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お久しぶりです。

お話の内容はふんわり決めていて、順番、どうしようかしらと悩んでいる間に、時間があっという間に過ぎてしまいました。


寒い日が続きますので、皆様あたたかくしてお過ごしください。





どのぐらい時間が経ったのかしら。





息をすることを忘れかけて、うつむいたまま、こっそり深呼吸する。



ーーひと呼吸、ふた呼吸



それでも何も反応がないことに、違和感を覚える。



お皿を洗いながら話していたし、聞こえていなかったのかもしれない。



そんなことはないと思いながら、わずかな希望を抱いて、そろそろと顔を上げる。



(・・・・・・)



すぐに恥ずかしさと安堵で、顔と頭に血がのぼっていくのが自分でもわかった。



腹立たしくも千冬は目を閉じて、うつ伏せになっていたのである。



(も、もう!知らない!)


床に転がりたくなる気持ちを抑えて、起こさないように手早くお皿を洗う。


怒りを抑えて、お皿を洗う難しさよ。

すぐに帰らず家のことをする寛大さを、誰か褒めてほしい。


お皿の泡を洗い流して拭き終わった頃には、どっと疲れが出てきた。


一息つくために、鍋に水を入れて、コンロに火をかける。


(ちょっと休んで、今日は、帰ろう)


しばらく千冬の顔を平常心で見れる自信がない。


記憶を頼りに、コンロ下の棚にあるほうじ茶を探し出していれると、音を立てずに席に戻る。


冷房で少し冷えてきた部屋で、夏でも、温かいものを好んで飲むのは、自分だけだろうか。


上下黒のスウェットの千冬を観察しながら、両手でマグカップを持つ。


ほうじ茶は炒っているから、カフェインが少なくて、ほっとする香りが好きだ。


何気なく伝えてから、常備されるようになったのはーー、きっと気のせい。気のせい。気のせい。


呪文みたいに繰り返しても、心が落ち着くわけがない。


何重にも防御していた壁が急に取り払われてしまったような感覚に、自身の頭を殴って記憶喪失になりたいとすら思う。


気持ちを伝えたら、こんなふうに穏やかな時間を過ごすことができなくなってしまう。


気持ちを伝えても、考えすぎだよ、とたぶん彼は優しく笑って受け止めてくれると思う。


それでも、少なくとも、自分の中では何か変わってしまうし、距離を置いてしまうこともわかりきっていた。


大切に思ってくれているであろう人を大切にしたい。

そんな単純なことすらままならない。


大切な人には心から幸せになってほしいと思う。

でも、その中に私はきっといない。


歳を重ねて大人になっても、このまま苦しいままなのかしら。


心底嫌気が差して、目を強く閉じる。


しばらく、頭を空っぽにして、自己嫌悪を消化したころ、ほうじ茶も空っぽになっていた。


なんとなく深呼吸をして、眠ってしまいたい気持ちにかられながら、終電の時間まで一時間を切っていることに気づく。


音を立てないように注意しながら、急いでマグカップを洗うために、シンクに向かう。


「ーーっぅえ」


突然、腕を引っぱられ、予想だにしない力に負けて自分のではない体温を感じて、目が白黒する。



(な、なにごと・・・・・・?)



「やばい、本当に寝るところだったわ」



千冬の膝に座っていることを自覚して脱出を試みるものの、犯人は平然と私が逃げられないように抱き抱える。


「え、離し、て」


「引き金を引いたのは朝花でしょう。もう観念しなさい」


(って、全部聞こえていたの)


ばっと振り返り、顔の近さにすぐに前を向く。

物理的に距離を置きたくても、椅子から足が浮いて動くことができない。


「ちょっと冷静になって話さない?お、お茶淹れるから」


「俺は冷静だよ。だって離したら二度と家に来ないでしょう」


完全に行動がばれている。


「朝花は何かしないと一緒にいちゃいけないと思ってるんだろうけど、ただ同じ空間にいてくれるだけで、いいんだよ」


千冬はいつもよりゆっくり、言葉を選んで話してくれる。


「色々あったの知ってるからさ、俺からは線を越えることはしなかったけど、朝花以外で、それ以上に大事なひとはいないんだよ」


優しくぎゅっと抱きしめられて、千冬の心臓の音が大きくて、相手も緊張しているのだと悟る。


でも、大きな衝撃はそんなに簡単に収まってくれないし、頭は働こうとしない。


とりあえずテーブルの上にマグカップを置いて、口を開く。


「あの、どうして今なの?」


「すぐだったら返事する前に逃げるだろうし、熱いお茶を被ったら、火傷するでしょう」


「そうだね。私は友達とは違うの?」


「うん。友達だったら、不測の事態でも家に呼んでない。とっくに違うところ引っ越してるよ」


「自分の空間に踏み込まれるの、あんまり好きじゃないもんね」


「よくわかってるじゃん。朝花もでしょう」


「うん」


話しているうちに心が落ち着いてきた。

今度は千冬の膝からすんなり降りることができた。


改めて顔をまじまじと眺めると、筆舌しがたい優しい彼の眼差しは、私のことが好きだったからなのではと、思い至る。


なんだそれ。死ぬほど恥ずかしい。


「・・・・・・顔赤いよ?」


「うっさいな。千冬のせいでしょ」


顔を背けたくなるのを必死で抑えて、思い切って千冬を抱きしめた。


「えっと、大好きです」


ふっと笑う声とともに抱きしめ返される。


「俺も好きです」





ーーきっと、私は今日のことを一生忘れないと思う。






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