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4-3.陽光


 部屋に通された俺は几帳越しに北の方に話しかける。


「という事で、晴明殿は先日の瘴気騒ぎの元凶に憑いてるモノを祓うために礼羅を連れ出したのだろうと」

「まぁ……」


 体感で二時間後に文が届いた内容には陰陽頭からそのような内容の文が認められていた。

 自分から向かった方が早いと思い北の方のいる離れに訪れれば、女房が大慌てで部屋の用意をし始めたので申し訳なかった。


「下げ渡すつもりだった衣が無くなっていたと思ったら、殿が持って行ったのですね」

「そんなことせずとも……」


 惟也に動きやすそうな着物を手紙で手配したばかりだったのに。

 益々礼羅を下女にする計画が破綻していく。


「先日孫の五十日を迎えましたし、わたくしが着るにはもうお色が若々しくて着られないのですよ」


 吉昌の子供か。そういえばこの前も惚気けていたな。

 なら吉昌の嫁にあげれば良くないか?それか椿の君とか。


「他も若い者らに下げ渡しましたから遠慮しないでくださいましな。裏地の重ねも仕立て直せば問題なく着れるでしょう」

「……」


 そう言われると前に出られない。

 自分が着ている服もそうだけど、衣というのは高価なものだ。そうそう一斉にばら撒けるものではない。

 北の方としては親戚にお下がりする程度の感覚なのだろうけどここまでされるのはかなり気が引ける。


「奥様、厨子棚(ずしだな)の扇が御座いません」


 几帳の向こう側で女房が北の方に話しかける。


「まぁあの人ったら、梅の扇も持って行ってしまったの?」

「よろしかったんじゃありませんか?奥様も迷いあそばされてましたでしょう」

「ふふ、お見通しね」


 梅の扇として心当たりがあるのは北の方がいつも持ち歩いている梅柄のそれなのだが。


「あの扇、女房にあげるのが通例になってしまったから、あの子に渡してしまったら嵐山殿に失礼だと思ってましたの」

「そんなことは……いやお待ちください」


 なんだか誤解されているような気がして俺は北の方に待ったをかけた。


「お気に召しませんでしたか?」

「その前に……北の方は礼羅をどう思っているのです」


 初め俺が連れて来た時はあまり印象が良くなかったはずだ。


「どう思うも何も、貴方様が選んだ式神でしょう?わたくしの言葉を聞いてどうするのです」


 確かにそうなのだが、何か勘違いしたままに見える。


「北の方は晴明殿の式神が何処にいるか存じているでしょうか」

「橋の下、でしたか」


 式神というのは形代紙だけではなく、間諜(スパイ)の隠語でもある。下人のフリをして情報を集めたり裏工作をする忍びのようなことをする。

 事実晴明殿にも人型の紙の式神ではない妖や神に近い存在の式神はいるが、彼らを屋敷の中に入れた事はない。


「……私は礼羅を人のように接することはあれど、貴人と同じような扱いを受けさせたいとは思っていないのです。……扇も衣もお返しします」


 この数秒がなんとも痛い。


「下女にするならさっさと検非違使を呼んで後から引き渡せば良かったでしょう」

「それでは命の保証は……!」


 この時代の監獄はこの季節でも環境が良くない。水や食べ物すらも与えられないと聞いている。

 折角契約したのに牢の中で死んでしまいかねない。


「ないでしょうね。そのための賄賂があるのになぜ使わないのか不思議で仕方ありません。

 お香を焚きしめることも無い貴方のことですから、どうせ使わず溜め込んでいるのでしょう?」


 全身の力が抜ける。賄賂という存在からは遠い世界の思想に染まっていた俺はそんなことを考えた事もなかった。

 北の方が重ねて追い討ちをかける。


「傍から見て、貴方のした事は人攫いにあった娘を気に入ったから囲っているのと同じなのですよ」


 知るかよ。こちとら寺育ちなんだぞ。


「ならば彼女宛に文が届くのはなぜです……」


 礼羅は貴人じゃないのに。下人の娘相手に文を送るなんて相手の気が知れる。


「本来妖が見える者は少ないのに、()()なんて呼んだら女房だと勘違いなさる人が殆どでしょうに。

 旦那様が半妖だというのも嘘だと考えている者も少なくありません。家の家主を騙した娘として見ている者がほとんどでしょう」


 北の方が俺と礼羅を引き合わせなかった理由が分かった。俺が礼羅に誑かされたと思ったのだろう。そりゃそうだ礼羅は狐なのだから。

 理解した上で俺は更に羞恥が込み上げてくる。俺は幼女攫いの光源氏か。相手は幼女どころか年上だったけど。


「それに彼女は慣れていなくとも、都での生活は人伝に聞いていたようですから差程驚いている様子は御座いません。お作法もどこか古めかしい所作は御座いましたがそれだけです。

 歌は好んで読むことはないですが、必要最低限の楽器も舞もでき、仮名文字だけでなく漢文も読めるだなんて余程教養のある乳母に育てられたのでしょう。下女にしておくなんて勿体ない!

 後ろ盾さえあれば中宮のお付きになれた程ですよ?」


 ここまで言う北の方は初めてだ。そんなベタ褒めするほど凄いやつだろうか。

 北の方は几帳のギリギリ手前まで俺に寄ってきた。


「宮様、万が一の時があった場合、彼女の後ろ盾はどうとでもできます。ですから、どうか!手放すことは絶対に辞めてくださいまし」


 北の方が言うのは内裏の女房か書類仕事をする典侍(ないしのすけ)か、それとも更衣以上の妃か。

 狐だと知れ渡っているはずなのにその万が一が来る日があるのだろうか。


「……私は帝にはなりません」

「分かっています。ですが周りはそうは行きませんから」


 狸の右大臣を思い出して顔を顰めそうになる。そんな言い方したら当たりそうで怖い。


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