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20-2.陽光


「ねえ藤壺の女御、本物の霧の宮はどこにいらっしゃるのでしょう?」


 面白いことになったと傍観している晴明殿はさておき右大臣は怒髪冠を衝く勢いで怒鳴りあげた。


「またお主はそんな小賢しいことをしおって!」

「何を仰っているか分かりませんわ、右大臣」


 怒り心頭な父親の前でも白を切るなんて肝が据わっている。


「いくら姉弟でも男と女を入れ替えるなぞ!魔にとり憑かれたか!?」

「子供だけでなく、女人の違いも分かっていない人に果たす義はございません」


 間髪入れずに女御はそう答える。確かに帝は誠実に見えてそうでないと思う女もいるのだろう。

 そして虚ろを見ていた女御が俺を一瞥し、「だから顔を合わせたくなかったのに」と呟く。


「殿下。幼い頃に内裏から離れた貴方から見て、私の立場がどんなものか想像が出来まして?」

「……」


 俺が何も答えられずにいると水干姿の家人が御簾の向こうから声をかけてきた。


「御方様、旦那様。陛下から文が届きました」


 控えていた女房が御簾をめくり受け取った文を検める。


「明日陛下が伺うと……」

「なんだと」


 右大臣は驚いて立ち上がり「こうしちゃおれん!」と言って娘の言い分を聞くことなくその場から退ける。

 屋敷の主人が出て行き困惑したまま文を持った女房が女御に文を渡すと深くため息をまた吐いた。


「殿下とその御付きの方、今宵はうちで休まれたほうがよろしいかと」


 同席するよう陛下が望んでおられるようですから。と女御は文をその辺に投げた。



―――



 結局何を思ったのか女御は狭い曹司ではなく、離で休めと言われ俺と礼羅はそこに案内される。

 移動中庭に見えた色付き始めの紅葉にやや目を見張るも何も考えないようにする。右大臣は上級の貴族相応に妾や召人もいたらしいからその子供のどれかが使っていたのだと思っていた。


「殿下の宿下がりのお部屋です」


 そう言って家人が案内するその口ぶりに目をひそめる。一体右大臣はどうしたいのだ。


「結局面倒なことになったわね」

「なんでお前がこの部屋に来るんだよ」


 隣に女房用に仕切った局があるだろうが。


「向こうの女房らが隣の局に控えているの。こちらの様子伺って、気味悪くてしょうがないわ」


 「おちおちお面も外せられない」とごねりながらその辺に寝そべり己の髪を弄ぶ礼羅だが、丸ごと離の建物を貸し切っているとはいえ、周囲には女房や侍従がひっそりと控えている。

 俺は黒の覆面を外したものの、礼羅は何か思うところがあったのかお面を外さなかったし、すぐに動けるようにか長袴でなく足元が見えるくらい短い物とさらに(しとうず)を履いている。それ俺のだろうが。

 従者女房は歓迎している素振りを見せるが、右大臣の思惑も分からない。


「晴明もこういう時使えないわ。なぁにが陰陽寮における陽光の後ろ盾よ」


 結界で話し声も聞こえないとはいえ礼羅も言いたい放題にいう。

 晴明殿は「他にもやることがあるから」と持て成しも受けず帰ってしまった。ほぼ孤立無援の状態である。


「今からでも嵐山に帰らない?」

「駄目だ」


 晴明殿が帰ってしまったので牛車もないし急用だったので黒弓も連れてきていない。右大臣に嫌われたところで今更なところがあるが、それでも黒弓なしで雨の中帰るのは危険だ。

 ふと礼羅が上を見る。俺も同様に気配を感じて手を上げれば一線の光が手の中に入ってきた。


「矢文?」

「残月からだ」


 折りたたまれた文を広げて見れば普段は歌のセンスのない俺へのあてつけか歌が書かれているのだが、今回はそれは書かれていない。

 要約すると「精々おきばりやす」という内容の文が書かれていた。

 隣でひょっこりと覗き込んだ礼羅も読んだのか文の内容を見て顔をしかめていた。


「残月もひねくれてるわね」

()ってなんだ」

「色々よ」


 礼羅は欠伸をすると「返事は書くの?」と聞いて来たが「必要ない」と返す。「あぁそう」と御帳台に入った。


「おいそこで寝るな」

「陽光はあっちの塗籠(ぬりごめ)に入ればいいじゃない。いつもそこで寝てるんだから」


 欠伸をしながら指をさすが、呆れながら腕を組んだ。


「知らない間に部屋で何かされたら俺も対処できないだろ」

「陽光、何のための式神よ」


 礼羅は来ていた(うちき)を脱ぐとぼふんと煙を立てて化けた。お面を外しながらこちらを見る顔は俺に化けたのかと自覚するまで少し時間がかかった。

 自分の顔とはいえ燈台だけの薄暗い部屋で見ると本当に幽霊のような顔だ。


「暗闇だと本当に物騒な顔だな」

「お化粧でもしましょうか?」

「やめろ」


 化粧した俺なんか見たくない。この時代の化粧はまろ眉におちょぼ口の「おかめさん」みたいな化粧にお歯黒だ。

 女性は基本的に扇で顔を隠し男は親しくもない相手であるなら顔を見ないのがマナーということもあり、普段は見ることすらないのだが前世の記憶が寄ってからというもの、今までは絵や雛人形で見ていた姿もリアルでみるとかなり怖い。


「女ならともかく、男ならどうしようもないだろ」

「そうかしら?夜に見に来るなんて夜這いにきた女じゃない?来ても私が変化(へんげ)を解いて追っ払うわよ?」


 それは変化する意味ないだろうが。


「逆に男ならどうするんだ。一人はどうにかできても複数相手は無理だろう」


 礼羅は山奥で暮らしていたのを山賊に見つかって連れ去られて都まで来たのだ。妖術が使えない状況にされたら完全に丸腰だ。


「ならその時は起こすわ。『庚申待ち』の時と同じよ。それに他にも式神連れてきているじゃない」


 庚申待ちというのは庚申の日に夜通し起きる風習みたいなもので、起源が道教だからか、道徳経に精通している礼羅もあっさり信じた。夜通し起きては惟也や俺との雑談に付き合っている。

 だが今夜は庚申じゃないし、そう軽い信仰心で行うような安いものではない。かといって全員が眠ってはいけないというわけでもない。

 連れてきた式神は使えるのか微妙なやつだ。仕方なく俺は懐から式札を取り出した。


香筆(こうひつ)

「くるっくー」


 キジバトの香筆だ。矢文の術が使えない俺には伝書鳩代わりになるかと思ったがこの鳩、黒弓と同じではっきりと口を利くようなタイプではないらしく、しかも気まぐれな性格なのか人の話を聞いているのか聞いていないのか見ていて分からない。

 意思疎通ができない式神を見て礼羅は呆れた顔でこちらを見てくる。


「香筆を連れてきたの?」

「仕方ないだろ連れて行けとつついてきたんだ」


 行く前にいつも通り黒弓を連れて行こうとしたら香筆が突然札から出てきては俺につついてきた。

 さらには飛んでは烏帽子を外し俺の髪を解こうとする勢いだったので仕方なく札の状態で連れてきたが、この使い方はいまいち分からない。写経ができるから筆の指南役くらいか。


「いてっ!?こらつつくな!」


 容赦なくつついてくる。この鳩丸焼きにしてやろうか。

 結局礼羅には俺の身代わりにはさせず先に寝て体力を維持してもらい、夜中交代して見張りをすることになったのだった。


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