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20-6.礼羅


 私はすぐにその場から去ろうとしたけど衣が重くて姿勢が崩れた。陽光も同様でその場に立ち上がったけれど私が足を引っ張ってしまった。


「どうした」

「……このお話は私の手に余ります」


 帝に聞かれて陽光が答える。


「どうやら陛下の瑕疵に関わることを知るのを恐れているようだ。しかし殿下、貴方の実の父君ではありませんか」


 晴明がそう言うけれど女房も侍従も私以外居ない状況で私もここにいていいのだろうか。


「今まで陽光が余に不義理をしたことはない。それにその娘も口が軽いとは思わぬ。それにこれを教えたからといって進退に関わることはない」

「……恐れ入ります」


 帝の言葉に陽光が渋々頭を下げるのを私も倣う。だけど右大臣は訝しげな顔をする。

 右大臣はそばに居る私が気に食わないのだろう。陽光野そばにいる得体の知れない半妖なのだから。


「夜半の君。何かあったかな?」

「ございません」


 晴明は目ざとくこちらを見る。晴明はたまに私をよく観察してくるから油断ならない。


「あの晴明が興味を持つ娘なぞそういないと思うが。どう思う右大臣よ」

「……梨の二の舞になって欲しくないものですな」

「右大臣殿もこれは手厳しい」


 梨がどうしたのだろうか。陽光を見ても首を横に振るだけだった。後で梅の君に聞いてみよう。


「さて、余の目のことか。……これは晴明には話したが、気の病だ。余は別に全く文字が読めぬというわけではない。歌が詠めぬのだ。

 余が歌だと思ったものはとたんに本でも紙でも、砂で書いたものでもなんと書いてあるのか文字一つも文字がかすんでわからぬ。そして余が歌を詠もうとすると声が出なくなる」


 この帝のそれは陽光のお経を聞くことができないのと重なる。

 陽光を見れば相変わらずの無表情で、私ですらどうしたらいいのか分からなかった。


「ですが陛下、毎年春には、声高らかに読まれていたではありませんか……!」


 信じられないと言わんばかりに右大臣が詰め寄る。

 内裏などの恒例行事であれば帝が歌を詠むこともあるのだろう。右大臣もその様子をよく見ていたはずだ。


「呪具と言ったか?首元に忍ばせていると遠くで呼びかけた声が聞こえるものがあってな。代筆させたものを術師が声を変えて読ませていた。これまで探られたことは無かったが余の声は特段癖がないらしい」

「陛下のお声は明朗でよきお声でございます」


 晴明が帝の声をほめる。


「だが今更だと思うだろう。もう霧が生まれて何年も経つ」

「……」

「話さなかったのも時期を伺っていた。関白も侍従の頃よろしく余を持ち上げてくれはするが名ばかりで心許ないからな」


 そういって陽光を見る。帝はやはり陽光を期待している。


「そうだな……初めにお主ではなく由良を選んだのは余の落ち度だろう。この屋敷で宴は余と梛を引き合わせるものだったのに余は由良を選び、お主はそれを知るとすぐに髪を切ったと聞く」


 しかし「違います」と女御は返す。


「由良の君が儚くなり、行き遅れたわたくしが里内裏に入れば恥の上塗り……それに……たとえ相手が皇子であろうと帝であろうとわたくしは誰とも契りたくなかった」


 帝は困った顔を浮かべ、右大臣は啞然としている。

 そして晴明は何を思ったのかその場から立ち上がった。


「ならばもう私の役目はございますまい。私はこれでお暇しましょう」

「天文博士殿!?」

「晴明殿が出るのなら私も――」

「陽光。其方はまだここにいなさい」


 陽光も便乗して出ていこうとするが帝に引き止められる。

 晴明は、去り際に一言。


「陛下、それでは御前を失礼いたしまする。右大臣殿、話はまた後日。嵐山殿、貴方もそろそろ目の前のことを知るべきだ」


 陽光まで置いていくことに私は戸惑った。御簾をくぐり一人屋敷から出ていくのをその場で見送った。


「……今更何を」


 晴明の去り際の一言に陽光は自棄(やけ)になり独り言つ。私は今も空気になるしかなかった。


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