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 朝の通学。

 心地のよい風が私の頬をかすめる。

 そこにまじっていたのは高校生活二度目の春のにおいだった。


 視界には、街を貫通するように雄大な川と、そのわきにはえている裸になった木々がうつっていた。

 桜はもうちってしまったけれど、まだ春のようなあたたかさが私にまとわりついている。


 ガサガサッ……。

 うしろから気配をかんじ、ふりかえる。


「……誰もいない」


 最近、なんだか、誰かからおわれているような感覚がするのだ。通学途中や下校途中、ふとした瞬間に、視線や気配をかんじていた。


 ストーカー……? なんだか、いやだな。

 むかしはマスコミにチヤホヤされていた身だからな。その名残か……。


 まぁ、剣道をやめてからはマスコミからも相手にされなくなったけど。


「はぁ……家にかえったら、姉にいおう」

 いっそう警戒感をつよめて、あるくことにした。

 そのあいだも、あやしげな視線や気配がおさまることはなかったが。



 中心街のすぐちかくに、私がかよっている母子里(もしり)大学付属高校があった。

 福祉を中心に医療や介護、はてには経済学など、はばひろい分野をまなべる有名大学の付属高校。卒業後は内部進学をするつもりだ。


「おぉ、まっていたよー!」

 教室の扉をあけると同時に、元気な声がきこえてきた。


「はるっち〜今日も宿題うつさせて」


 かけよってきた彼女はテヘッという顔をうかべ、手をあわせた。


 私の友人のひとり、阿戸井(あとい)だ。

 アザラシのようにまるい瞳が特徴的で、よくもわるくも純粋な心をもっている。

 あだ名は『ゴマ』。


「こらゴマ。いっつもはるっちにたよらないの。 ……ごめん、私もうつしていい?」


 もはや恥もなにもない彼女は、私のもうひとりの友人、木村(きむら)だ。

 いつも熊柄のヘッドホンを首にかけていて、ヒマさえあれば音楽をきいている。たとえそれが、授業中でも……。

 あだ名はヘッドホンから『クマ』。


 ふたりとも友人……というよりは悪友というカテゴリーにはいるかもしれない。


「んもぅゴマもクマも……」

 朝からふたりの顔を見るのも、うんざりする。


「あっそうだ!」

 ゴマがなにかをおもいついたようで、自分の鞄から出したモノを私の机においていく。


「おいしそうなゼリーがあったから、爆買いしちゃった」


 机のうえをうめつくしているのは、あきらかにゼリータイプの洗濯洗剤だった。

 表面にある注意書きから、だんじて食用ではないことがわかる。


「あらぁ、こんなの私たちにたべさせて殺すつもり?」


 クマがほほえみながら、洗剤をゴマの口におしつける。

 容赦ねぇなおい!


「そんなにいうなら……クマちゃんは私よりいいものだせるんでしょう?」

「うん、もちのろん!」


 ゴマにあおられるまま、クマが洗濯洗剤のうえにベチャッとなにかをのせる。

 それはカビのはえた、赤黒いゼリー状の物質だった。ドロドロと私の机にながれていく。


「中学校の理科の授業でつくったスライムよ!」

 おまえもたいがいだよッ!


「ねぇ、あのさぁ……」

 もうガマンの限界になり、口をひらく。


「ふたりとも、宿題うつさせてっていったよね……?」

 ゴマとクマは顔を見あわせたあと、私にむかってニッコリとほほえんだ。


「「おねがいしますッ!」」

 ふたり同時に頭をさげた。はぁ、まったく調子がいいんだから。


「じゃあ、カフェのケーキおごってくれたらいいよ」

「け、ケーキぃ!」

 ゴマが目をひからせる。

「やったー! 今日もカフェにいくんだぁ!」

「あそこのケーキおいしいからねぇ」

 ふたりでもりあがりはじめた。


「おいおい、キミたちがおごるがわなんだぞ……」

「もちのろん! わかっているさ!」

 クマは意気揚々とひとさし指をたて、ウインクをする。

「おこづかいいっぱいあるから、いっぱいおごるよ!」

 ゴマもノリノリだ。


 まったく、んもぅ……「しかたがないなぁ」


 まぁ、いいか。最近、師匠の夢やへんな気配のせいで心がくらくなっていたからな。

 たまには息抜きだ。エンジョイ、エンジョイ!

 そうケーキにおもいをはせた時だった――


「わぁ!」教室中で黄色い声があがる。


 みんな、目をうっとりさせて廊下をむいていた。

 それにつられて、私たちもおなじ行動をとった。


「……ッ!」


 ひらいた扉のさき、宙にまう黄金色がよこぎる。

 脳の錯覚なのか、時空がゆがんだのか――その瞬間、スローモーションのようにゆっくりと時間がながれた。


 腰のさきまでのびているスーパーロングのブロンド。幼女とみまちがうぐらいの低身長。豊満にみのったバスト。猫耳のヘアバンド。

 そして、その童顔は人間ばなれしたうつくしさだった。

 彼女はブリッツ・ホーホゴット。転校生だ。なんでも親の都合でここにきたらしい。


「キレイ……」

 ゴマからつぶやきがきこえてくる。


「うん……」

 クマもうっとりとした目で、ブリッツをみつめている。


 私たちをふくめ教室中が彼女にみとれていた。

 そうなるのもしかたがない。彼女は本当にキレイなのだから。


 しかし、そのなかで私だけ、ちがう想いをこめて、その姿を瞳にやきつけていた。

 師匠にたたかれた、あの日。


 意識がなくなる寸前にあらわれたあの金髪の人影。それとブリッツの顔がなにからなにまったくおなじだったのだ。

 その端正な眉から目、鼻、くちびる、あごまでも、すべてが記憶と一致する。

 救急隊員たちは金髪の少女なんていないといっていた。私もただの幻覚か夢の類だとおもっていた。


 しかし、ブリッツをみてからその認識をあらためざるをえなかった。

 彼女は完全に、記憶のなかででてきた彼女なのだから。


「……!」


 ブリッツの視線と、私の視線がぶつかってしまう。

 心臓を素手でにぎられた気分だった。

 炯々と蒼色にもえる瞳が、私の脳裏にやきつく。


 彼女はスッとまえをむき、そのままいってしまった。

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