#14 早口になるだけの話
駅前の広場。青空はまぶしいのに、あたしの手のひらはじっとり汗ばんでる。ハンドルネーム・夢姫として、オフラインで待ち合わせをしている。カーディガンの袖を指先でいじってると、ふと誰かの視線を感じた。
視線の先にいたのは──。
白いワンピースに、あたしとおそろいの水色のカーディガン。柔らかそうな黒髪のまとめ方がちょっとだけラフで、でも清楚。彼女がリリーさんかな?……本名はまだ聞いてないけど。
その子が、すごくぎこちない足取りで近づいてきて、か細い声で言った。
「……あのっ、夢姫……さん……ですか?」
(あ、かわいい……)
思わず口元がゆるんだ。
「あっ……! もしかして、リリーさん……?」
こくんと頷く仕草が、まるで漫画の女の子みたいで。柔らかそうな頬に、ほんのり赤みが差している。
でも──
(えっ、なにこの子……めっちゃ胸ある……)
正面から見たとき、一瞬でわかった。最初に目に入ったのは――圧倒的な胸だった。
白いノースリーブのワンピースの上からでも、明らかに形が分かるほどの大きさで、思わず二度見してしまった。動くたびにふわりと揺れて、まるで服の生地が引っ張られているみたいにパツンとしていて……隠すように羽織っている青いカーディガンも、逆に目立たせてしまっている気がする。本人はきっと、それに気づいていて、肩をすぼめて歩いている姿がどこか不自然だった。なんとか視線を逸らそうと、こっちまで気を使ってしまうくらい。
でも、次の瞬間、胸元から上に視線を移して──ちょっと混乱した。
顔が、まるで小学生みたいだったから。小さくて、丸くて、色白で、つるんとした幼い輪郭。ぱっちりした二重の茶色い目が、少し不安そうにきょろきょろと周りを見ていて、どこからどう見ても“子ども”に見えるその顔が、さっきまで目にしていた体つきと全然噛み合っていなくて。
まるで少女に大人の身体が、そのままくっついてしまったような違和感。でも、不思議と嫌な感じはなくて、むしろ儚いっていうか……見ていると、なぜか目が離せなくなる。
あのギャップを、武器だとわかってないんだろうな。恥ずかしそうにうつむく姿が、それを物語っていた。
(……J〜Kはあるのでは?……いや、まさかね……)
なんて、失礼なこと思ってしまったけど。いやでも、ほんとにすごい。二次元かと思った。でもご本人は、どうやらそれをかなり気にしているらしくて──
カーディガンの前をそっと引き寄せたり、視線を落としたり、腕をぎゅっと閉じたり。そういう仕草がいちいちぎこちなくて、逆に目立ってしまってる。
(気にしてるの、かわいい……っていうか、わかる。視線集まりそうだもん、これ)
あたしがふわっと笑うと、彼女も緊張した笑みを返してくれて、それだけで少し救われた。
「会えてうれしいです。思ってたより、全然怖くなかった……」
「えっ、わたし、怖そうに見えました……?」
「いえいえ、違います違います! なんかこう……文体とか、とんでもない限界オタクの方だったらどうしようって……」
「でも、それはお互い様ですよ? あたしもめちゃくちゃ緊張してました」
嘘じゃない。このカーディガン、何回着替えたか数えてないし、爪の色も2回塗り直したし。
「……あの、場所、移動しませんか? 立ち話もあれですし」
「はい、ぜひ……!」
そう言って歩き出したとき、あたしの心臓も実はずっとバクバクしてた。でも、その緊張が不思議と、心地いい。駅から少し離れた場所に、前に下見しておいた小さなカフェがある。静かで、テラス席もあって、照明も優しい。創作の話をするなら、ここがいいと思って。
(というか、胸が……! 視界に……入る……)
並ぶとやっぱり目立つ、彼女のスタイル。横目で見ないように、でも自然に歩こうとすると、逆にぎこちなくなる。無意識に自分の胸元を見る。ちゃんと谷間もあるし、普通に悪くないと思ってたのに。隣にいるだけで、女として妙に自信を揺さぶられる感じ。
カフェの入口で、彼女がちょっとだけドアを押さえてくれた。小さな気遣いに、なんか胸があったかくなる。
店内はそこまで混んでなくて、窓際の二人席に案内された。対面に座って、メニューを見ながらも、どこかそわそわしてる空気が伝わってくる。
(この子……本当に、文章書く人なんだな)
「……あの、改めまして」
彼女が、ふっと背筋を伸ばす。ワンピースの胸元が、少しだけ上下に動いたのを見て、また目線を逸らす。
