4-1.陽光
梓弓の音も聞こえない静かな夜だった。
ここまで心地良い風が都に吹くのも一月ぶりだろう。
「お婆、どこに行っちゃったんだろう」
母親か。亡くしてすぐに前世の記憶が蘇ったから泣く暇もなかった。というか妹も泣いてたからそれをあやすのに大変だったっけ。
「なら探すか?」
「え……?」
「おばばって、育ての親なんだろ?俺は術師の仕事を受けるから妖を追い払う仕事もある」
「気を遣わなくても祓うって言えばいいじゃない。どうせ私のことも祓うつもりだったんでしょ?」
なんでもないような顔で礼羅は俺の顔を見上げる。
俺の膝を借りるなんて本当に大胆な狐だ。頭を落とさないように膝をあげるのも少しキツいのに。昔、昼寝する妹に膝を貸したことがあった。前世の記憶に目覚めてからはもうずいぶんとおぼろげになってしまったけど。
「別に良いの。妖が人にバレたら祓われるのは当然のことでしょ?
お婆も、妲己とまではいかなくても私を引き取る前は結構悪さしてたみたいだし。自業自得よ」
「……そうだな」
狐も獣だ。弱肉強食の考えがあるのだろう。それでも達観してるふりをして本当は強がっているのはその顔を見ればわかる。
「ふふ、冷血漢の癖に痛そうな顔ね?」
「誰が冷血漢だ」
俺のツッコミすら気にせず礼羅は俺の髪で遊びはじめた。……今度切るか。
「それに私を祓うことを辞めたのは半妖だからだけじゃないでしょ?」
鼻目立ちくっきりした顔に金色の瞳。
金色は晴明殿がたまに見せる瞳の色だけど、その顔立ちは明らかにこの国のものじゃない。
それは千年以上もの先の未来でハーフ顔と呼ばれる顔だ。貴族だとほとんどが親戚ばかりで似通った顔がたくさんいる分、猶更際立って見える。
「……察しが良いな。お前には異国の血が混ざってるだろ」
「よく分かったわね。本当のところは私も知らないんだけど」
やっぱり。
「私が赤子の時に私の父親がお婆に預けたんだって。私が大きくなったら迎えに来るって――っねぇ、まさか陽光が……!」
「そんな訳あるか。俺は十四だ」
「えっ!年下!?」
その顔はどういう意味だ。
「お前は?」
「十六よ。私の方が二つ上なんて……余程世間擦れしたのね……」
そんなもん知るか。俺を父親だと思う方がおかしい。そう変わらないだろうに
「ねえ、忌み子って自分を責めるの、本当に見た目だけが理由なの?」
「……それがなんだ」
さっきから人のささくれを知らず知らず剥いてくる。
「今度はあなたの番。あなたのこと、私に教えて?」
そう言って上目遣いで俺に手を伸ばしてくる無自覚な無邪気さが怖い。
この狐は賊に襲われるまではさぞ伸び伸びと暮らしてきたんだろう。ある意味純粋無垢だ。親の顔が見てみたい。
『まさかとは思いますが、先日貴方様が祓った狐が彼女の育ての親……なんてことはございませんよね?』
北の方から礼羅の話を聞いた時にそう問われた。複数の尾を持つ狐なんてそうそう現れるはずがないし、礼羅の話を聞く限り時系列の辻褄が合う。
俺はお前にとって親の仇らしいぞ。確証は無いけど。
「……また今度な」
「まーた主様ははぐらかすのですね?」
今はまだ俺の口から手の内を見せる気にはなれなかった。
この夜を、よろしと我は思ふなり。月欠けたりとも君差し並ば。