしい……。とてもじゃないが部屋まで間に合わない。
「あの……、近くにトイレは……ない? 戻るまで間に合わない…かも」
「えっ、それは……困りましたね。家臣の物を姫様に使わせる訳にも参りませんし………」
「いいから! 案内して! 早く……!」
「え、あ、わ……わかりました!」
男達はオレの剣幕に緊急性に気が付いてくれたみたいだ。
あわあわとトイレの場所を探し出し、案内してくれようとした。た、助かった。
オレはその後ろをついて行こうともぞりと動いたその瞬間、股間に違和感を感じてしま……
「あ、ちょっと待って、ダメ……、動けな……、あ、あ……、〜〜〜ッ!!」
「チョロロロロ……。
細い水音が廊下に響き、内股に温かな温もりが伝わってきてしまう。
「あっ、あぁぁあ……、見ないでぇ……、」
「ひ、姫様……!!」
「大変だ! 人を呼んでくるっ!」
男の一人が駆け出して、助けを呼びに行く。残された若い男はオレを心配そうに眺め、オロオロとしている。
「大丈夫ですか、姫様……、あっ、どうすれば…」
「いやぁぁ、見ないで…… 」
「し、失礼致しました!!」
男はオレの呼び掛けで顔を逸らす。
ずっと我慢し続けていたからか、小便は勢いよく出続けて廊下に水たまりを作って行く。
寝間着の裾はびしょ濡れになり、足元も太腿から伝う液体の所為で不快感がすごい。
「姫様ッ!!」
「大丈夫ですか!? 姫様!!」
「ッ!!! ガーレットーー!!! わぁぁあああぁん!!」
やって来た数人のメイドの中にガーレットの姿を見つけると感情のタガが外れたようにオレは泣き散らかすのだった。
○◇○◇○
「それでは姫様をお送りして来ますので」
ガーレットに連れられて、オレは嗚咽しながらガーレットの服の裾を掴んで、その後について行く。
ヨロヨロと部屋に戻り、着替えた後、オレはシーツにくるまり亀の様に丸くなる。
終わった……。もう終わりだ。人前で漏らすなんてこの世の終わりだ。明日からどんな顔して生きていればいいんだ。姫の威厳もあったもんじゃない。
ああ……明日の朝には噂が広まっているんだ。そして皆がオレを白い目で見るんだ。嫌だ……きっと影で『お漏らし姫』とあだ名を付けられてヒソヒソと噂話されるんだ……。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
「姫様……? 姫様」
「あ、うぅ……、あぅ、あぅ……」
「泣かないでください姫様。お気になさらずに」
「うっ、うっ、だって……だってぇ……」
シーツの中に閉じこもってもう出たくない……。完全に心を閉ざして、うんうんと唸っていると、
「姫様」
ふわりとシーツの上から優しくガーレットに抱き締められる。
「姫様、大丈夫です。大丈夫ですよ? この国の民はみんな姫様の味方です。姫様の事を悪く言う者など一人もおりません」
「ガーレット……」
その温かさにホッとする。
「よしよし。いっぱい頑張りましたね……。大丈夫ですよ大丈夫」
「ガーレット……、あぅぅ……」
しばらくの間、そのぬくもりに包まれて癒されていると、
「ふふっ」
「ど、どうしたの……? ガーレット?」
「いえ、不思議なものですね……。以前の姫様に比べて物腰が柔らかくなったというか、穏やかになられた気がします。お目覚めになる前は誰も寄せ付け無い厳かな、まるであの鉄仮面を心に纏っている様な佇まいでしたが、今の姫様は何と言えばよいのでしょう……。守ってあげたくなるというか何かお力添えをしてあげたくなる気持ちにさせて頂けます」
「それって、褒めてる……?」
「勿論でございますよ。ですので今回の事もご安心を。姫様が心配するような事なぞ何も起こりません」
ガーレットはそう言って微笑むとまたぎゅう……っとオレを抱きしめてくれるのだった。
「……ぁ、りがとう……ガーレット」
オレはその優しさに絆されて、頑なになっていた心が柔らかくほどけて行くのを感じるのだった。
「安心したらまたトイレに行きたくなっちゃった……。ねぇ、ガーレット。トイレってどこにあるの?」
「トイレですか?」
オレがそう尋ねると、ガーレットが笑顔で教えてくれた場所は……。
○◇○◇○ ○◇○◇○
「おい、ゴードン大丈夫か。なんかフラフラしてるぞ。しっかりしろ」
「あ、ああ……大丈夫だ」
フランソワ姫と遭遇した警備隊の二人は城の見回りを再開していた。
ベテランの壮年の男ともう一人の若い男。ゴードンと呼ばれた若い男は先程の出来事を反芻していた。
(姫様……。)
あの時のか弱きお姿……。恥じらいに染まった御顔。触れたら崩れてしまいそうな程に頼りなき御身。
ずっと頭から離れない。思い返す度に胸に宿るこの想い……。嗚呼……。
なんと可憐で、なんと儚いのか。まるで戦場に咲く一輪の白き純潔な百合の華の様ではないか。
……決めた。
姫様は絶対にこの僕が護る。護り通してみせる。決して誰にも姫様を傷付けさせぬ。今ここに誓いを立てる。
若い男の名はゴードン・ミハイユ。
後に『剣聖』と呼ばれ、ノワール諸国とフランソワを護る守護剣として絶大なる剣技を発揮し、その活躍は後世まで語り継がれる事になるのであった。




