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18-4.残月


「目草か。はは、奴は力を持て余てしているようだな。典薬寮が受け取らんのは仕方ないが、一束くらい余が貰おうか?」

「お戯れを」


 前に目を伏せたままの神祇官をからかうがあまり靡かないのがつまらないと床に寝そべり頬杖を付いていた。

 その奥にあるであろう寝台には眠っていたはずの女御から寝息が聞こえない。寝そべりながら聞き耳を立てているらしい。

 燈台の守りをする侍従や近衛の息遣いまで外の雨音にかき消されることなくいやに耳に張り付いて聞こえた。


「満月までまだ先か」

「あと幾晩もすれば綺麗な月が見えるでしょう」

「綺麗な月……お主は雨でも雪でもその雲の先にある月が見ているのか」

「それはどうでしょう。わたくしからすれば挨拶のようなものですよ」


 お互いに女御が聞き耳を立ていることに気付いているので当たり障りのない会話をしている。己にとってはあまりいい気分ではないが自分は帝の側近であることは上流貴族達の暗黙の了解だった。だからといって帝が女御を部屋で寝かせるなんて大胆な行動に出るのもどうか。


「霞の様子が芳しくない。卜占も指名されたというのにこれでは雨避けの儀もできない」


 ここしばらくの雨は都の川の氾濫を招き、市居だけでなく貴族の屋敷の生活にも脅かされていた。そう言ったことは双方の川に挟まれたこの都では珍しくないのだが、下流にある農村にまで影響が及んでいるらしく、米の収穫も出来ないという嘆願が寄せられてた。

 そこで今回は内親王に雨避けの義を行ってもらうということになり、その今回役目を負わされているのが霞の宮とよばれる内親王だった。


「余は選択を間違えたのだろうか」

「あの巫のあれは正式なものではござりません。あまり悔やまれぬよう」


 とはいえあの巫女が伯王に問いかけた時は驚いたものだ。あの梅の君の教育もあってか凛とした佇まいになっていたが、伯王にまで毅然とした態度で話をするのだから。彼女の一声に興味があったのも事実だが、一声かけなければ彼女の芯が折れそうになっていた。彼女もかなり頑張ったと言えよう。

 その椿と呼ばれる巫女が行った占いは口寄せと呼ばれるもので、先祖に先行きを問いかけるものだった。その先祖に皇の血が流れる彼女は彼らに問いかけた結果、二人の名が上がった。

 彼女が巫女の中で一番血が近いのだから仕方がないと言えばそれまでだが、残念ながら現在内親王の大多数は乳飲み子か言葉の拙い幼子だ。

 結果消去法で藤壺の女御の一人娘に決まった。


 霧と霞。現在の藤壺にいる女御は二人の子供を養育している。一人は彼女の娘だがもう一人は産後亡くなった後涼殿に控えていた更衣の忘れ形見だ。男児ということもあってか藤壺の女御が養育を買って出たらしい。

 以前藤壺に嵐山殿が話し相手として霞の宮と対面していたようだが母である藤壺の女御はわざわざ御簾から出てその場にはいたものの、嵐山殿に対しては好印象ではなかったと聞く。


「術師を遣わそう。宿下がりが終われば義を行う」


 またこの帝は例の天文博士を呼ぶのだろう。実力は悪くないがこうも重宝されると周囲のやっかみが酷そうだ。当の本人は気にしていないようだが。

 酒を煽った帝は潤んだ目でこちらを見る。


「……この頃、お主によく似た顔の女を思い出す。お主もそろそろ壱岐に帰る頃ではないか?」

「陛下も意地が悪うございますねぇ」

「事実だろう。天の(つげ)に背けば何が起こるか」


 この男は一体どこまでそれを信じているのだろう。

 そんな男をよくもまあ己の子に付けたと思うが、それも加味していたということだろうか。都合の良い厄介払いか。


「そんなことをすれば人の身であの方に使えている者が左大弁の三男だけとなりますが」

「……それもそうだな。いい加減陽光の印象も良くはなっておろう。それまでは式神もいるし教養高い召人(めしうど)もいるであろう」


 その当の召人は現在その師の元で謹慎中なのだが分かっているのだろうか。ちらりと火の番をしている侍従を見れば少々戸惑いの顔が伺える。

 この男は女人の扱いに長けているかもしれないがあまり帝として能があるわけではない。自分の他にも側に控える侍従や近衛のものがいる中で、こうして自分を呼び寄せるほど無防備なことをしているくらいだ。

 本人も己に能がないと分かっていたから関白を添えたのだろうが、その関白もどこまで信用すればいいのやら。


「なあ、そろそろ余に言ってくれてもいいんじゃないか?あの娘、お主の目には何が見えた?敢えて化生と名乗る者を「妹」などと言う程だ」


 そう言って品定めをするその顔が、社の鏡に写る己の顔を見ているようで気分が良くない。過去に誰かがのたまった世迷言が脳裏に過る。


「……陛下のお考えの通りですよ」


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