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14-3.礼羅


 主が住まう場所から御簾と几帳を挟んだ隣で晴明は祈祷の用意をし始めた。

 晴明が読経する事が出来ることに驚きだったけれど、案外その姿は様になっている。半妖の狐のくせによくやる。

 私は女房に続いて中に入る。促され、仕方なくその場に座って礼を取る。

 晴明の屋敷では支度をする途中北の方からはこんな事を言われた。


『女御の御前に出る時は殿下の式神であることをしっかり強調してください。……おそらく、何か向こうで勘違いされているような気がします』


 北の方が何を感じたのかは知らないが持っていた扇を閉じ、作法に則って座る。


「嵐山におります殿下の式神、夜半が参りました」

「……夜半の君。天文博士の屋敷よりよく来てくださいました」


 強引だった癖によく言う。

 御簾越しに微かに見える女御の顔は読めない。普通なら胸のあたりで切り揃える鬢削(びんそ)ぎを顎より上のあたりで厚く鋭く切り揃えている。

 衣は秋に合う深い赤や色付き始めた葉のような黄色を用いた重ねではあるが、顔は心做しか血の通いが無い。

 上流の貴族は帝を中心にどこかで血の繋がりがあるようで、皆顔の雰囲気が似たり寄ったりだが彼女は髪で顔を隠している分極めて暗く見えた。


(霞の宮と似てないわ……)


 以前藤壺に来た時はかなり警戒していたが今も同様だろう。

 じっと見つめていることに女御は何を思ったのか続いて話を続けた。


「早速ですが姫君を見てくれるかしら」


『先に一度母親としてどんな症状があるか聞いてくれ』


 陽光の念話だ。この視界を陽光は見ているらしい。


「それよりも先にどんな症状が出ているか教えて頂けますか」


 女御はそっと扇を深く構えた。すると傍にいたおそらく彼女に仕える筆頭の女房からすげなく返す。


「呪いに関係ないでしょう。祓えばよろしいのですから」


 陽光からそうじゃないと嘆く感情が届いて聞き方を間違えたと気付いた。

 今晴明が祈祷をしている。普段の晴明とは違い単調な声が離れによく響いていた。


「お前には分からないかもしれませんが、姫様は帝の孫御子であるだけでなく、右大臣――帝の次に重要な御方の一人の孫に当たる御方。他の妃に比べたらそのお立場では誰かに呪詛を吐かれてもおかしくありませぬ」


 更に鼻に付く言い方をされるがその言い分も間違いないのだろう。

 その立場なら何時呪われてもおかしくないだろうが、彼女は帝になる可能性の低い姫皇子(ひめみこ)。宿下がりを余儀なくされるほどの呪詛を喰らっているのであれば原因を探るべきだ。


「我が主から聞けと仰せ願っております。それに、御方様は呪った相手を憎いと思わないのでしょうか。仕返しをしたいと……それとも仕返しのできないお相手からの呪詛にお心当たりがあるのでしょうか?」


 女御がまたちらりと女房を見やるとそばに寄ってはひそひそと女御の耳元で何かを囁く。女御は溜息を吐くと話し始めた。


一巡り(六日)ほど前でしょうか。当時は庭ではしゃぎ過ぎたのかと思い気に留めなかったのですが」

「雨なのに遊ばせたのですか!?」


 風邪一つでも命取りだというのは平民でも常識だ。しかも子供なら猶更。


「なぜ?姫の願いを叶えさせるのが母の勤めでしょう?」


 女御の顔はまるでこちらが悪いかのような言い分だ。女房を見てもそちらも涼しい顔をしている。呆れた。それで子供が死んでしまったら元も子もないのに。


「雨に濡れては風邪を引くと分かっていて?」

『礼羅、理由は分かったからこれ以上詮索するのはやめろ』


 陽光からの念話に不満がありながらも冷静を保つ。相手は女御で右大臣の娘だ。平民でも雨に濡れて身体が冷えたら風邪を引いてしまうことは知っている。ましてや子供なら当たり前だ。


「あの子なら気にも留めません。だって――」


 女御はそっと口を閉ざす。


「姫様を直に見る方がお早いでしょう」


 これ以上は何も聞くなと急かされるように私は姫の元に案内された。

 しばらく陽光からの念話が来ていないことに気付いて声をかける。


『陽光?』

『俺のことは良いから目の前のことに集中しろ』


 そんなやりとりをしながら薄暗い渡殿を歩き、離を迂回する形で部屋の中に通された。

 娘のいる部屋が女御と対面した部屋と障子一枚挟んだところで、病である可能性もあるのに女御は娘と離を分けることはしなかったようだ。

 寝台の周辺にはお香と護摩の匂いが立ち込め、うだるような呼吸で四方と天上を布で囲まれた寝台の中に寝そべる子供が一人。周囲には水やらなんやらでひたすら世話に尽くす者らがてんやわんやとしているが、「例の狐が参りました」と女房が声をかけた途端ピタリとその仕事を止めてこちらの様子を伺い始めた。


「お初にお目にかかります姫様。嵐山の宮、式神の夜半と申します。中に入ることをお許しください」


 向こうは息苦しそうではあるが聞こえているかも分からないが念のため頭を下げて礼に尽くす。

 しかし意外にも返事が来た。


「……お前、あの時の狐か?」


 ややかすれた声でこちらを確認しようと起き上がろうとするが慌ててそれを止めた。


「はい……」

「よく来てくれた……ちこうよれ」


 その呼びかけ通りに中に入りその顔を見ると、熱で顔が赤くなっておりだいぶ腫れぼったくなっている。その状態でありながら幼子はへへと小さく笑みを浮かべていた。


「お前とは初めてではなかろう……じゃが母上に我儘を言って正解だったな」


 晴明から伝えられていたことと違う。

 寝そべっていた相手は(きり)の宮ではなく(かすみ)だった。


藤壺の女御の前髪ですが、前髪ぱっつんではなく、前髪なしの姫カットをイメージしてください。

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