第14話 「パピルスの完成」
パピルスの改良は順調に進んでいるようだ。何日かに一度、オレの元にパピルスの試作品が届く。それを見てオレがまた改善点を考えて伝える。その繰り返しだ。パピルスを持って来る時は物々しい警備でオレの部屋を取り囲むのでガーレットが何事かと少し心配しているのだけど、話す訳にもいかないので適当にお茶を濁すばかりだ…。
とは言え、パピルスの改良はほぼ完成に近い。後の量産も交渉もヨハネのチームがやってくれる。なんとなくセミオートみたいな感じでオレは手持ち無沙汰ではある。
「楽だけど……、もうちょい関われたらな〜。って言った所でオレよりヨハネ達の方が全然専門だから上手くやるんだろーけど」
鉄仮面を磨きながら、ぽんやりとする。丁度、鉄仮面を磨き終わる頃、コンコンと部屋をノックする音が聞こえる。
「はーい」
オレは返事をしてドアを開けた。入って来たのはヨボヨボのお爺さんで名前をフゼパ、オレの家庭教師らしい。
「こんにちは。いい天気ですね」
「こんにちは姫様。あまりにも日が温いのでこの爺、そのまま昇天する所でしたぞ」
「まーた、そんな事言う。まだ駄目ですよ」
「ほっほっほっ。姫様に言われては、まだ留まっておかねばのぅ」
朗らかな会話でやり取りをしながら、この爺さんと勉強の時間を過ごす。勉強の時間とは言っても、堅い雰囲気でもなく爺さんがその日の気分で持っている知識を披露してくれるだけなのだ。
雑談で終わる日もある。
「ほっほっほっ。星の動きと言うのはこのようにして不思議な軌道を描いているものですじゃ。さぁ、爺はそろそろお暇しますかの」
「ありがとう、またね」
「それでは、また」
爺さんはゆっくりとした足取りでドアの前まで着くとプルプルとした手でドアを開けて帰って行った。見送った後、オレは首を傾げながら部屋をウロウロして、歩く。
この所、何か……歯に挟まるような気持ち、何かをやり忘れてるような気がする。それがどうにも思い出せないのだ。
「なんだっけな〜。なーーんかあったはずなんだけどな」
そう言って部屋をウロウロと徘徊する。思い出せないというのは存外、不快な物でさっさと思い出してスッキリとした気分になりたかった。
○◇○◇○
それから一カ月ほど経とうとした頃。
「……きなさい。……起き、なさいっ!! 起きなさいよっ!! アンタ! まったく」
聞き慣れた声で目を覚ました。
目を覚ましたのは正確じゃない。夢の中で起きたのだ。
「あ、あー! あー! あーーー!!! そうだ! そうだよ!! 何で忘れていたんだろう!」
「は? 何を言ってるの?あなた」
目の前の男性、転生前のオレの姿で呆れた風に腕組みをして喋る女。
そうだ。何で忘れてたんだろう。オレはこの目の前のオレ、『八海奈緒』の身体に入った人物、フランソワ・ノワールと一カ月前もこうして会話をしていたじゃないか。
「いや、お前との会話を起きてる間、ずっと思い出す事が出来なくてモヤモヤしていたんだ」
「ふぅん、よく分からないわね。覚醒中は記憶がないって事?」
「そう……なるのか? それはそれで困るな」
「何で?」
「それは、お前に現代の知識を検索して貰えなくなるからに決まってるじゃないか」
それを聞いたフランソワは鼻で嗤うように、
「馬鹿ね。この私にそんな知恵があると思って?」
と、自信満々だ。そうだ…、こんな奴だった。
「いや、スマホの使い方教えたじゃん」
「綺麗さっぱり忘れたわ」
「あぁ……、なるほど」
前回、あれだけ現代社会のテクノロジーに驚いていた人物が、何で……。
「あれから触ってないのか?」
「触ったけど、あなたのものでしょ? 設定とか色々変えてしまうと困るから、ランキング上位のゲームしかしてないわ」
