裏切りと出会い
プロローグ
かつて、リヴァニア王国は夢のような場所だった。
広大な大地に囲まれたこの王国は、どこを見ても豊かで美しい風景が広がっていた。
大きな山々が天空にそびえ立ち、輝く川がその周りを優雅に流れていた。
私たちの王国は、その自然の恵みとともに、誰もが羨むべき繁栄を誇っていた。
城はその中でもひときわ目を引く存在で、白く輝く石造りの壁が青空に映え、まるで天国の城のように見えた。庭園には四季折々の花が咲き、緑豊かな木々が優雅に枝を伸ばしていた。
民たちは穏やかに暮らし、笑顔が絶えなかった。私はその中で、何もかもが永遠に続くと信じて疑わなかった。
幼い頃の私は、王宮で幸せに包まれていた。毎朝、父王の穏やかな声で目を覚まし、母が私を微笑んで迎えてくれる。
その笑顔に、どれほど安心感を覚えたことか。
兄妹たちと一緒に庭を駆け回り、青空の下で遊びながら、私は何も恐れるものはないと感じていた。
王国の平和が永遠に続くことを、心の中で確信していた。
しかし、その平和は次第に壊れていった。
最初はほんの些細な変化だった。
食卓に並ぶ果物が時折足りないことがあり、街角で見かける商人たちの顔が次第に曇り、民の目が何かを隠しているように見えるようになった。
街を歩くと、どこか不安げな空気が漂い、笑顔が減っていった。気づいていた。けれども、私は目を背けていた。王国の繁栄が揺らぐわけがないと、心のどこかで信じていたから。
でも、ある日、その信じられない知らせが届いた。
国庫が空になり、私たちの王国の財政は破綻したというのだ。
まるで悪夢を見ているような気がして、信じられなかった。
父が冷静にその事実を告げると、私の心はひどく動揺した。まるで全てが崩れ去るような、息が詰まるような感覚に襲われた。
そしてその瞬間、父の目に宿る冷徹さを感じ取った。
彼の目には、希望の光はもう見えなかった。それは絶望の目だった。
母の涙がその場でこぼれ落ちた。
私の目の前で、母は大切にしていた誇り高き王国の未来が消えゆくのを見守ることしかできなかった。
母の涙が、私の心に深く突き刺さった。
その涙は、私が何もできない無力さを痛感させるものであり、どうしようもない悲しみを湧き上がらせた。
その晩、王宮の一室で、父は私に静かに話しかけた。
「アリエル、王国は君の手の中にある。しかし、これからはもう、以前のようにはいかない。」
その言葉は、まるで私の胸に鋭く刺さったナイフのように痛んだ。
父の声には、もう温かさは感じられなかった。
彼の目には、私が見慣れていた温かな父親の姿はなく、絶望的な冷徹さだけが残っていた。それが、私にとって一番つらかった。
そして、事態は次第に悪化していった。
反乱の兆しが各地に現れ、街では暴動が起こり、人々の怒声が響き渡るようになった。私はただその光景を目の当たりにするしかなかった。
王国の人々が、私たちに求めていた答えを手に入れることなく、苦しみ続けていることに胸が痛んだ。
しかし、私は何もできなかった。
その夜、王宮の大広間に一人立っていた。
外から聞こえてくる怒号が、まるで私の心を引き裂くかのように響いていた。
冷たい風が長い廊下を吹き抜け、窓を叩く音が響き渡る。その音が私の耳に届く度、私はただ無力感に苛まれていた。私の心はどこか、まるで壁に囲まれて閉じ込められたような感覚にとらわれていた。王国が崩れ去っていくのを見ているしかない自分が、どこか愚かに感じられた。
「どうして、こんなことになったのだろう…」
私はぼんやりと呟いた。胸の中には、言葉では表せないほどの感情が渦巻いていた。
涙が自然に頬を伝ったが、その涙が何のために流れているのか、私にはわからなかった。
怒りなのか、悲しみなのか、それともただ自分の無力さに対する絶望なのか。
どれもが入り混じり、私の心は痛みでいっぱいだった。
そして、私は信じていた人の裏切りを知った。
私の大切な大臣が、陰で私たちを裏切り、国庫を私欲のために浪費し、横領していたのだ。
国庫の秘密を握り、背後で私たちを裏切っていたことを知らされた。
あの笑顔、あの温かな言葉の裏に、深い裏切りが隠されていたとは…
私はその事実に、言葉を失った。