「創作SNSでは“ドロップリリー”で活動してます。……本名は、園宮しずく、って言います」
しずくちゃん。ああ、名前までぴったりだ。水音みたいな声で、恥ずかしそうに言ったその名前。あたしは、ちゃんと目を見て、微笑んだ。
「あたしは、“夢姫”ってハンドルネームでやってるけど……本名は、姫月みゆ。姫に、月に、美しい夢って書きます」
しずくちゃんは、小さく「きれい……」って呟いた。それを聞いた瞬間、ちょっとだけ頬が熱くなる。
(なにこの子……ほんとに、素直でかわいいんだけど……)
でも、しずくちゃんのほうがもっと顔を赤くしてる。たぶん、胸元を意識してるせい。いや、絶対そう。カーディガンの前をまたぎゅっと握って、上体を少し前に倒してる。
(苦しいだろうに……一生懸命、隠そうとしてる)
ふっと、彼女が見た目以上にずっと繊細で、自意識の強い子なんだってわかった気がした。
「しずくちゃん」
名前を呼んでみると、彼女はぱっと顔を上げた。
「今日は来てくれてありがとう。会えてよかったです」
「……っ、あ、はいっ……! こちらこそ……!」
照れたように笑う彼女を見て、あたしはこの出会いが、きっと何かを変えていくって──
そんな予感を、強く感じていた。
しずくちゃんと話していると、時間が経つのが本当にあっという間だった。
創作の話から、普段の生活の話、そして──
「しずくちゃんは、今いちばん好きな作品って何?」って、何気なく訊いた瞬間だった。
「えっ──い、今……ですか……!? えっと、えっと……!」
しずくちゃんの表情が一気に変わる。さっきまでほんのり上気していた頬が、さらに真っ赤になって、でも目だけが妙に真剣。あ、これは──あたしは察した。この子、語り出すと止まらないタイプだ。
「えっと……あの……あるんですけど、ちょっと変かも、というか……」
「変じゃないと思うよ、たぶん。教えて?」
「えっ……ほんとに? あの、引かないですか……?」
「うん。約束する」
そう言うと、しずくちゃんは一度深く息を吸って、口を開いた。
「えっと……『お互いに好きって言わないと出られない部屋に閉じ込められたけど、アイツが恥ずかしがって口に出さないからずっと2人きりな件』っていう作品があって……!」
「……っ、なが……」
思わず笑いかけたけど、それよりもしずくちゃんが急に早口になって、まるでスイッチが入ったみたいに語り出したから、つい聞き入ってしまった。
「連載中のラノベなんですけど、ヒロインの女の子はずっと前から相手のことが好きで、でも友情壊したくなくてずっと黙ってたんですよ。でも、閉じ込められたのを機に告白するチャンスが来るのに、相手の子も頑固で全然言わなくて、でも態度ではめちゃくちゃ優しいっていうか、もう、お互い好意ダダ漏れなのに言葉だけが足りなくて……それがもう、もどかしくて最高で……!」
しずくちゃんの目がきらきらして、息をするのも忘れてるんじゃないかってくらい、夢中で喋っている。
「あと、お互いが言わなくても通じてるって思ってるけど、それが逆に足かせになってて、誰かが明確に好きって言わない限り部屋は開かない、ってルールが本当に絶妙で……! で、好きって伝えたら伝えたで、その部屋から出ることになっちゃうので、もう2人っきりで居られなくなる可能性もあるんですよ……!」
「うんうん……」
「で、結局、最後の最後で『ずっと好きだったんだよ』って怒鳴るように言うんですけど、その瞬間、ドアが開く音がして。でも、出る前にもう一回抱き合って、出られるのにすぐには出ないっていう選択するのが、ほんっとうに最高で……!」
……そして、しずくちゃんは突然、ぴたっと喋るのを止めた。
「……っっっ……い、今の、聞かなかったことに……してください……」
真っ赤になって、顔を覆うしずくちゃん。
「……誰にも、こういう話したことなくて……というか、こんなに早口で語ったの、人生で初めてかもしれないです……死ぬほど恥ずかしい……」
彼女の声が、カップの縁にすべり落ちるみたいに小さくなる。あたしは、胸がきゅっとなるのを感じた。……わかる。好きなものを好きって話すのって、怖いよね。
だから、迷わず言葉を返した。
「あたしもだよ」
「……え?」
「“こういう話できる人いない”って思ってたの、あたしも一緒。だから、しずくちゃんがそうやって話してくれたの、すごく嬉しかった」
そう言って笑うと、しずくちゃんは目を瞬かせて ──
