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21-4.陽光


 霧の宮、もとい霞の宮が呪詛された件については雨避けの儀で呪詛返しを行うことになった。

 右大臣はすでに藤壺女御の子供達を支援していること、そして母の実父である元丹波の守の所縁から今の関白に変わるかと思いきや「すでに自立しているのだから必要ない」ということで、後ろ盾の無いフリーの状態になった。出雲の守の立場は変わらないままで。

 去り際でもどうか考え直してくれないかと言われたが、幼いころから祖父として気に掛けるどころか遠ざけられ、本当に帝の子かと疑うようなことも幾度と言われた。手のひら返しをするのが遅すぎだ。

 送り込んだ家人は惟也以外は全員俺の顔を見て逃げた臆病者。晴明殿越しに文を送りつけていることも知っていた。

 だからもういいのだ。

 しかし明らかに右大臣の遠縁である惟也へどう話をしようか、考えなければならないことが色々あるのだが、結局部屋の外で待っていたらしい晴明殿の牛車の中で俺は目の前の部下に対して顔を向けることができずにいた。

 晴明殿の屋敷は橘邸を出て三つ目の大通りを過ぎた場所にある。それでも屋敷一つ一つが広いため、徒歩でならかなり歩いただろう。


「その顔はどうやら何かあったようだね。話ができて何より」


 晴明殿は全部知っていたようだ。あえて俺に言わなかったのは気を遣ったのか、それとも。


「屋敷のこと、黙っていたのはわざとですか」

「さぁね?……私は君が言っていたことの通りに話をしただけだ。右大臣はそれを真に受けず立派なものを作ったのは意外だったけどね。

 それに私が右大臣のことで諭しても君に届く自信はなかった」


 晴明殿の言う通りだ。政も風見鶏で周囲の者だけでなく実の娘ですら政治の駒としか見ていない右大臣を信用することなんてできる訳が無い。帝から右大臣に縁を切れと言われた時は清々したくらいだ。

 右大臣の座を降ろすことが出来ればもっと溜飲が下がっただろうが、帝は東宮時代から世話になった恩があるからそこまではしなかったのだろう。

 初めから俺が動けばそれこそ源氏になる事も出来たかもしれない。

 そう今更考えたところで、きっと俺はその時も内裏に行かないという選択肢を変えることは無かったと思う。


「……その右大臣の後ろ盾から離れることになりました」

「では君は己の身一つ立てるようにならねばならないね」


 右大臣からの支えが今までなかったのに、何をいまさら。


「俺は術師として立ちますよ」

「そうか」


 晴明殿の顔は眉を下げ、少し困ったような顔をしていた。



―――



 礼羅を晴明殿の屋敷に置いていくと俺と晴明殿は陰陽寮で報告書を記す。

 ついでに吉昌を呼びつけどうやって引っ越し先の屋敷を見つけたかを聞いてみたが、偶然知り合いが亡くなり家主が無くなったのを屋敷が痛まぬよう管理も兼ねて譲り受けたのだそうだ。


「都に住まいを置きたくないと言っていたのにどうなさったのです?」


 周囲に人がいるから仕方ないとはいえ、以前のようにため口ではない話し方で話すことに寂しさを覚える。

 吉昌の目の下には隈ができていた。吉平がやっていた仕事のしわ寄せか、それとも暦の編纂作業が大詰めを迎えているのかその様子では帰れているのかすら怪しい。


「……最近はよく出仕することが多くなったからな」

「そういうこともありましょうな。母屋と離れが一つだけをご所望なら伝手がありますが――」

「いやいい。聞いてみたかっただけだ。残月か惟也に探すよう頼んでみる。それよりも、最近は大丈夫か?俺に手伝えることがあるなら……」

「殿下のお手を煩わせることはなさいません。それに、最近播磨から客人が参られたので彼と意見を交わすことも多いのです」


 吉昌はちらりと術師が集まっている場所を見ていた。

 光義が袈裟と頭巾を被った坊主と何やら話をしている。光義の後ろには下人がおり何やら通訳をしているようだった。以前吉平の文で紹介した播磨の術師と言うのが彼なのだろうか。


「あの下人は」

「播磨の訛りが強くて会話が中々通じず、その出身の物を起用したようです」

「なるほどな」


 「しかし彼も父上からの嫌な洗礼にあったようだ」と言いながら同情の目を向けていた。


「何があった?」

「陛下が播磨から来た術師の噂を聞き、二人は術比べをしたらしい」


 どこかで聞いたことがある話だ。吉昌の口調が戻ったことを気にすることもなく俺は話を促す。


「その術比べとは箱の中身を当てるものだったようだが、あらかじめ控えていた答えが蜜柑十二個だったらしく、播磨の術師はそれを言い当てた。

 しかし父上が答えたものは鼠十二匹。答え合わせで箱を開けてみればもうその場は阿鼻叫喚の大慌てだった」


 ちなみに蜜柑は二つほどつまみ食いされたものの晴明殿が隠していたらしく、陛下の褒美として六つは播磨の術師に、残りは晴明殿に渡されたらしい。

 「これは負けず嫌いの父上が蜜柑と鼠を入れ替えたに違いない」と晴明殿を非難しているが、おそらく晴明殿は箱の中を言い当てるだけが術比べではないと思っていたのだろう。それか箱の中身を言い当てるだけではつまらないと思ったか。

 どちらにせよ播磨の術師は先を取ってしまったばかりに晴明殿に負かされたことになる。


 吉昌の話を聞いて少しずつ思い出してきた。あの播磨の術師は道満法師、蘆屋道満と呼ばれた晴明殿のライバル的存在だ。

 もう一度その坊主を見る。剃髪をしばらくしていないのか髪は少し伸びているものの、その容姿は三十路超えたばかりと言ったところか、もし本来の歴史なら道満法師が来るのは少し後だと思っていたが。


「彼の名前は聞いているか?」

「まさか術比べでもするのか?」

「しない。俺がそいつと術比べしようものなら向こうが咎められるだろ」


 吉昌ははっと思い出し、苦い顔をしながら「蘆屋の道満法師と皆呼んでおられます」と答える。やはり彼が蘆屋道満だった。

 かつてのオタクだった俺ならその様子にウキウキだっただろうが、彼は実在の記録では当時の関白を呪殺しようとしたのが本人にばれてしまい結局播磨に飛ばされた。彼も同じように誰かの政戦に肩入れする多となれば俺も最悪巻き込まれかねない。

 もう右大臣の後ろ盾から離れたとはいえ、周囲の認識はそうそう変わることがないのだから。むしろ右大臣によって呪われる可能性もある。


「……その法師は一体誰に肩入れするんだろうな」


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