信じていた者に裏切られたことが、私には何よりも痛かった。自分に対する失望感が襲ってきた。
その時、私は決意した。
王国が失われるその瞬間、私は何もしないままでいるわけにはいかない。
私はこの王国を守らなければならない、そして、私が何かをしなければ、何も変わらないと感じた。
たとえそれがどれほど苦しく、どれほど私を試すことになろうとも、私は立ち上がらなければならない。どんなに辛くても、私が行動しなければ、この国は消えてしまう。
「私は、この王国を取り戻す。」
その言葉が私に力を与えた。
しかし、まだその力は不安定で、揺れ動いていた。
王国の再建には多くの壁が立ちはだかっていることを、私は痛感していた。私の手に負えるものではないことを、心のどこかで感じていた。
「でも。」私は足元を見つめながら、重く沈んだ声で続けた。
「私一人では、、いったい、どうしたら、」
その瞬間、背後から冷ややかな声が響いた。その声に、私の心は一瞬で引き裂かれるような感覚に襲われた。
「お困りですか?王女様」
私は驚き、思わず振り返った。その時、視界に入ってきたのは、一人の青年だった。
彼の髪は黒く、長くて乱れたように見え、全体的に粗野な印象を与えていた。
その髪が冷たい風に揺れ、まるで何もかもを切り裂くような静けさが漂っていた。
彼の衣服は簡素で、あまりにも質素で、どこか浮世離れした雰囲気を醸し出している。
その姿は、まるでこの場に不必要な存在であるかのように感じられた。
その瞳は、深く、漠然とした暗い色をしていて、私の心に直接触れるように刺さるような気がした。
私は無意識のうちに、彼の目を避けるように視線を逸らしたが、その目には不安と共に冷徹さが宿っていることが伝わってきた。
「あなたは…?」
私は恐る恐る声をかけた。私の声はわずかに震えていた。彼がどうしてここにいるのか、全く見当がつかなかった。
青年は無表情で立ち、私を一瞥してから、静かに答えた。
「リヴァン。」彼は淡々と名乗った。「かつて王国の諜報員だった者です。」
その名に、私は一瞬、動揺を覚えた。
リヴァン?王国の暗部で動いていたというその名が、私の記憶を掻き立てる。
王国のために、裏で暗躍し、情報を集め、時には命を懸けて活動していたという人物。
だが、その人物が今、私の前に立ち、冷徹な目で私を見つめているとは思ってもみなかった。
「なぜ、あなたがここに?」
私は警戒心を隠せずに問いかけた。
リヴァンはその質問に即答せず、しばらく私を見つめていた。
その目には、無感情な冷徹さが宿り、何も言わずにただ私を試すような態度を取っていた。
やがて、彼は静かに口を開いた。
「王国を再建するのなら、私の力が必要だろう。」
その声は夜の闇に静かに溶けるようだった。
その言葉を聞いて、私は胸の奥で小さな違和感を覚えた。
王国の再建には確かに、知恵と力が必要だ。
しかし、リヴァンが求めているものは、単なる力だけではないと直感した。
彼の目には何か隠された意図があるように感じられ、私はその意図が恐ろしいものだと予感した。
目線が交差する。
彼は何も言わずに少し間をおいてから、ようやく口を開いた。
「ならば、あなたが本当にこの王国を取り戻したいのであれば、私は手を貸す。」
その目からはは何の感情も感じない。だが、どこか試すような色が浮かんでいた。
「だが、その代償を払う準備ができているか、しっかり考えておくことだ。」
その言葉に私は一瞬、何が求められているのかを考え込んだ。
代償。何かを犠牲にしなければならないということ。
私の心に不安が広がった。
しかし、これ以上何を失うというのだろう?私には他に選択肢がなかった。
「代償を払う覚悟はあります。」
私は決意を込めて答えた。
リヴァンはしばらく黙って私を見つめ、そして低く呟いた。
「ならば、共に行こう。」
その言葉には冷徹さだけでなく、どこか冷笑的な響きがあった。
「王国を取り戻すために。」
私はその言葉に、胸の中で不安を覚えながらも、同時に一歩踏み出す力強さを感じていた。
リヴァンと共に歩むことが、私にとってどれほど厳しい試練を意味するのか、まだ私は知らない。しかし、もはや退くことはできなかった。