「……みゆさんも、そうだったんですね……」
「うん。創作の話とか、推しの話とか、“好き”って言うだけで、ちょっと勇気いるもんね。でも、その“好き”を聞けるのって、あたしにとっては一番嬉しいことなんだ」
しずくは一度俯いて、でもすぐに顔を上げて、小さく笑った。
「……よかった……じゃあ、もうちょっとだけ語ってもいいですか?」
「もちろん。むしろ、どんどん聞きたい」
そう言ったあたしに、しずくちゃんは目を輝かせながら、でもちょっと照れたように、続きを話し始めた。
「じつは……さっきの作品のヒロイン、すごく好きで……。名前が里衣っていうんですけど、あの子がほんっとうに、魅力的で……!」
ふっと空気が変わる。目の奥に熱が宿るような、語り出すと止まらない人の表情。
しずくちゃんの声が、また少しずつ加速しはじめる。
「まず、ツンツンしてるくせに、好きな人に褒められるとすぐ“はぁ!? そ、そんなんで喜ぶわけないでしょ!?”って言いながら耳まで真っ赤になるんです。で、相手がちょっと距離詰めると、“ちょっ……な、なに近づいてきてんのよバカ!”って、ツン全開になるのに──その後、ひとりで膝抱えて『……近かった……やばかった……』って真っ赤になって悶えてるんです! 可愛い……! ほんとに……可愛い……!」
「それで、すごくスタイルが良くて、胸もめちゃくちゃ大きいんですけど──本人はそれを全力で否定するんです。“べ、別に目立ちたいわけじゃないし!”とか言って、ぎゅっと胸元隠すんですけど、閉じ込められた部屋の狭さもあって、そういう動きが逆に目立っちゃってて……! もう、こっちは『いや、めちゃくちゃ目立ってるから!』ってツッコミたくなるんですけど、それがまた最高なんですよ……!……表情とか……ほんと尊くて……」
「しかも、根はすごく真面目で、ちょっとした気遣いとかもしてくれるんです。でもそういうのを“別にあんたのためじゃないんだからね”って言って済ませちゃうところが、もう……もう……ほんと……!」
しずくちゃんが手を握りしめて、テーブルの端でぷるぷるしている。語彙が若干崩壊しかけている。だが、それがいい。目の前のしずくちゃんと、ネット上のドロップリリーさんが重なり合う。
「で、好きな人の前では一生懸命“平常心”保とうとするんですけど、毎回失敗して“な、なによその目は!”ってキレるんですよ。で、そのあと“……見てたなら言ってくれればいいじゃん……”ってボソッと呟くんです。あのツンデレ特有の“強がってるのに、漏れる本音”が……たまらなくて……!」
(──だいぶ語ってる。自分で気づいてないのかな)
しずくちゃんの手がぎゅっと握られて、テンションが明らかに高くなってるのが伝わる。
その姿は、もう“オタク特有の語りスイッチが入った状態”そのもので、聞いてるこちらもつられて楽しくなってくる。
「……しかも、あのツンツンしながらも視線そらしたり、動揺してちょっと手が震えてる描写とか……ほんと、たまらなくて……!」
「うんうん……」
私が笑顔で相槌を打つと、しずくちゃんがふと「あっ」と声を上げた。
「……そうだ、見ますか……? あの、里衣ちゃんの……ビジュアル」
「えっ、あるの? 見たい見たい」
しずくちゃんはカバンからスマホを取り出して、操作に少し手間取りながらも、画像を開いて画面をこちらに向けてきた。
「これが……里衣ちゃんです……!」
画面に映っていたのは、制服姿の美少女キャラ。明るい茶髪のセミロング、どこか気が強そうなつり目で、腕を組んでツンとした表情をしている。でも──視線はほんの少し泳いでいて、頬はかすかに染まっている。そして、制服のシャツの上からでも分かる、しっかりとした胸のライン。
「ほら、この微妙に拗ねた顔! “別に好きとかじゃないし!”って言いながら、絶対内心ぐるぐるしてるやつなんです……! あと、制服のリボン、ちょっとだけ緩めてるのとか……ほんともう……あざとい……!」
しずくちゃんは画面を見つめながら、また少し熱っぽく語り出す。
「あとこれ、公式絵なんですけど、制服のボタンがぱつんってしてるのリアルすぎて、これ絶対、作画班が狙ってますよね……? “強がりツンデレ巨乳”って概念に対する理解が深すぎて、もう……!」
(なるほど、里衣ちゃん、たしかに可愛い……そして──)
私はスマホの画面から視線を上げて、目の前のしずくちゃんを見る。
