20-4.礼羅
面の下を見られ、陽光は命婦に対して警戒しているようだったけれどそれ以降は何もなく、しばらくすると帝が右大臣と橘邸に来たと、屋敷の女房に呼ばれた。
私と陽光は藤壺の女御のいる離れに向かった。
面は付け直したものの、周囲には人が多く、屋敷中の家人や女房が帝を一目見ようと集まっているのがわかる。そして昨日とは変わって陽光は覆面を外していたので周囲のざわつきもより一層深まっている。
『顔を見られたからってなんだっていうのよ』
『帝の反応を見ただろ、そんな呑気なこと言うな』
念話で陽光にくぎを刺されるが知らんふりをする。
だけど先ほどのやんちゃな子供二人が御簾の向こうにいると思うと気が滅入る。帝の御前ということもあって私は御簾の外で待とうとしたが、陽光が私の腕を引いた。
『やめてよ帝の前よ』
『じゃあ何で来たんだよ』
陽光と睨みあいになるも、帝から「入れ」と苦笑しながら呼ばれてしまう。
仕方なく陽光の後に続いて御簾をくぐれば中央に帝、そのそばには右大臣。そして少し離れたところに離れの主である藤壺の女御と霧の宮と霞の宮の子供二人。昨日祈禱をしていた晴明も同席していた。
室内もやけに薄暗いのはすべての御簾が降ろされているだけでなく周囲に屛風も並んでいるからだろう。
「改めて日を置かずすまぬな、右大臣」
「いいえ滅相もござりませぬ。こうして来ていただけることは真に光栄の極み……」
二言三言右大臣と帝は世間話をすると、帝は「して……」と辺りを見回した。
「晴明。昨日のことを申せ」
「……昨日、陛下のご用命と、嵐山の殿下とそこの娘の三人でここの橘邸に向かいました」
晴明は自分の視点で昨日の出来事を話した。
屋敷につけば晴明と私だけが呼ばれて陽光は曹司の方で接待をされていたこと、自分は祈祷を行い私が直接姫宮の体に触れて気の流れを確認し原因を探ったこと、私の異変に気付いた陽光が走って私のところまで来て指示を出していたこと、落ち着いて気の流れを見れば姫宮だと思っていた相手が実は皇子だったこと。そして腹の中に六芒星の紋をかたどった物が出てきたこと。
祈祷をしながら式神で周囲の様子を見ていたのだろうけれどよくもまぁ全てを把握するなんて器用なものである。
だけど帝が気になったのは最初の陽光が遠ざけられていたことだった。
「梛、お前陽光を遠ざけたのか」
「女房らがそうさせたのです。わたくしの指示ではございませぬ」
昨日呼んでないって言っていたのに何をしらばっくれるのか。
彼女のつんとすました態度にさすがの右大臣もあきれ顔である。
「陛下、この無礼まことに申し訳もござりませぬ……」
「其方が頭を下げる必要はない。それに下げる相手は余ではないはずだ」
「……申し訳ございません」
再度右大臣が頭を下げるが陽光は無言だった。
どうせ『どの面下げて……』なんて内心ぼやいているのでしょう。
「それにしても、今回魔除けの意味もあったのやらなかったのやら」
「天文博士、其方、まさかわざわざ魔除けのために取り替えていたと申すか?」
藤壺の女御は馬鹿らしいと嘲るが晴明はわざとらしく驚いた。
「おや、ちがうのですか。貴女の実子は姫宮でしょう。いくら元服前の子供とはいえ周りを惑わせることには成功したのでは?」
「無礼な!どちらもわたくしの子です!どちらが欠けるなんて考えたくもない!」
さすがにこれは晴明のほうが悪い。
「これは失礼した。こちらは仕事柄そういったことも視野に入れなければならないのでね。……しかしそれにしても、生まれた日もご母堂も違うのにまぁよく似たお二人だ。私の目も欺けるほど」
そうは言うけど当の本人は悪びれる様子もない。
もしかして晴明は二人の見分けがつかなかったことを悔しがっているのだろうか。誰も分からなかったのだからそれで悔しがっても仕方ないだろうに。
しかし晴明は話を続けた。
「それでお遊びにしては度の過ぎた取り替えっこ。まるで、さる御方に当ててみろと言わんばかりですなぁ」
意味ありげにその狐の目は帝と右大臣を見ていた。
藤壺の女御はふっと扇で顔を隠しきれない笑いをこらえはじめた。
「わたくしとわたくしの女房以外、誰も、子らを見ないのですから、別に良いでしょう?中身が違っていても周りはそれに纏わりつく権力ばかりが目につくのですから」
「何を言うかと思えば……っ!」
「陛下はすでにご存じであったのではないのですか」
怒鳴り散らそうとする右大臣を押しのけ間髪入れず陽光が帝を見る。
その真っ赤な瞳は確かにその帝の顔をしっかりと捉えていた。見慣れていてもその双眸は息を吞むほどにまっすぐだ。
帝はそんな陽光を一瞥しその場から立ち上がると女御の近くまで歩み寄り、そばにいた子供らの頬に手を伸ばした。
「父上?」
「不思議なものよ。母は違うのにこうも二人の顔が似ている。しかし全て余に似ているようにも見えぬ」
霞の実の母が誰なのかは知らない。けれど上流貴族は大体がどこかで縁が交わっているようなので顔が似ることもあるのだろう。
「どちらも余の子だ。霞は春に生まれ、霧は秋に生まれたのだ。霞はやはりこの姿がよく似合う。前は女子の姿をしていたからよく分からなかったがよく見るとその目の凛々しさが増したな。霧は見ないうちに髪が伸びたか?」
あまり父帝と触れ合う場も少ないせいか二人は揃ってはにかむ。
「なぜ、分かるのですか」
「わかるさ、己の子なのだから」
藤壺の女御の納得がいかないのを知って知らずか帝はそう返す。
それに対して女御は扇を握る手が震えていた。
「そうやって、また都合のいいことを仰る……」
「……」
静かに、しかしはっきりとその言の葉は聞こえた。
「母上……?」
「お二人は場を離れましょう」
今まで控えていたらしい命婦が屏風の裏から出てきた。
あまりに突然で思わず声が出そうになった。
女御ははっと我に返り命婦を見やった。
「手間をかけます」
命婦は肯定するように頷き童らを呼び寄せその場から離れた。