「めっちゃ触ってんじゃん……。何?ランキングって」
「はっw」
すげー高飛車になって言い放つ。
「決まってるわ。アプリストア内のランキング、さらには独自調査で突き詰めた私的『これは遊ぶべきゲーム』ランキング! 今の旬はお料理パズル戦略マルチプレイね!!」
「何だよそのマニアックなジャンル……!」
薄々、鉄仮面の時から感じ取っていたが、実際に話してみて分かる。コイツは変な奴だ。まったくどこが寡黙でお淑やかなのか。
「まったく……アイツらから聞いた印象と全然違うんだから困っちまうぜ」
「アイツら……? 誰の事かしら」
「決まってる。ガーレットとか、その他もろもろだよ」
「そりゃ……しょうがないじゃない」
「しょうがないって何で」
「口を開いたらあなたが耳を塞ぎたがる程の罵詈雑言を吐きそうだったからよ」
「お、おう…」
なんで……。
「今、なんでって思ったでしょ?」
「は、いや……そんな事……」
「隠しても無駄よ。あなた顔に思ってる事が全部出るわよ。気を付けなさい?」
「げっ、マジか」
そりゃマジで気を付けないとヤバい件なんだけど。
「理由はなんでしょうね? 私にもよく分からないわ。でも、あの人達を傷付けたくなかったのも本心よ。私が静かにしていたらそれで解決するのならそれでいいじゃない」
珍しくしおらしげに話すフランソワにオレは同情する。コイツはコイツなりに一生懸命あの環境と戦っていたんだ。
「そ、そっか……、悪かった。なんつーかお前らしくないっていうか、見かけ……「見かけ?」
フランソワに畳み掛けられる。
「見かけですってぁ〜〜〜!!? それこそ偏見もいい所ですわ! 大体、あなた未だに自分の姿をきちんと見た事がなくって!? そりゃそうでしょうねぇ! あの城には鏡という鏡が一切有りませんから! あ〜〜! 残念!! あ〜〜! 残念ね! 自分がどれだけの恵まれた美貌になったかも知り得ないなんて!! それなのに何?一丁前に私の事を理解した気になっておられるの?! あらやだ! 傲慢さも甚だしいわよ!! 自分の器量も分からずに自分の自論を押し付けるなんて! あら! もしかしてあなた雑魚ぉ〜? きっとそうね! そうに違いないわ! 雑〜魚♡ 雑〜魚♡ ほら、こうして罵ってあげると喜ぶのでしょう? 雑〜魚♡ あーーー。スッキリした。やっぱり溜め込むのはよくないわね」
「ふ、ふぐぐぐぐ……ぅ」
「あらやだ、あなた泣いているの? それとも真実を教えて貰えて嬉し涙を流していらっしゃるのかしら。悔しかったら言い返してみなさいよ♡ 雑〜魚♡ 雑〜魚♡」
くっ。この野郎……。前言撤回だ!! やっぱりコイツは人でなしだ!
「あら、くだらない話をしていたらもうこんな時間。反論はまた今度聞いてあげるわ? ア ラ プリュシェンヌ〜」
「なっ! おい……! 待て、言いっぱなしで帰るなよ! ふざけんなーーーーーーー!!!」
視界がボヤけて滲む。くそっ!! 覚えておけよ!!
…… …… ……
…… ……
……。
眩しさに目を開けるとそこは部屋のベッドの上だった。
「なんだろう……。めっちゃくちゃ悔しい夢を見てた気がする……。でも、全然思い出せない」
「姫様、お目覚めですか……? なんだかとてもうなされていましたが…」
「ガーレット……」
ベッドの傍らにはガーレットが心配そうに座っていた。
「あら大変。泣いていらっしゃいますの? 怖い夢でも見たのですか? 大丈夫です。大丈夫ですから」
「ガーレット……」
優しくハグしてくれるその暖かさに自然と涙が溢れ落ちる。
「わぁぁああああんっ!! わぁぁぁぁああああああああっん!!」
オレはガーレットに抱き付きながら、暫くの間、めそめそと泣き散らかすのだった。