座っているせいか、さっきより胸元のラインが強調されているように感じた。カーディガンの前を控えめに閉じてるけど、その下には──いや、言葉にするのがためらわれるくらい、圧倒的な存在感。
──で、口をついて出た。
「……でもさ」
「えっ?」
「どう見ても、その里衣ちゃんより、しずくちゃんの方が……大きいよね?」
「え、い、いやいやっ!? え!? ええっ!? な、なに言ってるんですか!? わ、私とあの子はちが……!!」
「いやいや、違わないでしょ? 恥ずかしがりなところも、スタイルも──語ってること、ほぼ自画像じゃん」
「い、いじわる……! そ、そういうの……ほんと……やめ……死にます……ほんとに……!」
(もう、あまりにド直球すぎて、自爆してる……かわいすぎる)
「ご、ごめんごめん! でもね? その“自分では気づいてないけど、実はめちゃくちゃ魅力的な子”ってとこまで、含めて里衣ちゃんに似てるって思ったんだよ。……褒めてるんだよ?」
「む、むり……そ、そういう言い方……ずるいです……」
両手で顔を覆って、しずくちゃんは身を縮こまらせる。そんな彼女を見て、なぜか無性に、この子の“恥ずかしい”を引き出したくなった。私はにやっと笑って、さらに追撃をかける。
「……ていうかさ、しずくちゃんの作品の描写、やたらと胸にリアリティありすぎじゃない? “ぱつん”っていう表現とか、ボタンがどうこうとか……もう完全に実体験ベースで書いてるよね?」
「っっっっっ……!?!?!?」
しずくちゃんの肩が、びくんと跳ねた。顔から火が出そうなくらい真っ赤になって、指先までぴくぴくしてる。
「ち、ちがっ……! そ、それは……た、たまたま、たまたまです……っ! たまたま……観察力が、ちょっとだけ、あるだけで……っ」
「はいはい、“たまたま”ね。でもさ? あの“動くたびに揺れて服が引っ張られる感じ”とか、まんま今のしずくちゃんじゃん?」
「む、無理ぃぃぃ……っっ! ほんと……ほんとに……この会話、あとで記憶消してもらわないと、生きていけない……!」
しずくちゃんは、文字通りテーブルに伏せそうな勢いで顔を覆って震えていた。
ちょっとイジワルしすぎたかもしれない。私は笑ったまま、ほんの少し優しい声で言う。
「……でもね、そこまでリアルに書けるのって、しずくちゃんがちゃんと“自分自身”を観察してるからだと思う。コンプレックスだって、ちゃんと魅力に変えて書いてるんだよ。だから、もっと胸を張っていいと思う」
「……っ、そ、そんなことしたら……ボタンが飛んじゃいます……」
「いや、比喩……っ!」
つい吹き出してしまったけど、しずくちゃんは本気で恥ずかしそうに胸元を押さえてる。もしかして、マジでボタン飛ばしたことあるのかもしれない。だとしたら、それはそれで──
(……リアリティ、やっぱ実体験じゃん……)
でも、今はツッコまなかった。赤くなりながらも、まっすぐこちらを見たしずくちゃんの目が、ほんの少しだけ誇らしげだったから。
「ていうかさ」
「……はい?」
「もう“胸の描写が実体験”って前提で話進めるけど、今思えば、そこだけ“創作”っていうより“日記”じゃん?」
「や、やだ……もうっ……」
顔を覆って小さくうずくまるしずくちゃん。
でもみゆは、笑いながらも、ふと真剣な顔になる。
「でもさ」
「……え?」
「そうやって、自分の“恥ずかしい”をちゃんと物語に落とし込んで、しかも読んだ人に“可愛い”って思わせるの、すごいことだと思うんだよね」
「……」
「恥ずかしいからって、普通は隠しちゃうじゃん。なかったことにしたり、無理して気にしてないふりしたり。でもしずくちゃんは、恥ずかしいって思ってるのに、それを創作の中に落とし込めて、ちゃんと魅力に変えてる。……それって、すごい才能だと思うよ」
「そ、そんな……大げさです……」
「いやいや、ほんとだよ。あれってさ、自分のコンプレックスとか、言葉にするのも怖い感情とか、全部ひっくるめて昇華してるんでしょ? ……そういうの、できる人って限られてる」
「わたしはただ、好きなものを……」
「そう。好きなものを“好き”って言うだけでも勇気いるのに、それを物語にできてる。もうね、現代の太宰治みたいなところあるよ」
「たっ……太宰治!? む、むりですっそんな、文豪と並べられるなんて……!」
