ナナイ 5
というわけで、やってきましたトールサイト。どうせ保護者本人が働きに出ている(ロキは自営業(笑)という立場になっている)のが我が佐々木家なので、こうやって一人で来ていても問題はない。
由叉井リンとして配信しているときは、ボクはちょっとだけ声を変えて配信する様にしている。だから、イアと来栖以外にはボクが由叉井リンだとは気づかれていないはず。...ロキは気付いているかどうかわからないのでノーカンで。
ボクがもともといた世界の方でのここら辺の規則は分からないけど、この世界においてはコスプレで来てもいいことになっているのがコミマだ。まず一日目はイラストレーターの由叉井リンとして今の声だけ変えた状態のいつもの姿で出店して、二日目は今日ボクのいるベースの所に入ることになっているオルカ余月...ゆうくんの同人誌やらゆうくんグッズやらを、今度予定している計画に使われる予定の姿で訪れる予定だ。
ゆうくんはボクの姿のコスプレという形で出店すると聞いているので二日目は姉妹扱いされて撮影される予感がする。...そういえば、ゆうくんは一日目は来るのかな?
そんなことを考えつつ、出店側ということで早めにインして行く。
「...ああ...」
疲れた。現在、午後一時。ここから二時までは出店側の在庫の追加や入れ替えなどの作業がある。それにしても、ゆうくんがコミマに来るって言ってたのに顔は見ていないなー。
...もしかしたら、ボクがいることを知らないとか?
と、そんな考えが頭を過りつつも、ボクは後ろにある搬入口から物を搬入してくるロキに一時任せて、目を瞑った。
目を開けると午後一時五十五分程度で、ロキも搬入を終えたのかすでに搬入口にはロキが愛用している社用車があるだけだ。
午後からは先着限定五十名へ直筆サインを描くので大量に来るということを忘れているのか、午前と同じくらいしか置かれていない。
ロキ...御愁傷様。
ということで、各ベースに襲来するのは同胞方。ボクのところにももちろん大量にいらっしゃるのだが...
「...初めまして?オルカ余月さん」
目の前には、ボクと同じ姿をしたゆうくん...オルカ余月さんがいた。
「は、はははじめまして!オルカ余月と申します!いつか、絵師コラボをお願いいたしますっ!で、ではこれと、ここれを!」
...あれえ?なんか、推しを前に限界化するファンみたいな感じがある。まあ、ボクもゆうくんを前にすると同じ感じになるからわかるのだけども。
「はい。...余月さん、いつもお世話になっております。明日のコミマは、私は一般の参加者ということになっておりますので。ではこちらと、こちらを」
そう言いながら、ボクは話しながら描いたサインと、白紙の名刺にさらりと描いた【個人勢VTuber見習い ナナイ/由叉井リン】と記した名刺を渡す。
一瞬、記された『ナナイ』に絶句したゆうくんだったけど、「...あ、どうも」と受け取ってくれた。そして次の瞬間、「...ここにある、VTuberとは?」という質問が飛んできた。
ボクのベースは角なので、多少人が集まっても問題ないほどのスペースがあった。なので、並びはそのまま分かるように丸くなってもらって、ボクがいるベースの淵に沿うように集まってもらう。そして、ボクは話し出す。
「VTuber、というのは明後日に由叉井リンのchの名前が『ナナイ/由叉井リン』に変わる事の要因です。まあ、設定としては【自分の本当の名前を知るために、電子世界に現れた異世界人】というところなので。それと、Drag-Althで半年後ぐらいにwebカメラのヴァーチャル配信用β版が発売されるので、ぜひ試してみてくださいね。以上、今回搬入してくれているDrag-Alth社専務のR氏から申し渡された条件である宣伝終了、あとは並び直してくださいね」
...ボクが言った、「自分の本当の名前を知るために、電子世界に現れた異世界人」ナナイはまるきりボクの事だ。
名無だから、名前を知るために電子世界に現れた異世界人だから。でも、それを知るのは未だロキだけだ。
...ロキは、ボクに近いところを感じることがある。もしかしたら、近しいからこそ死んだ時も『魂』がすり減らなかった...?
そんな思考を払うようにやってきた同胞方の対処をしつつも、結局ボクの思考は深く深く沈んでいく...。
気づけば、既に一日目の日程は終了して片付けも終わり、家の中に居た。ロキが呆れたようにボクをみている。その顔は明らかに『いつもと違うけど、どうしたのかな?』と問いかけてきているような気がした。ボクは目を逸らして、一日中冬用のパーカーと短パンでいたからか上半身だけにかいた汗を流してすぐに眠った。夢は見なかった。
...そして、二日目。昨日とは違い、イアによってコスプレさせられたボクはトールサイト前で並んでいた。イアが昔夢で見た姿なのだそうだけど、その影響で青と銀が混ざったような髪の色(イア曰く、蒼銀というらしい)の長髪に染められ、姿は見たこともないクラゲみたいな黒いドレスへと。目の色は蒼色のカラコンで青っぽい色へと変えられ、「完璧だよ!」と目を輝かせて言っていたのが思い出される。...一体何に対して完璧なのだろうか?
そんな姿でいると否応にも目立ってしまうので撮影されたけど、まあ特に問題はなさそう。
オルカ余月としてのファンサは午前中の限定20名直筆サイン&ある二人の絵だと明言されている。誰かは分からないけど、速攻で行くが吉。由叉井リンモードで、ボクはオルカ余月のベースまで行った。
...だから。
「なんでボクの姿...?」
そんな驚いた声を上げて、ボクを観ていた人の姿には気づかなかった。