#12 服を選ぶだけの話
夏の朝。窓から差し込む陽射しが、カーテンを透かして部屋を明るく照らしている。しずくちゃんは鏡の前に立ち、クローゼットの中から夏服を取り出す。鏡の前に立ち、何度も服を替える。髪をかき上げて、首元を少し直す。
「うーん……やっぱりこれかな……」
ひとつの服を決めるたびに、鏡の前でポーズを取る。まるで、自分を一番可愛く見せる方法を必死で研究しているかのようだった。
「すごい気合い入ってるね」
「だ、だって……初めて会う人なんだよ? 今までネット上でしかやり取りをしてなかったから……」
「うん、でも別にデートってわけじゃないでしょ?」
「そうだけど……デートじゃないけど……初めての人に会うって、なんかそれくらい緊張するよ」
「ふーん……」
なんとなく気のない返事をしてしまった。しずくちゃんは僕と出かけるとき以上に真剣で、ちょっとだけ胸の奥がざわついていたから。
「ね、これ……このノースリーブワンピ、どう思う?」
「んー、いいんじゃない? 夏っぽいし、涼しそう」
「……変じゃない?」
「全然。むしろ、しずくちゃんっぽいよ」
しずくちゃんは、鏡の前でくるりと一回転してみせる。ウエスト部分に入ったタックが、自然にくびれを作っていて、ふわりと広がるスカートとのコントラストが女性らしさを際立たせていた。
「……こういうシルエット、あんまり着たことなくて……」
「でも、似合ってるよ。ウエストのあたりが締まってて、スタイルよく見える」
「……だからそれが、逆に恥ずかしいの……」
そう言って、彼女はそっとお腹のあたりを手で押さえる。タックがつくる柔らかなラインに、意識が集中してしまっているようだった。ただでさえ目立つ胸が、これでもかと強調される。
「……ほんとに、今日はちょっと頑張ってるの。だから、変じゃないか気になって」
「うん、伝わってるよ。似合ってるし、きっと印象良いと思う」
「……ほんと?」
「本当。何なら、僕とのデートのときにも着てほしい」
「な、ななな、なに言って……!!」
顔を真っ赤にして、慌てて両手で胸元を隠すしずくちゃん。
「しいて言えば……ちょっとだけ、脇からストラップ見えてるかも」
「えっ……うそ、本当に!?」
「いや、ごめん。見えたっていうか、チラッと……でも気にするほどじゃ」
「……気にするに決まってるじゃん、もう……!」
瞬間、顔が真っ赤になるしずくちゃん。肩に力が入って、思わず腕をぎゅっと閉じた。
「やだ、もう……これ、外で動いたら……絶対、見えちゃう……」
何度か腕を上げ下げしてみる。そのたび、脇のあたりからレースがひらりと覗く。
(やっぱりこのサイズだと、脇も布が足りないんだ……)
「今日は……どんなに暑くても、このカーディガン、脱がない……!」
そう言って、しずくちゃんは白のノースリーブワンピに、ライトブルーのカーディガンを軽く羽織った。夏らしく爽やかで、清楚な雰囲気が彼女にぴったりだった。
唇を噛んで、両手でカーディガンの前をぎゅっと握る。その動きのせいで、逆にシルエットが強調されてしまっていて。僕は視線を逸らしながら、わざとらしく咳払いをひとつ。
「……うん、これなら……」
そう呟きながら、鏡に向かってそっと髪を整えるしずくちゃん。少しだけ耳を出すように結んだポニーテールが、涼しげで可愛らしい。
「そんなに緊張してるの?」
「……だ、だって、初めて会うんだよ……? 変に思われたくないし……!」
「大丈夫だって。ちゃんと可愛いよ、しずくちゃん。……というか、だいたい何着ても胸のあたり、目立つし」
「~~~っっ!! もぉ~~~~!! それ言っちゃだめでしょ!! バカっ!」
ぷしゅ~~っと音が聞こえそうなくらい、顔を真っ赤にしながら、しずくちゃんはソファのクッションに顔を埋めた。
「やだ……なんで朝からそんな恥ずかしいこと言われなきゃいけないの……」
「いや、褒めてるんだけどな……」
「褒め方ってあるでしょっ!! ……もう、行きたくなくなってきた……」
「嘘だ。鏡の前で5回くらい“これなら大丈夫”って言ってたの、知ってるし」
「う……そ、それは……確認しただけだもん……!!」
しずくちゃんは、クッションに顔を埋めたまま、足をばたばたとさせている。
その様子が可愛すぎて、つい笑ってしまった。
「……もう、ほんとにやだ……会ったこともない人に会うのに……なんで一番恥ずかしいの、家の中なんだろ……」
「じゃあ、外ではちゃんと可愛いしずくちゃんでいてね」
「……っ、そ、それはもう……がんばるもん……」
少し顔を赤くしながらもしずくちゃんは、小さく拳を握って気合を入れる。
そんな姿を見ていたら、なんとなく口をついて出た。
「……ハンカチ、持った?」
「……遠足じゃないんだから!」
すかさず鋭いツッコミ。でも、その声には緊張が少しだけ解けたような、そんな余裕が混じっていた。
「だってさ、今日って大事な日でしょ? 僕はけっこう心配してるんだから」
「……なにが心配なの?」
「いや……その……ネット上の人と会うって、初めてなわけでしょ? 一応、世の中にはネカマって呼ばれる人もいてさ……」
「ぶっ!」
しずくちゃんは吹き出した。
「ネカマは夢小説なんて書かないから!!」
「えっ……夢小説……?」
「~~~~~っっっ!!!」
一瞬で顔が真っ赤になるしずくちゃん。自分で言ってしまったと気づいて、目を見開き、口元を両手で覆う。
「あっ、ちがっ、ちがっ……いまのは、その……!!」
「夢小説って、なんだっけ? 二次創作でキャラと恋愛するやつ……?」
「~~~~~~!!! 言わないでっ!! いまそれ言わないでっっ!!」
「……ってことは、今日会う人って、そういう趣味の……」
「わーーーっ!! 聞こえなーーい!! 聞こえない聞こえないっ!!」
クッションで耳を塞ぎながら、全力で逃げるしずくちゃん。その後ろ姿が、なんだか小動物みたいで、思わず笑ってしまう。
「……まぁ、でも、いいんじゃない? 秘密の趣味、共有できる友達ができるのって、羨ましいよ」
「秘密のままにしておきたかったんだよ~~……!」
「大丈夫、僕はどこにも言わない。……しずくちゃん、そういうの好きそうだなって、なんとなく思ってたし」
「……っ、それ、どういう意味……」
「ライトノベルとか好きだし、意外とムッツリなところもあるし、つまり『解釈一致』ってことだよ」
「やかましいよっ!! もぉ~~~~~っ!!!」
再び顔をクッションに埋めて、ばたばたと足を動かすしずくちゃん。でもその背中は、さっきよりも少しだけ軽やかに見えた。
「ねえ」
「帰ったら、ちゃんと感想聞いてね。話したいこと、いっぱいあるかも」
「うん、楽しみにしてる」
彼女の背中にそう返したとき、不思議なことに、胸のざわつきが少しだけ和らいだ気がした。




