ナナイ 26(終)
言葉を紡ぐたびに、僕の不安が歌に乗る。ただ聞いている側からすれば、きっとそれは憂いを持った響きとして美しく届いているだろう。ただ、これを目の前で撮影している女の子からすれば、僕の昏い顔を見て分かっている事だろう。僕が今非常に悩んでいることを。
歌は遂にサビに入った。リルは...いない。やっぱり、リルはボクに失望して捨てようとしている...?そう考えただけで、身震いがして声も震えた。それなのに、曲としては完成の域をはるかに超えたように聞こえてきている。収録の時のもこんなに不安にはならなかった。なのに、今頃どうして...?
...ついに、ラストのサビに入った。やはり、リルはいない。...心の奥底で、リルに縋っていた愚かな自分が段々と心の奥底のリルという宝石から離れていくのを感じる。宝石は、それを欲するものがいてこそ『宝石』なのであって、それを宝と思わなければ少しキレイな色のついた『石』にしかならない。
そう思うと、少しづつ僕の心にリルに対する怨みが出てきた。僕は、それが逆恨みだと言う事は分かっている。それでも、リルは救いに来ない。ならば...僕が嫌ってしまっても、互いに嫌いになるだけなのだから...良いよね?リル、由叉井リンという人物と僕、オルカ余月という人物は、もう二度と交わる事は無い。そう思って、歌い切ろうとした、その瞬間だった。
「悠生ッ!」
扉が破裂する様な、そんな音がしてそちらを見やると...色んな感情がないまぜになった顔をした、救世主がいた。
ーーー
悠生の顔を見る限り、悠生は問題がなさそうに見える。ただ、リアル映像の悠生の目を見れば分かるがあれはボクを棄てようとしている眼だ。ボクを永遠に怨んで、二度と交わる事は無い。脳裏に、あの猫から言われた言葉が頭をよぎった。
そして、それが思い浮かんだ瞬間にボクは軽く地面を浮くようにして全力で駆けた。失われゆく焦燥、絶望、そして...ほんの少しの、怒り。ボクは、全力で駆けた。しかし、時間が足りない。歌いきったら、悠生はボクを完全に捨てて他人になる。
ボクが、悠生にこんなに執着しているなんて思ってもみなかった。もしかしたら、悠生の依存が嫌だったのは同族嫌悪という種のものだったのかもしれない。
「...お困りでしょうか?いいえお困りですね、じゃあぶっ飛ばしますねー」
と、突然現れたルナがボクを見て断言した。実際そうなのだけど、腕を掴んで減速させるとは...って、ちょ、ま―――
「うわぁぁっ!?」
気づいたらボクは、死神モードのルナにものすごい速度で壁にぶつかっていた。それは寸分違わぬ扉の位置で、ボクは痛いものの悠生を見つけて隠しきれない感情をぶつけた。
「悠生ッ!」
たった一言。しかしその言葉にかけた思いは、いつものボクの言葉全部を足しても到底敵わないほど大きかった。
ボクを見つけた悠生は驚いた顔をしていたけど、段々と表情が失われていっている。早く衝撃を与えて、悠生がボクを完全に敵視する前に、なんでもいいから、言葉を...!
「...ボクは、オルカ余月というイラストレーターに憧れて、今までイラストレーターとして活動してきた」
そして、口をついた言葉はそんな昔話だった。
「...ボクは、ずっと前から悠生がボクに恋心を抱いているのがわかってた。そりゃそうだよね、目を守ればある程度の感情がわかるから。しかも、理由もきっとわかるよ、一目惚れでしょ?」
ボクの言葉に目を見開いた悠生。でも、悠生が何かを言おうとする前にボクの口は自然に動いていた。
「...ずっと、憧れてたんだ。それは、ゆうくんっていう人に対してじゃない。君を君たらしめる全てが、私にとっては憧れだったんだよ?」
でも、と口をついたそんな言葉は、今までの言葉を大きく塗り替えるようなものだった。
「...だから、かな。ゆうくんが、嫌いにならないでって縋ってきて、悪い気はしなかった。でも、なんだか心の奥底がモヤモヤして、ゆうくんのことがものすごく嫌いになった」
また驚いた顔のゆうくん。でも、その顔はさっきの純粋な驚きから諦めたがつよく浮かんだようになっていた。
「それでさ、さっきこの家にいる変なのから言われたんだ。今手を出さなきゃきっとゆうくんは私の敵になるって。私も、モノカンの長としてリアル映像はあるんだけど、ゆうくんの目がだんだんやばくなっていって、私がくる直前にはもう私なんていらないって顔してて...それで、私気づいたんだ」
...私って、君に依存してたんだって。
「...驚いた?私自身も驚いてたんだけど、納得もしたんだよね。なんで嫌だったか、それは同族嫌悪だよ。もしかしたら、依存したい相手なのに依存させてくれないっていう苛立ちだったのかも。...でも、私はやっぱり、単純に...ゆうくんのことが、好きみたいでさ?」
正直、ここまでいっているけど気恥ずかしい。起きてアーカイブあったらホント死ぬる。...でも、しょうがないのかな。
「...こんな私だけど、今後とも...宜しくね?」
照れながら直視できずに下を見てしまう私。告白にしては上等じゃないだろうか。これ。
そう思っていると、「...はぁ」という非常に不機嫌そうなゆうくんの声が聞こえて背筋が凍った。
...やっぱり、私はふさわしくないのかな?
「...はあ。こういうのは、男の僕からさせてほしかったな?」
「...えっ」
驚いて顔を上げると、ちょっと照れたようなゆうくんが、そっぽを向きつつ言った。
「あ、別に勘違いしないでね?僕はただ、一般論を説いているだけであって...」
明らかに照れた様子のゆうくん。なんだか、そんな様子が尚更愛おしい。
「...わっ!?」
私は、口下手でちょっとツンデレな恋人の頬に口付けする。
「...じゃあ、これからも、ずっと宜しくね?ゆうくんっ!」
「...じゃあ、最後に。ここまで見てくれてありがとうね!これからも私たちはずっと一緒だけど、それでもずっとずっと続くから!じゃーねー!」
最後に視聴者のみんなに手を振って、私は真っ赤になったゆうくんの腰を抱いてフロアから出ていった、
後ろで、慌てたモノカンのみんなが配信画面を切り替えたりしていた。




