#11 書くだけの話
夏の夜。自室のカーテンの向こうでは、虫たちが静かに鳴いている。家の中は静かで、聞こえるのはキーボードを打つ音だけ。内容は二次創作の百合SS。机の上にはノートパソコンと、飲みかけの抹茶ラテ。
画面に映っているのは、誰にも見せたことのない、もうひとりの私。
***
『私たち、お揃い、だね──』
カフェの窓際の席で、カーディガンを羽織る生徒会長と、彼女に憧れを抱く後輩の女の子。放課後、人気のないカフェで並んで座り、そっと袖を重ねる。
お揃いの服装だからこそ、その体格差が強調される。バストを自然に包み込む立体裁断のカーディガンが、生徒会長の豊かな胸と引き締まったウエストを包み込む。
***
しずくちゃんはそこまで書き、手を止めた。顔が熱くなるのを自分でも感じる。
(店員さん、普通に説明してただけなのに……それを私、文字にしちゃってる……)
頬を両手で覆い、椅子の上でちいさく縮こまる。でも、思いのほかスラスラと続きが書ける自分に気づき、さらに赤面する。
妄想や二次創作を趣味にしているのは、私だけの秘密。同居の恋人や使用人でさえ知らない「もう一人の私」が、ここにいる。
投稿前に、もう一度画面を見直す。「豊かな胸」「大きな胸」……似た表現が並び、単調に見える。気になると止まらない。
指先はつい「類語 胸 大きい」と検索しかける。
(だ、駄目……! こんなこと検索してどうするの……っ)
そう思いつつも、検索してしまうしずくちゃん。画面に浮かぶ候補を眺めているうちに、「胸のボタン外れかけてたよ」なんて囁かれたときの、あの羞恥が一気に蘇る。自分の胸に向けられた「巨乳」「たわわ」という言葉たちが、頭の中で何度もリフレインする。
「……っ~~~」
顔を覆って悶絶したあと、ようやくひとつだけ「これなら自然かも」と思える表現を見つける。納得はしたのに、頬は熱くなったまま。書いた本人がここまで赤面しているなんて、読者はきっと想像もしないだろう。
投稿ボタンをクリックして、しずくちゃんは小さくため息をついた。
(……うわあ……やっちゃった……公開しちゃった……読まれちゃう……っ)
でも、同時にどこかでワクワクしている自分もいる。ハンドルネーム「ドロップリリー」名義で活動を始めて、もうすぐ1年。創作SNSでは地味に読者も増えてきて、「毎回楽しみにしてます」とコメントしてくれる人もいる。
数分後、通知が鳴る。
『リリーさんの新作、すごく良かったです!』
『袖を重ねる描写が繊細でキュンとしました』
(……キュン……って……)
読まれてる。あの、恥ずかしい自分の体験が、誰かに伝わってる。でも、否定じゃない。恥ずかしいけど、嬉しい。
『読んでくださって、ありがとうございます……!』
『実はちょっと……実体験も混ぜていて……』
送ってしまってから、顔を真っ赤にして、膝の上に頭を乗せる。
(……ばか、私……なんで、そんなこと言っちゃうの……)
でも、また通知。それは創作仲間の「夢姫」さんからだった。ネット上のやり取りだけだけれど、友人と呼べるような関係だった。彼女の作品は、その名前の通り「夢小説」というジャンルが多い。
『新作読みました! あの空気感、尊すぎて……。カーディガンのディテールがガチすぎておもわず「これは現地民」って思っちゃいました』
『わ……ありがとうございます……! そんなふうに言ってもらえるなんて……。ちょっと、実体験も混ざっていて、恥ずかしかったんですが……書きながら「やめろ私w」って思ってました』
『ああ、やっぱり……。日常の感覚がとても丁寧で、本当にあったのかもって思えるリアルさがありました。だからこそ、キャラクターの仕草や言葉が、ちゃんと心に響いたんだと思います』
『うう、嬉しいけど……ちょっと穴に入りたいです……笑。本当は誰にも言うつもりなかったんですけど……夢姫さんには、つい(意味深)』
