第15話「ふわふわのお菓子」
さんざんに泣き散らかして、目がぽってりと腫れたまま、ガーレットの淹れてくれた紅茶をちびちびと啜る。ほんのりと漂う茶葉の香りが優しく身体に染み渡る。
「は〜〜〜、落ち着く……。紅茶って何でこんなに美味しいんだろ」
「ウフフ、お茶受けもありますよ」
ガーレットがにこやかにお皿に乗ったお菓子を持って来てくれる。何種類も並んだ焼き菓子の中から焦げ茶色のクッキーをひとつ手に取って口に運ぶと、ほろほろと崩れる香ばしいキャラメル風味の生地の甘さが紅茶とよく合って、ついつい二個三個と食べたくなる。
「ありがとう、クッキーも美味しい。あれ……? その髪の後ろの……」
「あ、これですか? 少し髪が伸びてきたのでまとめようと」
後ろを振り返ったガーレットの髪のお団子に白くてかわいいカバーが付いていた。くるりと一周回った後、我に返った様子で恥ずかしそうにガーレットは顔を赤らめ、モジモジとしている。
「あの……変、ですか、ね?」
「ううん、とっても似合ってる。かわいい」
「あ! ホントですか!」
うん。とても似合ってて可愛いと思う。嬉しそうにしているガーレットを見てこっちも幸せな気分になる。ふわふわと軽やかに何処となく夢見心地な仕草で茶器を扱っているガーレットは唐突に思い立ったように、
「あ! そうだ! お紅茶冷めちゃいましたよね! 代わりの物を持って来ます!」
「え!? う、うん……」
そう言って見るからに上機嫌そうに鼻歌交じりに紅茶のセットを銀盆に乗せてガーレットは部屋を出て行ってしまった。オレはポカンと呆気に取られたまま、ベットの上で残った紅茶を啜って自分の言動を振り返っていたのだった。褒めた……だけなのに、なぁ……。よく分からないや。
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「フンフフーンフーン、あら? ヨハネ様こんにちはぁ♡」
「あ、ああ……」
廊下ですれ違ったガーレットのにこやかさに圧倒され、ヨハネは思わず何事かと振り返る。手に持っていた資料の束を落としそうになるくらいには予期せぬ出来事であった。
あれは確か、フランソワ様のお付きのメイドだったはず。普段は物静かな雰囲気の印象だったがあんなに陽気な性格だったのか?
フランソワ姫の部屋から出て来たから姫と何かあったのだろうか……。しかし些か、それを本人たちに聞くのも憚られるが。
厳格な業務をしに来た筈なのにのっけから出鼻を挫かれた気分だ。ヨハネはタイを正し、部屋のドアをノックする。
「失礼します」
「あっ、へい」
へい……? へいとはどの様な意味合いなのか。どこか余所余所しいフランソワ姫を前にヨハネは考える。部屋に入るとフランソワ姫に気付かれない様に部屋の様子を探る。別段、特に変わった様子はない。あるとすれば何となくソワソワ、ふわふわとしているフランソワ姫ぐらいのものだ。
禁断の園に踏み込んでしまった様な錯覚を覚えつつ、ヨハネは考えを巡る。
だが、考えても何も得られる物などないと気付いた頃、
「どうかされましたか?」
「ううん、何も……」
フランソワ姫がこちらを不思議そうに覗き込んでいるのに気付いた。
「そのメガネは度が入っているの?」
「これですか? 多少の度は入っておりますが……、これが何か?」
「へぇ、そうなんだ。レンズを作る技術はあるんだ」
感心した様に頷くフランソワ姫の意図を掴めずにヨハネは首を傾げる。何故、今……私の眼鏡の話題になるのか。分からない。幾度となく目にしていたとは思うが、何故今さら問われたのか。
眼鏡なぞ当たり前にあるものなのに。それに感心しているのも不思議と言えば不思議ではあるが。
怪訝そうなヨハネに気付かず、オレはヨハネの眼鏡をまじまじと見つめる。
この世界はどうにも技術力に偏りがある。身の回りの文化には相応に高い技術力のものもあるが、それ以外のものはまるで進んでいない。
奇妙な程にアンバランスな状態ではある。何か理由があるのだろうか。
それにしても……。
ヨハネの眼鏡に施された銀細工の模様は綺麗だ。
細やかな装飾と複雑なデザインが蔓の木を彷彿とさせる。そこにつぼみや小型の花、小鳥がセンス良くさりげなく配置されている。
高い技術と美的センスを兼ね備えた腕のいい職人が作ったに違いない。
「あの。フランソワ様?」
「えっ、あ、あ〜〜……、ゴメン。話を聞いてなかった。な、なんだっけ?」
「いえ……、その…… 近過ぎます」
「へぁっ??」
「あ…… ……」
少しだけ気まずそうにしているヨハネの顔がふにゃんと胸元に当たっている。後ろの細工まで見ようとしていつの間にか乗り上げていたらしい……。
「ご、ゴメンッ! ごめんなさいっ!! 夢中になっちゃって!!」
慌ててパッと離れて胸元を思わず隠す。
後からじわじわと恥ずかしさが湧いてきて顔が真っ赤になり、ドッドっと心臓が速く脈打つ。
「お気になさらず。時間も押しております。今日の報告をお伝えします」
かちゃりとメガネを直してヨハネは束になった書類の内容をサラサラと読み上げる。
「……以上でございます。なにか質問はありますか?」
「へっ? あ〜……、う、うん。えっと」
正直なところ何にも頭に入って来なかった。ぐるぐるとメガネとさっきの自分の行動が回ってしまっていて頭の中がいっぱいいっぱいだった。
その様子を見てヨハネは軽くため息を付き、後ろを振り返る。そして、
「フランソワ様はこの眼鏡にご執心の様子。観に行かれますか? この眼鏡を作った職人の工房を」
へっ?いいの……? マジで?! それは願ってもいない話だけど、そんなに簡単に実現するの??
「ほ、本当にっ!?いいの?!やったぁ〜〜〜!!」
心とは裏腹にオレは歓喜の声を上げ、飛び跳ねながら喜んでいた。それを何故か照れ臭そうに眺めているヨハネの姿があったのだった……。




