4-5.礼羅
門を潜った途端カビの臭いが鼻を突きさした。瘴気とまではいかないが色の濃い邪気が漏れ出ている。普段だったら避ける場所だ。
北の方の扇があって助かった。
晴明は看守と少し話すと私に手招きをする。
「……なんて酷い場所なのでしょう」
「ここに居るのは本当の意味での罪人だからね」
「本当の意味での罪人?」
全員が罪を犯した人ではないのか。
「貴族にも貧しい者はいてね。借金をして返せなかったりすると貸主が腹を立て、訴えては牢に入れる事がよくある」
「働かないとお金は稼げないでしょう?牢に入れてもお金は返って来ないんじゃなくて?」
お金を返せないくらい貧しいなら働き口を紹介してやればいいのに。
なのに晴明は「君は優しい子だね」と言うだけだった。
「あとは尊い御方の不幸を買ったりかな。今回会うのは君も知っている者だよ」
人の知り合いなんて大和の人里のみんなくらいだ。都の牢屋に入れられるような人はいない。
牢は地下にあるらしく、看守の案内で狭い階段を降りると扉の前で止まり、看守は近寄りたくもないと灯りを私に押し付けてはそそくさと持ち場に戻ってしまった。
「あの看守、仕事を舐めてるのでしょうか?」
「ただ怯えているだけだ。責めないでやれ」
晴明はそれに構わず「ここから先は擬態も解けるよ」と言って扉を開けた。
扉を潜ると晴明からの話通り私と晴明の隠していたはずの耳や尻尾が出てきてしまった。私の尻尾は衣で隠れてるけど晴明は狩衣の裾から四本の尻尾がはみ出ている。
お婆の尻尾も四本だったな。
「その罪人は憑き物が中々取れなくてね。あまりにも酷く暴れるから私にお鉢が回ってきたんだ。
だけど私も未知のもので、こういう時は機転が利く陽光を呼ぼうと思ったけど、陰陽頭から休暇中の陽光を使うなと釘を刺されたもんだから、君を呼ぶ事にした」
「私で手が付けられないならどうなるのですか?」
念のため丁寧に話す。
「本来なら適切な処置をした上で死罪だ」
「……っ」
「驚くかい?でも相手はそれくらいの事をした者だよ」
薄暗い場所でも晴明は灯りもなく歩いていく。狐の目のおかげだろうか。生憎私はそこまで夜目が良くない。
奥から唸り声が聞こえる。憑き物がいるというのは本当のようだ。
「加持祈禱はされたのでしょうか?」
こういう時お貴族様はすぐに僧侶を呼んでお経を読ませたりして祓うとお婆が言っていた。
「護摩は焚いたようだけど罪人のために僧侶を呼ぶ金を消費したくないらしい。今回も神祇官府と押し付け合いになったくらいだ」
確かにカビ臭さの中に加持供物だろうか芥子の臭いも混じっている。面倒な政に一介の狐である私を巻き込まないで欲しい。
最奥に辿り着くと晴明は私に灯りの火を壁にある油に移すよう指図する。
明かりを灯し視界が広がった空間で私は牢屋にいる相手の顔を見た。