『そういう内緒話、嬉しいです。私も、日常をもとに書くこと多いですよ。たとえば、今日の一緒にカーディガンを買うシーンなんか、読んでて「もしかして新百合ヶ丘駅の近くかな?」って思っちゃいました』
『えっ……!? たぶん、そう……かもです……!?』
『ぎゃーっっっ!? マ? マ?? 私、その近くに住んでるんですよ。駅で言うと、小田急線の向ヶ丘遊園駅』
『……ま、待ってください。それ、わたしの最寄りにも結構近いです……!?』
『ええっ……!? すごい……ガチ現地民じゃないですか……! なんか、すごく不思議ですね……画面の向こうにいた人が、急に隣に座ってるみたいな』
『そんなこと言わないでくださいっ……! うそ……これって運命……運命なのでは……??(唐突なポエム)』
『ふふ、じゃあ今度、現地調査とかご一緒しましょうか? 同じカーディガンを着たふたりの、続きを書くために(笑)』
『や、やめてくださいってば……! でも……ちょっと、楽しそうかも。……いいんですか? わたしなんかと』
『もちろんです! 同士と直接お話できる機会なんて、なかなかないですし。もしよければ新百合ヶ丘駅前にあるカフェなんかどうですか?』
『全然だいじょぶです! っていうか私が行きたいまであります。……ぜひお願いします(ジャンピング土下座)。じゃあ、今度の土曜日とか……』
『やった! 楽しみにしてますね』
送信を終えたあと、しずくちゃんはスマホを胸に抱えた。鼓動が早すぎて、少し苦しいくらい。
(……ほんとに、会うんだ……夢姫さんに……)
カーテンの外では虫の声が響いている。その音に混じって、しずくちゃんの心臓の音も、ずっと続いていた。その音が鳴り止まないうちに、夢姫さんから確認のメッセージが届いた。
『新百合ヶ丘駅の北口で待ち合わせで。何かわかりやすい目印ってありますか?』
しずくちゃんはスマホを握りしめ、しばらく考え込む。ふと視線を落とすと、ゆるいワンピースから谷間が覗く。おそらく、待ち合わせ場所でも立派な目印になる。……と、バカなことを考える。
さすがに「胸を目印にして」とは言えない。恥ずかしすぎる。痴女だと思われてしまう。
(……そうだ、服にしよう)
少しして、彼女は返信を送った。
「じゃあ、カーディガンを着ていきますね。作中でモデルにしたので、すぐわかると思います」
送信ボタンを押して、頬を赤くする。心の中で、少しだけドキドキする。胸以外のシンボルで、私を見つけてもらえる。そんなちょっとした安心感と照れくささ。
「……これなら平気かな……」
返信がすぐに返ってきた。
『了解! じゃあ、私もカーディガンにしますね。ガチ百合空間再現しましょうね』
しずくちゃんは小さく息をつき、心の中で笑う。胸じゃなくても、これでちゃんとお互いにわかる。恥ずかしい思いをしなくて済む。そのやり取りは、まるでキャンドルみたいに、ぽっと心のどこかを照らしていた。
ちょっと安心した気持ちと、ほんの少しの期待を胸に抱きながら、待ち合わせの日を楽しみにするのだった。
投稿サイトをログアウトすると、ブラウザがオススメの広告やニュースを表示する。
「おっぱいソムリエ必見の新作アニメ本気レビュー!」
「胸が大きくて服が入らないあなたへ」
「【決定版】えちえち爆乳キャラまとめタグ」
「大きな胸」の類義語を検索したからか、妙な雰囲気になっていた。
(ちがう……ちがうのに……っ! ただ……ちょっと調べただけで……!!)
しずくちゃんは顔を真っ赤にして、スマホを抱え込み、ベッドに突っ伏した。
(や、やめて……! 見てないから! 私、そんなの興味ないからぁ……!!)
でも「おすすめ」は止まってくれない。あれはAI。容赦がない。
(もう……恥ずかしすぎて死ぬ……!)




