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21-6.陽光


 俺も礼羅と同様晴明殿の屋敷にしばらく滞在することになった。雨も続くのだからというのと雨避けの儀に参加しろと晴明殿のからのお達しだ。

 自分の屋敷のあの薄荷をどうにかしたかったのだが、仕方ない。右大臣の後ろ盾から離れたことをそれとなく伝えることのできるいい機会だと思えばいい。

 そういえば慈雨の宮はすでに仕事復帰しているのだろうか。さすがに日用品を送ってくれた礼を直接言った方がいいだろう。


「嵐山殿」


 御簾の向こうから椿の君が声をかけてきた。どうしたのかと思いその場で声をかけるがそのままでいいと止められる。


「雨避けの儀を行う姫巫女を、わたくしが口寄せをして選びました」

「口寄せ?」


 頭に浮かんだのはある忍者のバトル漫画でカエルやら犬やらを呼ぶ忍術だ。あれは忍術であって呪術ではない。


「私の体に先祖を憑依させ、問いかけるのです。おじい様……伯王の先祖である多くの先帝たちが答えてくださりました」


 椿の君は身分の割にその血筋は確かだ。それも合いまったのだろう。それで霧の宮が選ばれたのか。


「しかし、先帝は姫皇子を複数指名し、その中に「あきらこ」という名があがりました。その名にお心当たりはございますか?」


 思わず片膝上げてしまうが、結局流れた話だ。今のあの子に関係のないことに慌てても仕方ない。


「……内裏では斜陽(しゃよう)の宮と呼ばれていた」


 斜陽と呼ばれるようになったのは後だ。それでも彼女が生まれたのが夕方ごろだったから、その時間に咲く花として夕顔と呼んでいた。それが次第に広まった。

 晶子(あきらこ)と名付けたのは養子に出される直前だ。記録に残すため、本来であれば成人の儀式の時に付けられるのをまだ幼い頃に名付けられた。幼い姫皇子が斎宮になる際も先に名前を付けるような事例があったらしい。

 椿の君は納得した表情で「妹君だと知らず申し訳ありません」と頭を下げた。


「いい。また会えるかも分からない相手だ……ところで礼羅はどうしてる」


 話を変えて聞いてみるが椿の君は困った顔をしていた。


「淡々と罰をこなしておりましたが……」


 そういって渡してきた式札はところどころ歪んでいる。呪力を流して確認してみるが式札として機能しないなこれは。


「分かった。明日折を見て様子を見に来る」

「かしこまりました……あの、もう一つお伺いしてもよろしいでしょうか」


 妹のことを気にしたのだろうか一気によそよそしくなった。

 椿の君は俺に対して冷遇されている皇子ではなく天の御子と思い込むようになってから、拒絶されなくなったのにさらに距離を置かれているようで少々悲しくなってしまう。


「あぁ」

「五月に吉平様と共に討伐なさった狐は、夜半の君の乳母だったのですよね?」


 何を確認したいのだろう。


「それは礼羅から聞かれたのか?」

「いいえ……ただ、旦那様は嵐山殿下だけでなく、夜半の君のことも何かあると予見しておられたので……」

「……その話は俺からする。だから気にしないでくれないか」


 それで椿の君は是だと分かっただろう。無言で頭を下げる。


「それでは失礼いたします」


 背中まである束ねた髪を見送り、俺は昨日礼羅が寄こしてきた式札を取り出し折り鶴を作る。呪力を通した時にちりりと焦げた気がするがまだ使えなくもない。

 折ろうとすれば背中から視線を感じた。振り向いたが誰もいない。

 気のせいかと思いまた続きを折ろうとした瞬間、庭の方から突然襲い掛かってきたのをすぐに式札と左手にある数珠を持って使って防いだ。


「……礼羅!?」


 尻もちをついた俺の上に礼羅がうわっかぶせの状態になり、瞳孔を細めた礼羅が結界を爪を突き立てる。指先は懐の十字架のせいか煙が小さく立ち始める。


「礼羅落ち着――」

「四尾の狐を倒した噂があるのは知ってた!」


 彼女の魔力のこもった涙が結界に滑り落ち煙とともに蒸発する。

 だけど礼羅は常に俺といる訳じゃない。都にいれば少しくらいは耳にするだろう。

 獣らしく礼羅はきっと人よりは耳が良いはずだ。俺も梅の君やその女房らに口留めはしなかったから、口を滑らせていた可能性もある。

 女御が口を滑らせなくとも礼羅がいつか俺に牙を向けるのは分かっていた。だからいつか言おうと思って後回しにしていた、いや、そもそも生きていたのだから言わずともよいと思っていたのだ。

 礼羅は決して弱くないし、頭も悪くない。なのに油断していたのは俺の落ち度だ。


「でもその狐が金髪だったのは初めて聞いたの!耳や尾が黄金色をしていても見たことのないものは想像するのは難しいから!」


 結界にじりじりと音を立てて刺さる爪は伸び尖り、金色の瞳は光り縦筋が伸びる。それは獣ではなく鬼のようだ。

 指先の爪が割れ、血が滲み始めると同時に結界にもヒビが入る。彼女の頬も爛れはじめ、その傷が広がっている。

 俺はすぐに結界を解き、礼羅の両手を掴み転がって覆いかぶさった。


「……人に化けるのに狐は人を真似るから化けても髪は黒いもの」


 烏帽子が外れ、髪が乱れる。


「なら俺を殺すか?」

「……お婆は貴方に負けた。それだけよ。でも許せない。アンタは、私から媽媽(ママ)を奪った!」


 首から下げていた十字架が礼羅のぽとり胸元に落ちるとじゅっと煙を立てた。

 掴んだ手首から脈を感じ指からは真っ赤な血が滲んでいる。十字架の影響を受けた個所は爛れ、人の魂でも欲望でもなく日光や月光で妖力を蓄えることができる。

 この女は本当に人で悪魔で妖なんだ。


「お前の親は生きてる」

「嘘よ!ならどうして私を迎えに来ないの!?」

「お前に迎えが来るのは父親だろうが!」

「嫌だ!お婆じゃないとやだぁ!!」


 しかしここまで来ると駄々っ子だ。ここまで赤ちゃん返りするほどあの狐は甘やかしたのかと呆れてしまう。


「いい加減にしろよお前十六だろうが!」

「百歳までは子供だもん!お婆が言ってたもん!」

「ここで妖基準を持ってくな!」


 両手の抵抗が弱まったと思ったら、触れていた個所から流れていた礼羅の妖力が減っている。

 まずい、十字架を触れすぎたか!


 慌てて十字架を仕舞い、抱き起して魔力を流し込めば徐々に彼女の傷は治っていくが、徐々に体が軽くなっていく。

 どういうことだと戸惑ったのと同時にずるりと衣が肩から脱げ落ちる。


「礼羅!?」


 ふさふさの耳にもっちりした頬のあどけない顔がえぐえぐと泣いている。

 礼羅の体が縮んでしまっていた。


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