#4 お昼を食べるだけの話
昼休みのチャイムが鳴った瞬間、教室は一斉にざわめきに包まれた。
机の上に弁当箱を広げる音、購買へ走る靴音、友達を呼ぶ声。
その喧騒の中で、隣のしずくちゃんは弁当袋を両手で抱え込むように持ったまま、じっと席を立てずにいた。
「……あの、今日も……行く?」
小さな声。誰も気づかないくらいの。けれど僕にはちゃんと届く。
「うん。行こうか」
そう答えると、彼女はほっとしたように微笑んだ。
僕らが向かうのは、特別教室棟の階段の踊り場。屋上へ続く扉の前にある、小さなスペースだ。人通りが少なく、2人きりで食べるにはちょうどいい。いつからか、ふたりだけの昼休みの場所になっていた。
人の多い教室で一緒にお弁当を食べるのが恥ずかしいから、あえて場所を変えている。
「……ここなら、誰も来ないよね」
「うん。今日も貸切だよ」
階段に腰を下ろした彼女の声は、安心と、まだ残る恥じらいが混じっていた。
狭い踊り場だから、お互いの距離が近い。ほんの少し動けば触れてしまう距離。
僕は平静を装っていたけれど、彼女の背筋がわずかに固くなるのがわかった。
彼女が取り出したのは、同じ形の弁当箱を2つ。
「……今日は、私が2人分作ってみたの……」
おずおずと並べられた瞬間、僕は思わず笑みがこぼれる。
「……あのね、一応、同じにしてみたの」
「お揃いってこと?」
「ち、ちが……! そ、そういうんじゃなくて……っ」
慌てて否定しながらも、耳の先まで赤く染まっている。
蓋を開けると、中身もまったく同じだった。
そぼろご飯、黄色い卵焼き、赤いミニトマト。ハート型のニンジンまで。
彼女は視線を逸らして、頬を赤くしながら言った。
「……か、可愛いと思って……切っただけだから……」
「うん、愛妻弁当みたいだよね」
「~~っ……もう、言わないで……!」
ぷいと顔を逸らして箸を伸ばす。
頬を赤く染めながらも、どこか嬉しそうに見えるのは僕の思い込みじゃないだろう。
僕は卵焼きを口に入れる。ふわふわで、ほんのり甘い。
「美味しいよ」
「……ほんとに?」
「うん。しずくちゃんの作るもの、何でも好きだよ」
その瞬間、彼女の箸が止まり、頬が一気に赤くなった。
「……そ、そういうの……ずるい……」
ちょこんと正座した膝の上に、弁当箱を乗せているしずくちゃん。
前に突き出した胸は、まるで屋根のように、その視界を塞いでいる。
胸のせいで前かがみになる姿勢が窮屈そうで、弁当箱はまるで膝と胸のあいだに挟まれているみたいに見えた。
箸を動かすたび、わずかに弁当箱が揺れる。胸に押されるようにして、膝の上でバランスを取り直す仕草がどこか不器用だ。
飲み物を取るときも、胸の前を越えていかなければならず、そのたびに彼女は小さく息を詰めているように見えた。
「……なんか、その……飲み物、胸の上に置けそうだよね」
冗談半分で口にすると、彼女は一瞬固まり、次の瞬間には耳まで真っ赤に染めて弁当箱を抱きしめるように隠した。
「~~っ……も、もうっ……!」
恥ずかしさをごまかすみたいに、しずくちゃんは卵焼きを摘んで僕の方に差し出す。
「……ひと口、食べる?」
「いいの?」
「……う、うん……」
差し出された卵焼きを口に受け取ると、彼女はぷいと横を向いて視線を逸らす。頬までほんのり赤く染まっている。
その仕草が可愛くて、僕もトマトを摘み、彼女の口元へ差し出した。
「はい、あーん」
「っ……! だ、だから……そういうのは……」
そう言いながらも、彼女は小さく口を開いて受け取ってくれた。
トマトを噛む音。頬に広がる赤み。
ただの食事なのに、心臓の鼓動は普段よりずっと速い。
