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20-5.礼羅


 皇子と姫宮が遠ざけられた。あまり子供に両親の不仲さを見せるものではないから少し安心している。

 だけど肝心の二人を見れば帝はやや情けなさそうな顔で藤壺の女御を見るも彼女はつんとした態度で目を合わせない。それに陽光と右大臣がいら立っているのを感じるし、晴明は面白そうに見ているから居心地が悪い。


「取り替えたのはわたくしがやったこと、それであれば陛下はわたくしを罰せればいいでしょう」


 ようやく口を開いたと思えば投げやりで、右大臣は帝の手前抑えていたであろう怒りが爆発した。


「お主は陛下の御子をなんだと思って――!」

「ですが霧の宮……いや、霞の宮でしたな。あの方に呪詛を与えたのは貴女様ではないはずだ」


 怒鳴り散らす右大臣を晴明が押しのける。

 籠目紋と呼ぶらしいその飾りを掲げ、「よくできた品だ」と覗き込んでいる。

 円の中に六本の線で組まれた星がはめ込まれており、上には長い組紐でぶら下げることができるように引っ掛けてある。

 知らない間に晴明が調べていたのだろうその品は、鉄でできているのは目に見えてわかるものの、刀の鍔のような繊細さは欠けるものの、研いだ刀や磨いた鏡のような輝きを放っていて少し不気味だ。


「僭越ながら、女御様はこれまでの口振る舞いから実子養子分け隔てなく平等であるように心得ているように伺える。今回の騒動についても何者かは分からなくとも我が子が病に臥せっていることに動揺はしていたようだ」


 飄々としておりながら晴明は腹が立つほど周りをよく見ている。


「霞の宮の腹の中から見つけたというのも、こんな代物を母親の目を盗んで仕込む者がいるとすれば、世話をしている者以外におりますまい」


 そして性格が悪い。

 当事者たちは自分の身近にいる人間らに対して疑いをかけている。お婆から聞いていたけれど、周囲が己に害成すことがよくあるのは本当のようだ。恐ろしいことであるのはわかるけれど納得もする。


「それに――おっと、これ以上は私の口からははばかられますな」


 右大臣は晴明が言いたいことを察したのかにやりと口角を上げた。


「……お主も人が悪い」


 二人がそろって悪い笑みを浮かべている様はまるで狸と狐だ。

 陽光の方を見れば少し不機嫌そうな顔をしている。


『貴方右大臣に嫉妬してるの?』

『するわけないだろ』


 即答するくらいには図星だった。

 陽光は陰陽師としての師である晴明を尊敬している。その実力は本当だろうけれど


「ほう、その呪詛を返すか」

「腹の座りが悪いですからな……しかし好機を探らねばとも考えを……」


 こうして二人が何か策略を練っているけれど陽光も昔からそうやって知らない者から呪われるようなことをされたのだろうか。右大臣はそうした呪いから陽光を守ったことはあったのだろうか。

 陽光とその母親が内裏にいたころは嫌がらせをされていたことや右大臣から邪険にされていたことはなんとなく聞いているけれど、この様子を見るとなんだか違和感を覚える。


「わかった。晴明、先を占うのはお主に任せる。こまで来ればこちらも肩入れせねばなるまい」

「かしこまりました」


 二人が話を済めばすぐに帝と女御に目を向ける。


「右大臣はすぐに身を引いたが、まだ治まらぬか?」

「……」


 帝の声掛けにも藤壺の女御はまだ黙ったままだ。


『女御は何がしたいのか分からないわ』

『これじゃあまるでこれでは八つ当たりだ』


 陽光が念話で言い切る前に帝がかぶさるように告げる。


「梛が過去のことで根に持っていることは知っている」


 帝は懐から一枚の文を出した。

 紙は古くなっているけれど、中に和歌が認められている。


 それはあの火事が由良の君……陽光の母親のせいなのではないかと尋ねる内容だった。


「ははっ、面の娘も読めるか。その面がどうなっているのか見てみたいものよ。気にならぬか右大臣よ」

「確かに、気になりはしますな」


 驚いたことを悟られ、居た堪れなくなる。


「何しろ殿下はすでに狐を――」

「やめてください」


 陽光が突然怒気を帯びた声を上げる。理由は分かるけれど今日は一段と不機嫌だ。


「ははは、娘の顔を晒すと思ったか陽光!……あの面は晴明が作ったのだろう?同じもの誂えさせるだけよ」


 私の顔を晒すことに怒る必要はあるのだろうか。先ほど霞たちに面を取られて顔を晒されたけれど、見られてもあの子供らの世話係だ。私の顔を見たところでどうもしないはずである。


「お戯れを」


 晴明はやんわりと断る。帝相手に同じものを作るくらいして差し上げれば良いのに。

 帝は冗談だとふっと笑みを解き、その文に視線を戻した。


「余はあの火事から歌が詠めなくなってしまった」


由良の名を、煙とともにあぐる夜は、火のゆゑ問はば、誰とこたへむ

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