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3-1.礼羅


 御簾が揺れる音と梅の香りを感じて目が開く。

 視界には格天井、ぼんやりとした頭で辺りを見回せば几帳の向こうに女の人影が見える。


「おばば……?」

「……?あぁ、姫君目を覚ましになりましたか。これ、北の方にお伝えに行って頂戴」


 女は誰かと話しているが意識がはっきりしてくるとお婆ではないことに気付いて寂しさを覚える。


「ってここどこよ!?っ、ゴホゴホッ……!」


 飛び起きたら噎せ返って咳き込む。すると几帳をさっと捲られ、女が顔を出してきた。


「姫君!?如何されましたか!?」


 女は薄紅色の(うちき)に紅の袴を着ていた。髪は和紙でまとめた上から水引で縛っている。その姿は巫女を連想した。年は私とそう変わらないだろうか。


「姫……?」

「はい。貴女様は嵐山の君のお客様だとお聞きしております。ですから『姫』と」


 だが自分は姫と呼ばれるような身分ではない。もしかしてこの巫女は何を勘違いしているのだろう。

 体を起こされると水を飲まされた。


「ありがとうございます……えぇっと……私、姫と呼ばれるような身分では……」

「ですが嵐山の君のお客人だから丁重に扱うようにと主人から仰せつかっておりますよ。そのお耳や尾についても聞くなと」


 すぐに両手で自分の頭を抑えて引っ込めるが生温かい目で見られる。

 貴族は基本的に人の名前を呼ぶことはない。家族でもあだ名で呼ぶから長年仕えている相手の(いみな)を知らないこともあるらしい。すべてお婆から教えてもらった。

 しかし嵐山の君は誰だろう。


 少し整理しよう。自分は下女として売られた屋敷から抜け出して陽光と式神の契約を結んだ。そして都の瘴気を吸い込んだ。

 ここで眠っていたということは私は倒れたのだろう。やはり無理をするものではない。

 わざわざ寝所を用意するよう手配してくれたのは誰だろう。陽光は許可がないと都に入れないと言っていたし友達がいない可能性が高い。心当たりがあるのはあの式神の陰陽師だが、あの者はそんな心配りのできる御人だろうか。


「嵐山の君というのは……その、昨日私が主従を結んだ方でしょうか?あの銀髪の陰陽師」


 巫女は一瞬眉を動かした。


「主従に陰陽師、ですか……銀髪ならその御方で間違いないでしょう。ですが姫君はずっとお眠りになっていたから分からないのも無理はありませんね。

 姫君はこのお屋敷にいらしてから三日ほどお眠りあそばされておりましたもの」

「三日!?っゲホゲホ」

「あらあら」


 驚いて飛び起きたら思い切り咽た。ついでに隠した耳と尻尾も出てしまった。

 巫女が背中をさすってくれたが巫女の「本当に人みたい」という呟きは聞こえなかった。


「もう少しお休みになってくださいませ。何か口にできるものを用意させましょう」

「ありがとう、ございます……」


 また寝かしつけられる。

 気付けば今の自分は以前のボロボロな衣ではなく、白い綺麗な衣に着替えさせられていたことに気付いた。



 布団に入っている間に巫女からは色々話を聞いた。

 ここは都の北のはずれにある陽光の師匠の屋敷なのだそうだ。

 倒れた後の経緯は分からないが、物忌みする陽光に代わって師匠が監視ついでに身柄を引き受けたという。

 その妻が昼過ぎにこちらの様子を見に来るらしい。


 おかゆを匙ですくいながら、私は久方ぶりの食事に思わず涙を流しながら巫女に感謝した。


「……ぐすっ……本当に、ありがとうございます……」


 味の付いてないおかゆがとてもおいしく感じる。やはり米は偉大だ。


「い、いいえ……お気になさらずゆっくりお召し上がりください。お塩もありますからどうぞ味を整えください」

「もったいない限りです。ありがとうございますありがとうございます……!」

「な、何度も言わなくてもいいのですよ……」


 膳には塩と酢、梅干しと漬物が置かれているが充分豪華に見える。だけど何故かおかゆのおかわりはくれなかった。

 それにしても私の耳を見ても驚かないのは新鮮だ。三日眠っていたから見慣れたのだろうか。

 食べ終えて白湯を貰うと巫女に尋ねた。


「ところで貴女のことはどうお呼びすればよろしいのでしょう……?」

「北の方にお聞きください」


 流されてしまった。


「でも驚きました。彼の方が貴女のような方を囲うなんて」

「囲うなんて……」


 まるで結婚したようではないか。そういえば夜に御簾の内側に入るだけで男女の仲だと周りから思われるのだったか。


「わ、私あの人とそういうことは一切してません……!」

「照れずとも……あら」


 巫女はすっと立ち上がると素早く座るための置き畳を並べ、御簾を上げた。すると藤色の唐衣を纏う女性が流れるように御簾を潜る。

 私はすぐに座り直して背筋を伸ばした。


「かしこまらずどうぞゆるりとなさって」

「姫君、この方は先ほどお話しました現天文博士の北の方です」


 巫女の説明に私はすぐ三つ指揃えて頭を下げた。


「この度はまことにありがとうございます。この御恩は返しきれません」

「いいのよ。嵐山の君には借りがあるもの。どうか頭をあげて頂戴」


 頭を上げると扇を持って真っ直ぐこちらを見据えて座る凛とした女性がいた。歳は三十後半くらいだろうか。若い頃は涼し気な美人だったのが伺える。


「綺麗な濡れ烏に満月の目。人に化けられるのは白狐が多い印象ですが、人型の黒狐は初めて見るわ」

「恐れ入ります……」


 そう褒められると照れくさい。

 北の方は扇を閉じると表情が変わった。


「ちなみに貴女の処遇ですが、都の瘴気を全て吸いこんでくれたこともあり帝から赦しをいただきました。今後は嵐山の君……陽光殿の式神として務めるよう仰せつかっております」


 良かった。私はまだ生きられる。


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