第7話 「姫の嗜み(たしなみ)」
風呂に入ってない事に気付いたら、余計に恥ずかしい……。やっぱり夕食食べるの止めておこうかな。
「さ、これで準備整いました! 参りましょう?姫様」
戸惑うオレの気も知らずにガーレットは明るい口調でオレの手を引く。
「あ、そうだ」
パッとオレの手を離すと、何かを思い出したかの様にガーレットが部屋の奥に行ってゴソゴソと探し物をし始める。
まだ何かあるのか? たかだか夕食を食べるくらいなのに準備する事が多いな。姫様ってのも楽じゃないぜ。
「コレ……は、如何なさいます?」
と、持ち出して来たのは、鉄仮面……だった。
「コレ……、鉄仮面、これをどうするの。コレを被って夕食を食べるの……? それはいくら何でも……」
「いえいえ、違います! 以前の姫様は移動の際は必ずこの鉄仮面を被っておいででしたので。必要ならとお持ちしたのです」
「コレ……を。え、寡黙な性格だったんだよね?私」
「はい。大変にお静かなお人でした」
え〜ーっと、よく分からないかな。異世界の人ってカワッテルノカナー??
「何で? どうして? 何かの風習? それとも伝統的な文化??」
「いえ、姫様が好んでいただけで特に何も」
「そ、そう……」
まじまじと鉄仮面を眺めてみたが、鈍い銀色に輝いた鋼鉄製の仮面は派手な装飾も無く、質実剛健な出立ちだ。艶々と滑らかな表面はよく手入れが行き届いて、とても大切に扱われていた事が伺える。
「姫様はこの仮面を磨く時だけはとても嬉しそうにして居られました。磨き終えた後は台座に飾ってずっと眺めておいででしたわ」
し、趣味なのか……。本当に変わっている……。
しかし、まぁ? なんだ。
ま、姫様が被っていたというなら、それに倣ってオレも一丁被ってみるか!
カポッ。
「ど、どう……ですか?」
ガーレットの尋ねる声が普段より一段階遠く聞こえる
意を決して被ってみたが、なかなかどうして落ち着くじゃないか。外界から遮断された様な感覚が心地良い。
適度なフィット感がもたらす重量。鉄の冷たさが冷んやりと頬を引き締め、横一文字の視界が世界を冷静に捉えさせる。
……な訳あるか!!
「重い!! 首が筋肉痛になるわ!!」
オレは鉄仮面を外し、肩で息をする。姫様には悪いがとてもじゃないけど、理解出来ない趣味だぜ……。
「あらー……、お似合いでしたのに」
ガーレットが残念そうに言う。
「お似合いでもなんでも、今の私にはとてもじゃないけど、荷が重いわ……。以前の私がどうしてこんなものを被っていたのか知らないけど、仕舞って……」
その時、オレは稲妻が走った様に閃いた。
「ガーレット、被る……。やっぱり被る。この鉄仮面」
「へ? そうですか。私は嬉しいですけれども」
「ただ……、ずっと被ってはいられないからそこは何とかしないと……」
「あっ、それなら」
と、ガーレットはオレの後ろに回って背中を押す。
「あれ? あれぇ? どうして? 急に軽くなって…ガーレット! 何か魔法でも使った!?」
「いえ、違いますよ。ここです。ここ」
ガーレットは自分の背中をポンポンと叩いてニコリと微笑む。
「背中?」
「そう。姫様は背すじが少し丸くなっておられました。背すじをしゃんと伸ばす事で鉄仮面の重さが分散して軽く感じるようになったのですわ」
「へぇ〜、なるほどぉ」
オレは感心する。たったのそれだけでここまで変わるとは……。
「うん、とにかくこれで準備は整った。夕食に行こ…… 行きましょう!」
「はい……!」
オレはガーレットに手を引かれて、部屋を後にしたのだった。
○◇○◇○
「失礼します」
コンコンとドアをノックしてガーレットが部屋に入る。その後にオレも続けて部屋に入った。
横一文字の狭い視界から長細い部屋の中央にこれまた長い白いテーブルがあって、その向こうに国王が座っている。
「姫様。ここですわ。お気をつけて」
「ありがとう」
ガーレットに手を引かれ、オレは椅子に座ると被っていた鉄仮面を取る。
パァッと開けた視界に何人もの家来の姿が目に入る。
「鉄仮面をお預かりします」
「えっ、あっ……うん」
ガーレットがオレの席の横にテーブルを設置し、そこに鉄仮面を台座に被せて置いてくれた。
「これからは別の者が姫様のお食事のお世話をさせて頂きます。それでは失礼します」
と、一礼してガーレットは帰って行く。
鉄仮面を被った理由はひどく明快だ。城の中には沢山の家臣がウロウロしていた。歩く度にそいつらの相手なんてしてられない訳で、鉄仮面を被っていれば真っ直ぐ前だけを向いていればいい。音も遠く聞こえるし、挙動不審になる心配もない。
オレに取っては一石三鳥くらいのシロモノだったぜ。
……とは言え、ここでは鉄仮面を被ったままではいられない。うーーん、こんなに大勢の前で飯を食うの?
人に見られてるだけで緊張する……。
「失礼します。私、今夜の姫様のお食事のご用意をさせて頂きますラミィと申し上げます。よろしくお願い申し上げます」
オレが落ち着かずにキョロキョロと辺りを見回していると、背の高いメイド姿の女性がオレの前で恭しくお辞儀をした。
「え?あ、ああ……、苦しゅう……ない? 違う、よろしく、ね」
突然に声を掛けられたので返事がしどろもどろになってしまったが、意にも介してない様で安心した……。
「ありがとうございます姫様。それではお食事をお持ち致します」
「へぁっ、うん、はい。どうぞ」
う、ぅう〜〜〜、なんか……どう振る舞っていいか分かんないぞ。
オマケに目の前に飯が無い状態で始まるのが不自然で、変な気分だ。
……国王は国王で対面の先に座っているくせに、一言も喋らないし……。
聞こえてくる音もオレの動く衣擦れやテーブルクロスを蹴るオレの音くらいだし。静か過ぎんだろ……。
「失礼します。こちら『オマールと葉野菜のジュレ』になります」
どうやっても落ち着かずにソワソワするオレの前に、メイドが料理の皿を置いたのだった。




