#13 会うだけの話
舞踏会の後、二人きりになった控えの間で──
お嬢様が「女の子同士でも、愛しては駄目かしら」と呟く。
従者は驚きながらも、「誰よりも大切に思っています」と答える。
お嬢様がそっと従者の手を握る。
「あなたの存在は、私にとって誇りなの」
***
それは、お嬢様が庶民の女の子に惹かれる話だった。夢姫さんの新作SSのページをスクロールするたび、私・園宮しずくの胸はくすぐられるように高鳴った。
(……女の子同士の、こういう距離感……わかる。好きって言わないけど、伝わる感じ……)
読み進めるうちに、まるで自分が従者の立場になったみたいで、気づけば枕をぎゅっと抱きしめていた。
(……なんで、あの人の顔が浮かんじゃうの……)
小さな声が、夜の静けさに溶けていった。スマホを伏せて、枕に顔を埋める。
深呼吸をしてから、思い切ってスマホを開き直した。夢姫さんの新作ページの下、コメント欄に指を伸ばす。
『新作、拝読しました。お嬢様と従者の距離感がとても素敵で……特に最後の手を握る場面、胸がぎゅっとしました。明日お会いするのが、ますます楽しみになりました!』
送信ボタンを押した瞬間、心臓が跳ねた。
それが、昨日の夜。
***
駅前の広場に着いた瞬間、私は足を止めた。目の前に、私とほとんど同じカーディガンを着た女の人が立っていたから。
(……あ、たぶん……夢姫さん……)
一気に心臓の音が速くなる。想像より、ずっと小柄で、でも、存在感がある女性だった。カーディガンの下からちらりと見える、ギャルっぽい派手めなトップス。長いネイルに、ゆるく巻かれた明るめの金髪。肌はつやつやしてて、目元のメイクもばっちり決まっている。
でも、不思議と「きつい感じ」はなくて、むしろ、どこか柔らかい雰囲気をまとっていた。
(背、小さい……え、私と同じくらい……? でも私よりずっと細い……)
華奢というより、「コンパクト」って言葉がぴったりで。細い腰、華奢な手足、それでいてお尻や胸のラインがちゃんと女性らしいのが、また目を引く。
(同じカーディガン……わかってたのに、いざ並ぶと、なんか……恥ずかしい……)
まるで、あかぬけ動画のビフォーアフターみたい。わざわざ注釈を入れるまでもなく、私が「ビフォー」だ。仮に私がアフター側に出てきても、「オチで草w」とか言われちゃう。
……こういうネットのノリみたいなのって、リアルでは出さないほうがいいのかな?
思わず柱の陰に隠れて、スマホの画面を見つめる。「もう着いてます」のメッセージを打ちかけて、消す。いや、もう目の前にいるんだし……。
でも、声かけるのって、なんでこんなに勇気がいるんだろう。
(このまま帰っちゃいたい……でも……)
自分で会おうって決めたのに。楽しみにしてたのに。逃げたら、絶対後悔する。
一歩踏み出す。もう一歩。息を吸って、声を出す準備をする。
でも、名前を呼ぼうとして、一瞬躊躇う。
(ゆ、夢姫さんって……呼ぶの……? ハンドルネームって、リアルで呼ぶと変な感じ……!)
もう恥ずかしすぎて、逆に開き直ってしまいそうだった。
「……あのっ、夢姫……さん……ですか?」
ようやく声が出た瞬間、女の人がぱっと顔を上げた。
「あっ……! もしかして、リリーさん……?」
そう言って微笑んだその顔は、柔らかくて、どこかあたたかかった。
(……あ、笑ってくれてる……よかった……)
体の奥にぎゅっと詰まっていた空気が、ふっと抜ける。さっきまで耳の奥で鳴っていた心臓の音が、すうっと静まっていくのが自分でもわかる。
(でも、やっぱり……並んでみたら、余計……!)
私と同じ色のカーディガンを着ていて、だから余計に自分の胸が目立つ。緊張と羞恥で、顔が熱くなる。カーディガンの前をそっと引き寄せて、無意識に胸元を隠した。
「会えてうれしいです。思ってたより、全然怖くなかった……」
「えっ、あたし、怖そうに見えました……?」
「いえいえ、違います違います! なんかこう……文体とか、とんでもない限界オタクの方だったらどうしようって……」
「でも、それはお互い様ですよ? あたしもめちゃくちゃ緊張してました」
夢姫さんが少し照れたように笑って、少しだけ肩の力が抜けた。
「……あの、場所、移動しませんか? 立ち話もあれですし」
「はい、ぜひ……!」
そして私たちは、駅前から少し離れた静かなカフェへ向かうことにした。