彼女がご飯を口に運ぶたび、胸が少しだけ押し上げられ、ブラウスの布地がきゅっと張る。窮屈そうにしているのに、気丈に何も言わない。
(……直したはずなのに……また、少し危ないな)
僕が思わず視線を逸らすと、彼女がちらりとこちらを見てきた。
「……見すぎじゃない?」
「見てないよ」
「~~~っ……絶対、見てた……」
食事はゆっくり進んでいく。
弁当が空に近づくころ、彼女は小さくため息をついた。
「……やっぱり、ちょっと、苦しいかも……」
彼女はそっと胸元に手を添え、迷うように一度だけ僕の顔をうかがった。
ほんのわずかな沈黙のあと――かち、と。
上から3つ目のボタンが外れる音がした。
「……ここには、私たちしかいないから……」
押し込められていた布地が、ふわりと緩む。
膨らみは抗いようもなく広がり、合わせ目がわずかに開いた。
そこから谷間が覗き、柔らかな陰影が春の光を帯びる。
「……はぁ……やっと、楽になった……」
しずくちゃんは胸元を軽く押さえながら、心からほっとしたように息を吐いた。
安堵の色が濃い。ほんの少しの解放でも、これまでの窮屈さから解き放たれた喜びは大きいのだろう。気持ちはわからなくもない。
彼女は一瞬、僕の存在を忘れてしまったかのようだった。
肩を落として、背中を壁に預ける。深呼吸をするたび、ブラウスの隙間から覗く布地がわずかに上下する。
柔らかな香りが空気に混じり、狭い踊り場は彼女だけの空間のようになった。
僕は息を詰める。視線を逸らそうとするのに、逸らせない。
至近距離で、隠すことなく揺れるその存在感に、ただ見入ってしまう。
やがて、僕の視線に気づいたのだろう。彼女ははっと目を瞬かせ、頬に朱が広がった。
「……ごめん。やっぱり……」
その言葉と同時に、胸元を慌てて寄せ合わせ、外したボタンを探る。
けれど、一度解放してしまった布地は素直に収まらず、指先の動きを押し返すように盛り上がる。
焦れば焦るほど、ボタン穴は見つからず、指先が震えて空を切る。
「……う、うまく……っ……」
囁き声のような呟きとともに、彼女は深呼吸をして、もう一度布地を押さえ込む。
ぐっと胸を寄せ、震える指先で穴を探り――かちり。
ようやく、ボタンが留まった。
解放されていた布地は再び押し込められ、谷間は姿を隠す。
しずくちゃんは両腕で胸元を覆い隠すように抱きしめ、顔をぷいと逸らした。
「……もう……油断して損した……」
その声は拗ねたようで、どこか安心したようでもあった。
耳まで真っ赤に染まりながら、それでも小さな笑みが浮かんでいた。
「ねえ……いいよって言うまで、あっち向いてて」
僕の耳元で悪戯っぽくそう囁くと、小さく頷いて、しずくちゃんに背中を向ける。
数秒の沈黙。
「……うふっ……」
「……もう、いいよ……振り向いて」
振り返ると、しずくちゃんの弾力のある胸の上に、紙パックがちょこんと安定して座る。
小さな笑みを浮かべ、しずくちゃんは、上目遣いでこちらを見つめた。
僕の視線のせいか、顔から火が出るくらい真っ赤になり、身体をくねらせて微妙にバランスを崩す。
その反動で、紙パックはちょんと床に落ちてしまった。
「きゃっ……! もー、だめ……!」
恥ずかしさで両手を胸に当ててぷいと横を向く。
でも、僕はつい笑って言った。
「もう一回、やってみてよ」
耳まで赤くなった彼女は、目をぱちぱちさせながらぷいと顔を背ける。
「もー……っ、そんなこと言ったら、怒るよ……! それに、ダメだよ。食べ物で遊ぶなんて……」
恥ずかしそうに僕を叱るしずくちゃん。
さっきまで紙パックを乗せていたブラウスは仄かに濡れていて、ブラジャーが透けている。
僕は、あえてそれを指摘しなかった。お腹がいっぱいだったから。