「でもさ? “恥ずかしい”を、“恥ずかしいまま”人の心を動かす表現にできる人って、なかなかいないんだよ。太宰の『恥の多い生涯を送ってきました』に共感する人っていっぱいいるでしょ? しずくちゃんの創作にも、それと同じ強さがあると思う」
「……そっか……恥ずかしいのって、悪いことじゃないんですね……」
──で、しずくちゃんがようやく落ち着いた頃。
「……あの、もしよかったら……なんですけど……」
「うん?」
「よ、よかったら……連絡先……交換……しませんか……?」
(──来た)
どきん、と心臓が跳ねる。思ったよりずっと、嬉しかった。
「もちろん。こっちこそ、もっとお話したいなって思ってたし。……これ」
「えっと、じゃあ……わたしの、IDが……」
近づいたとき、肩がちょっとだけ触れた。しずくちゃんがびくっとして、すぐに目を逸らす。そっと、カップの影で口元を隠したその顔は、さっきとはまた違う意味で赤くて。
鼓動が、またひとつ跳ねたのは──あたしの方だった。
カフェのざわめきの中、二人の声はすこしずつ近づいて、ティーカップの音も忘れてしまうくらい、夢中で、静かな好きが交わされていった。
「ねえ、みゆさんは……なんか、どういう作品が好きですか?」
その質問に、心臓がふっと跳ねた。さっきのしずくちゃんの早口を思い出して、ふふっと笑う。
「うん、ある。めちゃくちゃある。ていうか、それ聞かれるとオタクスイッチ入っちゃうかもだけど、いい?」
「もちろんです。……むしろ聞きたいです」
そう言ってくれるのが、なんだかすごく嬉しくて。
「じゃあ……ちょっと恥ずかしいんだけど……」
カップを置いて、背筋を伸ばす。
「私、ストーリーももちろん大好きなんだけど……どっちかというと、キャラ萌えの豚なんだよね」
「……キャラ萌えの、豚?」
「そう。だからこそ夢小説メインなんだけど、とくに、“恥ずかしがりやの巨乳お嬢様”に、めちゃくちゃ弱いの。こう、見た目はきれいで上品で、言動もしっかりしてるのに──恋愛とか感情の話になると途端にポンコツになるタイプ? 顔真っ赤にして、耳まで染まっちゃって、喋れなくなっちゃうような……ああもう、も〜〜〜〜尊すぎて……! 尊い……尊すぎて逆に罪……みたいな……」
「しかもね、ちゃんと育ちがいいから下品にならないのよ。“はしたないですわ!”とか言って胸隠すけど、その仕草すら清楚で可愛くて……! しかも、しかも、庶民とか従者ポジの子にちょっと優しくされたらすぐ心が乱されて、“こ、これは気の迷いですわ……”って震えるの……! でも自分の中の気持ちに気づいちゃってからはもう、だめ。内心で“好き”が止まらなくて、でも絶対言えないの。だから拗らせて遠回りするし、誤解もされるし、それでも最後まで不器用にがんばる姿が……ああ……ほんっともう……あたし、ああいうキャラのために生きてる……。ここからしか摂取できない栄養があると思う」
──気づいたら、息継ぎもせずに喋りきっていた。
(……やったわ、しっかりオタク特有の早口で自爆。終わった……)
自分で言ってて、ほんのり汗をかくほど熱を持っていた。ふと、向かいにいるしずくちゃんを見る。
品のある白いワンピースの胸元には、作中でモデルにしさであろう立体裁断のカーディガン。そこに収まっているのは、あたしがこれまでどんな二次元キャラにも重ねてきた「理想」そのものの立派すぎるサイズの胸。
話すたび、頬を赤らめて、時々うつむくように視線をそらすその仕草。でも、創作や作品の話になると、内側から情熱が溢れて止まらなくなるところ。初対面なのに、もう一度会いたいと思ってしまうような、温かくて、でもどこか不器用な優しさ。
(……やば)
思わず、心の中で声が漏れた。
(まって、しずくちゃん、タイプすぎない……?)
さっきの語り、あたしが好きなキャラ像。それ、完全に目の前に実在してるんだけど……?
何気なくそらした視線の先、カーディガンの胸元を押さえるしずくちゃんの指先が、かすかに震えていた。
「……あの、大丈夫ですか……? 急に黙っちゃって……」
「う、うん! ごめん、ちょっと今、自分が語った内容と現実がリンクしすぎて、軽く混乱してた」
「え……?」
「いや……なんでもない。……なんでもないけど、ひとつだけ言っていい?」
「……はい?」
「しずくちゃん、めちゃくちゃ尊い……」
「はっ、はいぃ!?!?!?!?」
しずくちゃんの顔が、さっきの早口のとき以上に真っ赤になった。
(ああ、無理……好き……タイプすぎる……)




