多重世界団地
男は酔っていた。
都会のいくつも連なる建物の群れ。
いつもの道を危なっかしい足取りで歩く。
Bー11、12、13。14?
おかしい。
棟が一つ多い。
目をしばしばやって、もう一度数える。今度は間違いない。
一番奥の棟だよな。
階段を上がる。
いつものようにドアノブを回すと、鍵がかかっていない。そのまま中へ入る。
「おかえりなさい」
出迎える妻は、なぜかいつもより美人で、スタイルがいい。しかも若返った印象。
別人?
いや、酔っているせいだろう。
男は家の奥に進む。
調度品が金がかかってそうだ。無駄遣いしやがって!
男は悪態をつく。
妻が給料日の明細を見せろとせがむ。
男がカバンから明細書を出して渡すと、妻が物凄い形相で、このごくつぶし!いつもより、稼ぎが少ないじゃないかと責め始める。男はカッとなって、台所の包丁で妻を刺した。
美しい妻は、真っ赤な血を流してどう、と倒れる。
睡魔が襲い、男は起きていられずに、眠り込んだ。
「あなた、起きて!」
二日酔いでガンガンする頭。
平凡な妻の姿。質素な調度品。
昨夜のことは夢だったのだろうか?
朝のニュースで、違う町の集合団地で主婦が刺殺されたというのをやっていた。
「こわいわねぇ。刺した夫は行方不明ですって」
主婦の顔写真が画面に出た。
男はそれにたしかに見覚えがあった。
酔いが一気に覚める。
「あなた。ご苦労様です。今度のお給料、頑張ったのね!」
妻が喜んでいる。カバンをよく見ると、自分のとそっくりだが、別の誰かの持ち物だった。
どこかで入れ違った?
男はネクタイをゆるめながら、鏡を覗いた。
若い、青年の顔?
ぶるるい。
顔をバシャバシャ洗う。
もう一度鏡を覗くと、壮年の自分の顔だった。
「あなた、誰ですか?!」
妻が叫んだ。
「俺だ、オレ」
俺は誰だ?
自信が揺らぐ。
ふらふらと台所へ行き、包丁を構えて、妻に迫る。
「きゃー!」
妻を刺した。
二つの町の団地で起こった殺害事件。その共通点に注目する者は誰もいなかった。