20-1.陽光
周囲には晴明殿の式神が未だ周囲を飛び回っている。そして本人は目を閉じたまま颯爽と歩いていた。
視界を式神に頼りながら歩くなんて器用な事が出来るのは晴明殿くらいだろう。
俺は六芒星のキーホルダーのような物を握る。六芒星はダビデの星とも言うがどこかの社の家紋にも籠目紋として使われていると前世で聞いたことがある。本当のことは知らない。
この時代における家紋はまだ牛車に乗っている人物が誰なのかを識別する程度のものでしかないが、それでもこの六芒星は何かを象徴する重要なものではないだろうか。
どちらにせよ悪い意味として扱われる紋ではないが、それが呪詛のトリガーなら色んな意味で大問題だ。
それに礼羅は何か勘づいたらしく、面で顔を隠しているのにわざわざ扇を構えては視線をさまよわせていた。動きは大人しいのにそわそわしているのが目に見えて分かる。忙しない奴だ。
『礼羅、霞に何かあったか?』
念話で聞いても『後で藤壺の女御に確認するわ』と返される。何も答えないから後で何をやらかさないか怖い。
藤壺の女御がいる部屋に入り、几帳の向こうにいる女御の前に晴明殿は頭を下げる。
「女御様。霧の宮の祓除が終わりました」
「……呼んでない方がいますわね」
女御の視線がこちらに向いていた。晴明殿がフォローをする。
「殿下のことでしたら……女御は契約主である娘ばかりに任せようとしておりましたが、平民の娘に姫宮の相手をさせるのはとても重荷で酷でしょう。それに呪詛についてもこのお方が居なければ祓うことは出来なかったのですよ」
「あの娘は狐と言っておりましたが?」
「彼女は半妖である以前に十六の娘でございますから」
「それは本当かしら。狐は信用できるものではないでしょう」
「それは貴女様も同じことでしょう。信用できない相手に己の姫宮を託そうとしていたのですから」
にこりと晴明は返す。これだから晴明殿には敵わない。
「……質問を変えましょう。何故右大臣がいるのです」
女御は俺を追い払うことを避ける代わりに右大臣について言及すると今度は本人が応えた。
「女御よ、私とて身分は違えど姫宮は孫なのです。心配で気に掛けて参じたのです」
妃になればその中で序列こそあれど帝の次に敬うに等しい存在になる。妃になれば父と娘の立場が逆転することもあるだろうが、ここまで右大臣は腰が低かっただろうか。
「それで、終わりの報告にしては大所帯ですのね。天文博士殿」
「えぇ、えぇ!それにつきましては嵐山殿……いや、殿下が分かるかと」
勝手に俺に回すな。覆面越しに睨みつけるが打ち合わせなしでここに来たのだ。俺が説明した方が早い。
俺は前に出て手の平から六芒星の紋を模った物を前に掲げた。
「女御、これに何か覚えは」
取り出した飾りは既に効力は消えているがこの形に意味があるのであればかなり重大な証拠となる。晴明殿は普段から細い目を大きく開いたので覚えがあるらしい。
「……天文博士が使っているものと似ていますね。それが何か」
五芒星と似ているが俺は比較するために懐から式札を取り出して見せる。
「晴明……天文博士が使用しているのはこちらだ。五行思想を図にしたものだからこちらは角が五つしかない。これは角が六つ。これが霧の宮の中に入っていた。抜き取った途端体調が回復したということはこれで祓徐したという事だろうが、何者かが彼女に誰か接触したということはないだろうか」
「いいえ。霞の宮は部屋での手習いや遊びが好きな性格ですもの」
霞は見ててお転婆な子供だろう。反論しようとしたら礼羅が先に口を開いた。
「『春霞、秋は霧とぞ名を変へて、何を隠さん。かかるけぶりに』」
(春には霞、秋には霧と呼び名を変えるけれど、一体何を隠そうとしているのでしょうか。このたなびく煙の向こうに。)
「おい夜半!」
歌で挑発する礼羅に思わず声を荒げる。晴明殿はにまにまとしているが流石に表情は隠して欲しい。
『挑発するようなことをするな!』
『こういう時に歌を出すって梅の君から教わったわ。何が悪いの』
北の方が余計なこと吹き込んだか、礼羅が変な解釈をしたのか。喧嘩を売るならこちらは右大臣だけで精いっぱいだ。穏便に終わらせようとしたのに礼羅は何を考えている。
しかし藤壺の女御は返歌をすることはなかった。
「かまいません。……母が違えど、二人は顔がよく似ているのです。まだ子供なのだから混ざってしまうのは当たり前のことでしょう?」
確かに名前も似ていて顔も似ていれば混ざってしまうこともあるだろう。しかし男女の違いがあるしましてや生母同士にも身分の差がある。身分の高い者に対して訂正する者もいないことも不自然だ。
右大臣も体面を気にするなら自ら訂正してもおかしくない。だが女御と不仲であるなら正しい情報が直接得られない可能性もある。
「以前私と主が内裏に参じたとき、帝の一言であの姫宮が霞の宮だと思っておりました。しかし今回呪詛を祓って欲しいとおっしゃったのは霧の宮。てっきり貴女様には二人の女子を養育なされていると思っておりましたが、御子は男女一人ずつだそうですね。そして今回あの姫宮は私のことを恐れ多くもおぼえてくださいました」
開き構えていた扇を閉じる。
「ねえ藤壺の女御、本物の霧の宮はどこにいらっしゃるのでしょう?」