19-2.陽光
忌々しき右大臣の根城である橘邸に向かう。その間に礼羅は目元だけを隠す狐面を付けて檜扇を構えていた。
今まで仮で持たせていた無地の檜扇ではなく露草をあしらったものだ。金を散らすことを提案されたが高くなりそうで止めておいた。本当は夜顔でも良かったのだが露草を選んだのには以前礼羅にその折り紙を渡したときあまり喜んでいるようには見えなかったからだ。
今のでも無難だろうがもう一つの無地の扇には礼羅の要望を聞こうと思う。
ならばすべて紺色一色にして白色で星を表現すればいいのではと思っていたが、絵付け師からはそれを普段使いにするには他の衣と合せにくいしセンスがないと遠回しに言われてしまった。それをいい感じに見せるのが絵付け師の役目だろうがとも思ったが。
「着いたな」
晴明殿が呟く。気が進まないながらに促されたので牛車から下りていくと一人の女房が「お待ちしておりました」と座って頭を下げた。しかし俺のことが目に入ると一瞬目を見張るも女御が宿下がりをしているという離れまで案内される。
案外呆気ないなと思ったが渡殿に入るとその中にある曹司を指差した。
「殿下はここでお待ちください」
途中他の女房が俺にそう指図する。晴明がすぐに否定する。
「待ちたまえ。彼は親王だが私の弟子であり今回の祈祷の助手だ。彼を退けさせるのは私が困るのだが」
「天文博士様はお一人でもこなせるでしょうと御方様が仰ります」
「ならばそこの狐に付くことは出来ませんか。彼女は見ての通り彼の式神だ。今こそすましているが彼以外の言うことはしないでしょうな」
後ろから礼羅の怒りの視線を感じる。それに女房も扇の隙間から眉をひそめていた。
「御方様はその娘を所望しております。嵐山殿がいらしてもこちらにはおもてなしするようにと」
「あの――」
「ということだ、よろしく頼むよ。夜半の君」
礼羅を被せるように晴明殿が降参だと扇子を持った手を上げた。前の女房だけでなく礼羅の後ろにも複数の女房がいて取り囲まれている状態だった。
礼羅もやや戸惑いながら俺の方を見る。俺は念話で『妖力を寄こせ』と送れば礼羅は無言で扇の持たない手を前に出したので俺はそれを握る。
そういえば式神としての繋がりだけで妖力も魔力も共有できるから直接触れることは久方ぶりであることに気付く。
『これでいいの?貴方、一人の女御に見下されたのよ』
本来こういった場合俺に礼羅を貸して欲しいという言い回しで連れてくれれば良かったはずだ。しかしどういうわけか礼羅が俺よりも立場が上であるかのような扱い。礼羅でなくても戸惑うだろう。
『こういうことは前からあった。視界を共有してくれ』
『…………仕方ないわね』
出来ると思って視界共有の練習をしておいて良かった。
袖の中で礼羅の手に数珠玉の一つを渡すと礼羅も一瞬強張るが、そのまま俺の中にある魔力を受け取ってくれた。
『貴方のために作ったのに』
『お前の妖力が染みこんでるならお前の方が使いやすいだろ』
それもそうだがなんだかやるせない。
数秒だけその状態を維持すると晴明殿の咳払いで意識が引き戻される。
「睦言は他所でしてくれないか」
「「睦言じゃない/わよ!!」」
俺は二人が離れに向かう背中を見送り曹司に入ると薄暗い中派手さが伺える曹司の中でじっと目を閉じる。
障子の向こうには侍従が控えるよう童に命じる会話が聞こえる。しかし曹司から出るなとも言い付けているようだった。
一ノ宮や慈雨の宮が対面を許していたから油断していた。以前の俺はこんな感じで邪険にされていたのだ。