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たぶん




生きてても




死んでても




どうでもよかった







---





朝、5時。


けたたましいアラーム音に起こされて、低血圧のせいでぼんやりとしたまま目を開けた。


薄いカーテンから光が、容赦なくまぶたを刺す。


(••••••二度寝したい)


ベッドから、少し歩いた先にある目覚まし時計を止める。


正直、低血圧がどういうものか知らんし、自分ではない何かのせいにしたいだけなんだけれど。


昨日部屋に取り込んだまま山になっている洗濯物を蹴っ飛ばす。


(あ?あー、そのうち片付けよう)


まあ、そのうちは一生こないんだろうなと思いながら、冷蔵庫を開ける。


飲んだ方がましな気がする鉄分サプリを口に放り込んで、残りの少ない2リットルサイズのペットボトルの水をそのまま飲んだ。




---




夏。


汗をかきながら、いつもの時間に出社する。


家から2時間と少しかかるけれど、月の半分は在宅勤務だから、ぎりぎり体力は保っていられる。


フリーアドレス化した閑散とした職場で、今日出社しているのは、松田さんと自分だけのようだった。


他の人たちはテレワークだったり、客先に外出しているみたいだ。


来る途中コンビニで買ったお茶と、ノートPCをカバンから取り出す。


IT関連企業の、ウイルス対策ソフトの更新作業や管理をメインにしている部署で、事務よりな仕事に転職して3年目になる。


「佐々木さん、おはようございます。今話しかけて大丈夫ですか?」


朝のメールを確認していると、不意に声をかけられて振り向く。


「おはようございます。はい、大丈夫です」


ふた回りぐらい年上で、眼鏡をかけている松田さんの目もとがほんのり和む。


松田さんは直属の上司で、お仕事をいくつかいただいている。


「この前お願いした手順書の修正は、どんな状況ですか?」


(わす、れて、た)


一瞬頭がフリーズして、すぐに高速回転する。


「修正部分は洗い出していて、念のため認識合わせたいです。午後一に 15分ぐらいお時間いただけますか?」


午前中使って整理すればなんとかなる、と信じよう。


そんな状況を知ってか知らずか、松田さんは快く了承してくれた。


「了解です。じゃあ、午後一からよろしくお願いします」


「お手数をおかけします。会議室予約入れておきますー」


笑顔で見送ったあと、松田さんから送られてきていた過去メールから、手順書をざっと読む。


(うん、なんとかなる)


さすがに仕事で嘘はつけない。

ほっと息をつく。


会議室予約のメールを松田さんに送付する。


「メールありがとうね」


斜め前のデスクから声をかけられて、軽く頭を下げた。


「いえ、よろしくお願いします」


忙しさのあまり、チーム内の空気がたまに殺伐とするときでも、松田さんはその穏やかさを崩さない。


そんなところを、心から尊敬している。


(子どものとき、大人って松田さんみたいな人を想像していたけど)


わかりやすく腹黒い人や、圧をかければなんでもやってもらえると思っている人、自分に都合がいい人……。


思いの外、大人の方が無駄な知恵がつくせいか、自分勝手な人が多くて、疲弊する。


ふ、ーーっと、いらないことを思い出しそうになって、強く目を閉じる。


ーー会いた、い、な。


こういうとき、って思うのは思い浮かぶのは、とても大切な人で。


でも、きっとからかわれてしまうから、本人には絶対に言わない。


今日はなんだか雑念が多い気がする。

金曜日だからかもしれない。


やらないといけないことを整理したあと、すっと集中して、目の前の仕事に没頭した。


少しずつ内容は違うけれど、今日も同じような仕事をこなす。


たまに大きな流れに流されて、自分が大きな工場の部品のひとつになったような気持ちになる。


それが心地よかったり、たまにかけ違えたりすることもある。




---




夜。


9月上旬の夏の暑さがほんの少しだけましになる。


この前まで、桜満開のニュースを見たと思っていたけれど、もう少ししたら紅葉が色づくだろう。


今日は結局2時間ぐらい残業した。

松田さんはゆっくりでいいですよって、言ってくださったけれど、忘れていた自分がよくなかった。


残業して得をすることは、電車内が比較的空くことと、お惣菜が安くなることぐらいだろうか。


明日から3連休だから、スーパーで買った袋を持って、千冬の家に行く。


といっても、本人は不在なんだろうが。


会社からだと自分の家より近いから、少し嬉しい。


マンションのエントランスに足を踏み入れようとして、躊躇する。


(なんで、マンションのエントランスって、虫がたくさんいるんだろう)


虫も暑さを感じるのだろうか。

陰があると涼しいのかしら。興味ないけれど。


今日はカナブンが2匹地面に落ちていた。


やつらは、寝ているのだろうか。

それとも、今ごろ天国だろうか。


(すみません。どちらでもいいので飛んでこないでください)


郵便物を取ることを諦めて、そろそろとエレベーターに向かう。


(今日はいるかな。いないかな)


千冬は週の半分は出張しており、家にいないことの方が多い。


夜も次の仕事につなげるために、取引先の方と飲みに行くほどの仕事人間。


今同じ働き方はできない。

でも、気持ちはちょっとわかる。


大事な人の大切にしていることは、自分も大切にしたい。

理解できないこともあるけれど、接していて、お互い割と同じ感じなんだろうなと思う。


だから、勝手にお惣菜を持ち、ひとりで適当に過ごすことが多い。


『本人がいないのに、家に行ってお弁当食べてるの、やばくない?』


『浮気しているんじゃない。本当に大丈夫なの?』


少しの期間だけ仲の良かった友達に言われた言葉と、嫌な視線を思い出す。


思い出すのは、少しでもそわそわしている自分の頭を冷却するためだ。


(事前に連絡取るの苦手だし)


なかなかエレベーターが来ず、心の中で言い訳をしながら、階段を登る。


(千冬の家は、全回復するセーブポイントみたいなものだし)


頭の中で言い訳をぐるぐる考えながら、顔の温度が上がっていることを自覚する。


ずっとそうだと疲れてしまうし、毎回思考がふわふわしているわけではないが、なんだか今日は、そういう気分だ。



気がついたら家の前。



部屋からは、明かりが、漏れて、いて。



ーー自然と、笑みが、溢れる。



(だめだ。笑われ、る)


マスク越しに口を開閉して、誤魔化す。


でも、出迎えてほしくて、合い鍵は持っているけれど、チャイムを鳴らした。




なぜか似ている名前になってしまいました。

ちょっと「千」の文字がマイブームなのかしら。

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