19
次の日の明け方。
セフィルは、周りを起こさぬ様に身支度を整えて
そっと音を立てずに扉から出た。
廊下で待つとすぐ、ジュンが扉から出てきた。
「うゎ!セフィル!
おはよう。俺が出てくるの分かったの?」
「おはよう、ジュン。
お隣のお部屋くらいの音は聞こえるんだ。
耳は良いからね。」
隣に聞かれてるってパシムを思い出す。
何か、懐かしいな。
・・・あー、変な事を言わない様に気を付けよう。
2人、なるべく音を立てずに静かに歩き、外に出た。
空は綺麗なグラデーションがかかり始めている。
「ジュン、いつも走って街の外まで行ってるでしょ?
走って大丈夫だよ。」
「知ってたんだ?ありがとう、じゃあ走ろうか。」
ランニングのペースで2人走り出した。
「昨日、あれからね?考えたんだ。
でも私、恋愛って感覚がよく分からなくて。
気に入る、とか好きになるって気持ちは
あるのだけど、これってきっと、ジュンの想う所の
恋愛と違う気がする。」
ジュンは昨日のセフィルの行動を思い出し
顔が赤くなる。
「ま、まぁそんなに慌てる事無いと思うよ?
恋愛感情なんて、なろうと思ってなれるものでもない
と思うから。
そうなった時に、あ、これなのかな?って
思えるのかも。
って、俺もそんなに得意じゃないから
分からないけどね!」
俺も得意分野ではないから、どう受け答えしたら
良いか分からない・・・話題を変えたいー。
「セ、セフィルはさ?
これだけ動いてるのに、普通に会話出来るって
すごいね!」
いつの間にか、ランニングのペースから
結構速い速度になっている。セフィルは笑って
「体力があるんじゃないよ?
シルフの力を少し借りてるんだ。
逆にジュンが、私と同じ速さで走ってるのに
普通に喋れてる方がびっくりだよ。」
シルフって風の精霊だよな。なるほど!すごいなぁ。
言っている間に、あっという間に街の外まで来た。
ここまで来れば音は届かないかな?
俺はいつも通りの練習を始める。
セフィルは大きめの石に座り、ジュンを眺めていた。
しばらくすると、ふわりとまた、風が優しく
まとわりつく。
「あ!」
俺の反応と同時に、セフィルが聞いたことのない
言葉を紡ぐ。俺の身体に手を伸ばすと
ふわり
また精霊が見えた!
半透明の小さな、女の子っぽくみえるかな。
大樹の精霊さんも女の子っぽかった。精霊って
そういうものなのかな?
俺の肩に寄り添うように浮いてる。
セフィルが
「まただ。当たり前の様にジュンに触れてる。」
と呟き、何か会話をし始めた、と
「この子・・・
ジュンを気に入って、大樹のあった森からずっと
一緒にいたんだって!」
もの凄く驚いた表情のセフィル。
「ええ!そうなの?!」
セフィルはまた、精霊と少し会話して
「最初は、大樹の子が触れるの見てて
興味持って離れてついてきてたみたいなんだけど
もっと近くに居たくなって、今はジュンが
外に出るといつも側にいたみたい。」
マジ?え?じゃあ
「もしかして、山で音を聴かせてくれたのとか
矢を逸らしてくれたのも?」
セフィルは精霊を見て
「そうだよ、だって・・・信じられない!
契約した訳じゃないのに!
この子が・・・自分の意思でジュンを助けてる。」
「どういう事?」
「普通なら、矢を避けるのも音を聴くのも
精霊語でお願いするの。
普段、精霊にとっては人も動物も、それこそ
建物も木も石も、そこにあるってだけの
感覚のはずなの。だから、それに対して自分から
わざわざ何かしようとは思わないのよ。
ジュンだって、そこの大きな石が暑そうだから
扇いてあげよう、なんて思わないでしょ?」
「そうだね。」
「それを精霊語でお願いして、してもらうのが
精霊術師。
矢を避けたい時は、近くにいるシルフに
私に飛んでくる矢を逸らしてってお願いすると
私って個を守ると判断して風を流してくれる。」
「なるほど。
精霊語の魔法は呪文というより会話に近いんだ?」
「そうだね。
精霊語は言葉に強制力もあるから、そこに精霊が
いると認識してお願いすれば、精霊は動いてくれる。
言葉の使い方は少し難しいけど、言葉をそのまま覚えて
使ってる人間の精霊術師もいるわ。」
セフィルは話しながら、シルフにそっと手を伸ばして
「でも、この子は自分の意思だけで
ジュンっていう個を守ろうと判断して、行動して
しかもずっとついてきて。
こんなずっと連れて歩くなんて、契約して
何かに封印した精霊とかじゃないと
考えられない事なのに。」
ずっと寄り添う様に姿を見せていた精霊が
フワッと姿を消した。
でも、風は優しく身体に触れる。
俺がセフィルを見ると
「うん、そこにいるよ。
精霊が姿を見せているのは力を使うんだ。
だからそれも、お願いして見せてもらうの。」
「そうなんだ。」
俺から離れて、優しく風が巻く。
俺はその風を追う様に、ゆっくり歩き出した。
「助けてくれてありがとうね。
山の時も、あの音が聞こえなかったら危なかったんだ。
矢も逸してくれて助かったよ。」
数歩歩き、そこに居るのかな?って思う方向に
声をかけた。そんな優しげなジュンの背を見ながら
「こんな人、初めて会ったよ。」
ポツリと呟くセフィルは、ほんの少しだけ
何か胸の中に灯る様な感覚を覚えた。
これで第3章が終わりになります。話も中盤になりましたが、またここで少し休載させていただきます。読んでいただいてる方には申し訳ありませんが、また第4章が書き上がり次第あげようと思います。ただ、忙しくて・・・いつになるかは未定です。申し訳ありません。