1-4.陽光
始まりは唐突にやってきた師匠からの依頼からだった。
「都に大量の悪霊が?」
左腕に巻かれた包帯を擦りながら言付ける惟也はその内容の手紙を両手で持ち直してから俺に差し出す。
その様子では文を寄こしてきた者は自分と目を会わせたくないからとまた惟也に押し付けたのだろう。乳兄弟とはいえ申し訳ないと思う。
「えぇ、本来なら都には天文博士殿の結界があるので妖魔の類は入れないのですが、内部から引き寄せられたようで弱小の霊でも容易く入れたようです。悪霊も夜明け前辺りには散り散りに消えるのですが、引き寄せた元凶は悪霊に邪魔されて分からないのが現状だと」
「俺は悪霊を一掃する役か」
盃に酒を注いで月にかざしてその揺らめきを眺めた。
灯りもいらないくらい明るい今宵は満月まであと四日といったところだろうか。
基本的に悪霊が活発になるのは新月。対して満月は妖だ。この時期に悪霊が活発になるなんて珍しいこともある。貴族の息子でありながら社寺で育った出家同然の身である非官吏の自分にそんな依頼を寄越すとは余程の事だろう。
だがこの前遊女が集まる地域で四尾の妖狐を祓ったばかり。こうも立て続けに都周辺で妖や悪霊騒ぎが起こるなんて何かの予兆だろうか。こういうのを前世ではフラグと言っていたがこの時代でも似たようなことがあるようだ。
「はい。ですが見ての通り彼の方のお手紙には『満月の夜は、朱雀に行くな』と」
「朱雀?宮中や都ではなく?」
「天文博士様の御考えは私には……」
陰陽寮では天文博士の役職を得ている安倍晴明は件の悪霊が自分のせいではないと分かった上でそんなことをいうのだ。
それに満月まであと四日あるのにわざわざ手紙に書き記しているくらいだ。長丁場になることを見越しているようにしか思えない。今回は何徹すれば良いのだろう。
「晴明殿にも考えがあるだろう。俺は弟子としてその通りに振舞うだけだ」
「はい」
文は惟也に寄越された文箱にしまう。
そろそろいっぱいになりそうだが、殆どがかの安倍晴明からの直筆の文だった。
酒を全て飲み干し、出かけるための狩衣に着替える。
解決するまでの安眠は叶わないのだろうが仕方ない。悪霊や妖は人目に付かないよう夜に活動するのだから。
手紙にもその悪霊たちも夜にしか動かないと書かれているので昼に眠ることは可能だろう。
しかしその悪霊退治がとんでもない事態に発展しているとは思いもしなかった。